2019年5月22日 (水)

杜若

Img_0039_2

いずれがアヤメかカキツバタ。

どちらも美しくしい上、よく似ていて区別がつかない場合に使われることばである。

カキツバタはそのむかし花の汁で布を染めたため”書き付け花”と言われていたそうだが、次第にかきつばたになったと言う話が伝わっている。

しかし、杜若をなぜカキツバタと読むのかは分からないそうだ。

ともあれ、昨日の大雨を乗り切ったカキツバタは倒れもしないで水辺ですっきりと立っている。

| | コメント (0)

2019年5月21日 (火)

小満

Img_0039_1

今日は小満、陽気が良くなって万物の成長する気が天地に満ち始めるころという。

y山の若葉にも緑が濃くなり、季節の変わり目のひとつであるが、それを表すかのように昨夜来激しい雨に見舞われた。

我が家の近辺の降水量は分からないが、安倍川上流部では236mmも降ったそうだから、、、、、、、

裏の川も一気に水かさを増し道路を窺うような気配を見せていたが、道路すれすれまだ来て雨が小降りとなり、昼を境に雨が上がった。

それから三時間後まだ川の水は普段より大目ながら下の写真のように引いていった。

Img_0052_5

.

政府は今年一月から三月までの四半期のGDPが2,1%の増になったとし、昨年九月から連続して延びていると発表した。

その要因は輸入が輸出が減り、設備投資と個人消費が減ったものの輸入が大幅に減ったことが原因だそうだ。

実感なき好景気はこのようにして造られたいるのか。

昨年、厚生労働省のデーター改ざんもあることから、政府に都合の良い資料ばかりを選んだ恣意的なGDPではないのかと疑ってみるのは、なんでも都合の悪いことは隠してしまおうとする今までの姿勢からしようのないことであろう。

| | コメント (0)

2019年5月20日 (月)

エゴの木の花

Img_0036_3

エゴの木に花が密集して咲いていた。

よく茂った葉陰の下で下向きの花は目立たないかと思ったが、熊ん蜂がブンブンと飛び交い、花の下に入って姿を消す。

エゴの木の名前の由来は、花のあとに出来た木の実がえぐいことからつけられたと聞くが、子供のころこの木をチシャの木という名前で習ったさい、毒があるというので味見はしたことが無い。

しかし、齧るとえぐいと言うことはそんなに強い毒ではなさそうだ。

.

.

京のテレビは、執拗に八十七歳の老人を槍玉に挙げていた。

たしかに、両手に杖をつきよたよたと歩く姿はとても自動車を運転できるような身体ではないことが分かる。

しかし、三十年も前に退職した役所の名前を出して元工業技術院院長という肩書きをつけなければならないのだろうか、それより、天下りしてクボタの副社長という直近の肩書きをどうして言わないのだろうかと気になった。

”お役所憎し”の風潮があったのか、本人が元院長と言う肩書きをひけらかしていたのだろうか。

たしかに、自分の家の近所には元警察署長だの元学校の先生だの、市役所、県庁だのと過去の栄光(本人だけだけだが)を引きずっている人がいて煙たがられている向きもないではないが、、、、、、、

とにかく、退職したらただの老人になぜ出来ないのか、、、なれないのか、、、、

ちなみに、自分の場合はなんと言う肩書きをつけようか、「あるときは元鉱夫、またあるときはボーリング屋、而して遊び人の、、、」と片岡千恵蔵の多羅尾伴内(誰か分からない?)並みに言ってみるか。

| | コメント (0)

2019年5月19日 (日)

手もみの実演

Img_0033

一番茶も一段落した今ごろは各地でお茶祭りを行い手もみ茶の実演即売会がある。

自分たちは、この時期になるといつも旧岡部町の玉露の里に行き、何がしか買ってくることにしている。

行ってみると、一回目を終え二回目の茶もみが始まった所で、蒸し揚げてまだ青々している葉を蒸篭の上でもみ始めていたが、その手つきはちょっと真似のできない手さばきであった。

両手ですくった茶葉を両手で持ち上げ、もやもやっと散らばかしながら撚りをかけていくのだが、その前段から見せてもらい、出来立てを三袋買って兄弟に送ることにした、、、、、、

.

.

最近世間を賑わしているのに各地の交通違反というか危険行為がある。

曰く、松本走り、名古屋走り、伊予の黄走り、山梨ルール、岡山ルールなどなどが有るそうで、それぞれの土地によって危険な走り方があるそうだ。

もともとは、その土地の道路事情や気質に由来するらしいが、ほかの人が走るから自分もということがその土地の習慣になっているようだ。

自分も故郷に帰るときはほとんど松本経由で行っているがまだそんな危険行為を目にしていないので、すべてがそうだとはいえないが、市役所の広報に載るくらいだから、街中ではかなりの頻度であるのだろう。

ただ、これらの走り方をされると他所から来たものには非常に迷惑なので、取締りをやって、少しでも減らしてもらいたいと思うのはよそ者たる由縁か。

そして、静岡はこれらの仲間になっていなかったので静岡ばかりではないのかもしれないが、静岡では方向指示器の出すタイミングが間違っていると言うことがあげられる。

右折、左折などをする前にブレーキーをかけ適度なスピードに落ちてからウインカーを点滅させる。

後ろを走っていたらなんでもない所でブレーキをかけてるので危うくて仕方がない。

ほかの人に理由を聞いたら「あまり早くから方向指示器を出すと田舎者と思われる」と言うことだった。

どうせ静岡なんて田舎ではないかと言ったが、岡山ルールもそれ以上でウインカーをつけないで右左折しないそうで恩何時理由だといっていたのには驚いた。

田舎者なぜ居直れないのか、そんなに都会人ぶってみた所で「俺って無い訛ってないべ」っていやあ、お郷が知れるよ。

| | コメント (0)

2019年5月18日 (土)

加茂荘花鳥園

Img_0046

掛川加茂荘花鳥園へはこれまで何度も行っている。

一番最初は子供と母親を連れて、電車とバスを乗り継いで行ったのだからかれこれ四十年近く前のことになると思う。

当時は、観光地も少なかったためか、バスは一kmほど手前から渋滞に巻き込まれ難儀したものだったが、今回はそんなことは何時だったか?と思わせる雰囲気で、駐車場が広く感じられるほど車の数も少なかった。

もっとも広告では、”あやめの開花が盛ん”と言うふれこみだったがそれほどのことも無く場所によっては何も花の無い区域さえあるくらいだったから、すこし行くも見速すぎたのかもしれない。

Img_0052_4 そして、いまの時期はアジサイの花がメインの様子で店の人もその販売に力を入れている様子が見て取れた。

この花鳥園は、掛川の駅近くと、富士の朝霧公園のほか鳥取だったかにあるやに聞いているが、加茂荘が最初のは発祥地であり、むかし、庄屋だったときの建物が立派で見ごたえのあるものである。

しかし、一番最後に花鳥園のいわれとなったふくろうの仲間を中心にいろんな鳥を入れたことで、建物内部に鳥の糞の臭いが漂い、暑いので注文したアイスクリームの味が損なわれたのが残念だった。

次回は、いつになるのかな、、、、、、?なんて思いながら外に出た。

.

.

最近駿河湾名物の桜海老の不漁が静岡では大きな話題になっている。

そしてその原因をこの近くに河口を持つ富士川の濁りにあるのではないかと地元静岡新聞を巻き込んでアッピールしてきた。

この一連の報道を見る中で、結論ありきで読者を誘導するようなキャンペーンを張っている様子が見て取れた。

いまの原因は、富士川支流の雨畑川にある砕石業者が砕石する過程で出来た泥水を川に放棄していることが最近分かったような書き方をしていたが、それは、かなり前から分かっていたはずのこと、、、、、、、、

そして、ここしばらく、同じようにシラスの不漁もたびたびあり、ことしもかなり少ないようで店頭には他県のシラスが並べられている。

これも、富士川の濁りだろうか。

もともと、年間何百トンも水揚げするほどの資源量があったのか、もっと科学的調査が必要なのではあるまいか。

 

 

| | コメント (0)

2019年5月17日 (金)

貸しきり状態

Img_0061_1 

遠州三山とひとつと言われながら油山寺は一番人が集まらないお寺で、今日も駐車場に一台しか自動車が入っておらず、それも、自分らと入れ替わりに出て行ったので、この広大なお寺は自分たちの貸しきり状態であった。

まず入り口にあたる山門が、むかし掛川城の大手門だったと言うこともあって、ほかの寺には無い荘厳さと言うか、異様と言う感じさえする山門である。

この寺には、およそ三十年ぶりといってよいかと思う、

母親が、飛紋症とかで目の前に蚊が飛ぶように黒い点が動く病にかかったとき、連れてきた覚えがある。

その後、その病は治らないまま他界したのだが、そのときから眼病に効験あらたかなお寺と聞いていた。

今回ここを訪れたのは、そのとき回りきれなかった場所があったのを思い出して、なんとなく、、、ただなんとなくだった。

Img_0053

境内はそこここ風鈴を揺らす風とに緑の若葉を通した柔らかい日の光を浴びながらゆっくりとゆるい坂道、あるいは急な階段と歩き回り、最後は数珠玉のを鳴らして本殿の参拝を行なってきた。

| | コメント (0)

2019年5月16日 (木)

ミリオネア

Img_0011_4

今日はガクウツギの花を紹介する。

ガクウツギは額空木と書き、空木のような紫陽花という両方の特徴を持った、つまり、どっちつかずの木を意味する。

花だけ見ていると貧相なアジサイであるが東海地方から西に自生する日本固有種だときくと、なんだか貴重な花に見えてくるから面白い。

.

.

京の新聞によると、世界のミリオネア(億万長者)トップから26人の資産が、世界の貧困層36億人の資産を上回るそうだ。多額の借金漬けをのぞいているそうだから、36億人の人どんなに頑張っても、、、と言う数字をどう見るかであろう。

とくに驚くのは、このミリオネアに中国人が急増しているそうだ

そのむかし、社会主義とは国民みんながそろって豊かになるための国づくりをする制度だときいており、一部働かないでも裕福な生活をするブルジョア階級を敵とみなしていた。

そして、それを実践していたはずの中国にミリオネアが急増しているということはどうしたことだろう。

ヨーロッパでは貴族などでは、ノブレス オブリージュと言う言葉があり、高貴な人(貴族など)は義務を強制されるとして戦争のときなどは最先端で犠牲を払うとか福祉など率先して施しをするなどの義務があるとされている。

そのため、そういうことに無関心で金儲けばかりに走る商人はいたしい存在として扱われ、ベニスの商人に見られるようにユダヤ人は嫌われてきた。

しかし、いまの世の中の風潮としてはらくして金儲けがほとんどの人の目標にさえなっている。

先年、執拗にユニセフから寄付をしてくれと手紙が年金生活者の自分の下に何度も来た。

何回か送金をして見たものの、ほんとうに届いているのかって、、、、、、、

もっと、ミリオネアから集めたらどうなのって言いたくなってしまったのだが。

| | コメント (0)

2019年5月15日 (水)

またひと時代過ぎていく

Img_0036_2

このプロペラーような花びらを持つ花の名をテイカカズラという。

テイカは平安時代末期に活躍した藤原定家からとった名前だそうだ。

藤原定家と言えば式子内親王の懸想しその死後に内親王の墓にまとわり着いて咲いた花がこのテイカカズラだと言われ、内親王の霊が坊さんに頼んでこの蔦を取り払ってもらったという話しが残っている。

つまり、ストーカー的な執念深い花である。

そして、藤原定家が作った古今の名歌、小倉百人一首には式子内親王の歌とともに自分の歌もちゃっかり紛れ込ませている。

ちなみに藤原定家の歌は、来ぬ人を まつほの浦の 夕凪に 焼くや藻塩の 身も焦がれつつ

そして、式子内親王は、 珠の緒よ たえなばたえね 永らえば しのふることの よわりもぞする

.

.

昨日テレビを見ていたら、京マチ子さんが亡くなったという。

中学になったばかりのころ、三船敏郎や森雅之と共に彼女が出演した”羅生門”を見た覚えがある。

鉱山町なので映画はただで毎月洋画三回 邦画四回が上映され時々子供が見てはならないものがあるものの、当時最大の娯楽だった映画は数多くあった。

その中でもこの映画が記憶に残っているのは、京マチ子と女優の妖艶さといざ捕らえられて情況を白状しなければならなくなった時人はそれぞれ自分に有利なことしか言わないんだなってことを子供心に感じてしまった最初だったことである。

そして、この話しを連れ合いに話したところ、完全に京唄子とまちがって「ずいぶん前に無くなったんじゃなかったの?」とか「そんな人知らんかった」というに及んでは、、、、そんなに歳も違わないの「何をか言わん!」

.

そして、海外ではドリスディさんも亡くなったとのこと、自分が一番最初に覚えたスペイン語”que sera sera"(ケセラセラ)を歌った人だ。

ケセラとは分からないと言う意味で、海外で仕事したときにはこの言葉と”アスタ マニアーナ”(明日の朝)と言う言葉で結構悩まされるとは思いもしなかった。

なんだか、またひと時代過ぎ去っていくような気がする訃報だった。

que sera seraの歌が流行したのはたしか高校生になってからだったかな?

 

| | コメント (0)

2019年5月14日 (火)

ユキノシタの花

Img_0034_8

久しぶりにまとまった雨が降り、上空に寒気が入っているとかでうそ寒さを感じさせるいちにちになった。

庭木の下に咲くユキノシタも五弁の花びらを精一杯開ききって雨風になぶられている。

下の花弁二枚が穂の花びらよりも長く伸びているため、漢字の”大”に似ているところから大文字草とも言われている。

この草はどくだみとともに古来薬草とされ、家の近所に植えられているが、どちらも繁殖力が強いので一度繁殖すると、今度は採っても採っても絶えることがない。

.

.

今朝のワイドショーを見てぶっとんだ。

大坂維新の丸山穂高議員が北方領土回復するにはロシアと戦争するしかないと元北方領土に住んでいた人の会長に執拗に主張していたそうだ。

大坂維新の会はもともと右翼傾向の強い人ばかりと思っていたが、ここまで分けのわからんことをいう党だと思わなかった。

この人の年齢は三十五歳だそうだが、この年ごろの人は、戦争と言うものがどんなものだか想像がつかないようで、”平和ボケ”もいいとこだと思う。

戦争と言うものは、必ず人が死ぬと言うことを前提に考えることが頭に無いのだ。

まして、一時期に比べれば衰えたりといえど軍事力はロシアのほうが巨大であり、戦争を仕掛ければどうなるのかが分からないような人に国会議員を務める資格がない。

戦争を知らずに僕らは育った なんて歌もあったが、それで許されるものではない。

いま世界は、そうでなくても分けのわからない政治家が指導権を握っている中で、この先どうなるのか慎重に見極めなければならない時期である、

令和は輝かしい未来があるなんて暢気なことを言っているが、令和という言葉を最初に聞いたとき、自分は〇輪を想像してしまった。

レイワ ”〇輪”=”〇〇”  むかし算盤が全盛だったころ、一回立てて珠を下に下げると「ご破算で願いましては」の掛け声で上の珠を小指でずーと横に引いたように、

すべてがチャラになるような、年号にならなければ良いが、、、、

| | コメント (2)

2019年5月13日 (月)

桑の実

Img_0039

ヤマグワの実が黒く色付いてきていたので、つまんで食べてみた。

ほのかに甘く懐かしい味である。

子供のころおばあさんの家の前にあったので、登って摘まんで食べていると、その家の上にあった小学校の生徒たちが「食べるな~」って言いながら石を投げつけてきた。

どうも、その学校では何か食中毒か木から落ちるなどの事故でもあったらしく生徒に「桑の実を採るな」と言うようなことがあったらしく、桑の木も無く当然禁止されていな隣の学校の子供が桑の実を食べているのにうらやましく感じたのか、事故のことを教えたかったのか、、、、

あのころの子供は、すぐに石を投げるのが常道だったように思う。

当時おばあさんの家は、蚕を飼っていたので桑の木が幾本もあったし、写真のような山桑ではないのでもっと粒が大きかったので沢山食べたためばかりでないのだが、摘んだ手はもちろん口の中を紫色に染めていい訳のできない証拠を残した。

.

.

そういえば昭和30年代、鍬野みゆきって言う女優さんがいた、いかにも日本風な顔立ちで、、、、、あんなタイプ好きだったなあ、、、、、いまどうしているんだろう。

おばあちゃんになって「見る影も無い」なんてことにはならないと思っているが

| | コメント (0)

«アザミの歌