2017年11月18日 (土)

新酒出来ました

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今年も新酒が出来ましたと門口の杉玉が招く。

男ばかりの職場しか経験のないわが身は、力比べならぬ飲み比べで散々飲み明かしたためか、最近では酒量も落ちお猪口で二~三杯が適量になってしまった。

おかげで、歯に染みとおる、、、、、は、

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2017年11月17日 (金)

小粒でも

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「山椒は小粒でもヒリリと辛い」山椒は古来山葵とともに日本人に好まれてきた。

その辛さは瞬間的に辛く何時までも後を引かないのは山葵も同様である。ただ、

写真のように真っ黒になるまで熟した参照にはそのさわやかな香りとともに、辛さも残っているのであろうか。

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ここ二~三日のテレビのうるささは我慢が出来ない。

日本人はさっと燃えてさっと鎮火するように忘れてしまう民族であると言われているが、その当事者は大変な思いをしていることと思う。

何しろ、大相撲の場所中だということを考えれば、もう少し静かにしてあげたいと願っているが、繰り返し同じ画面を使い公共の電波の無駄遣いといって差し支えない。

それにしても、どれだけ騒いでも真相のはっきりしない出来事だけに、関係のない人まで巻き込んでああだこうだとコメントを求めているのは滑稽である。

そしてそれに輪をかけているのが貴乃花親方であろう。

ここ、しばらく暖かい気候の中でかいマフラーを首から下げ、サングラスをかけているさまはひとむかし前の暴力団よろしくのスタイルで、麻生副総理同様なんだかな~って感じ

この人前にもマッサージ師に洗脳されているって、お兄ちゃんに言われたこともあるだけに、、、、、心配もしている。

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2017年11月16日 (木)

シャイ

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女の子に比べて男の子のほうが一般的にシャイである。

昨日は七五三でお宮さんも賑わったが、綺麗なべべ着てはしゃぐ女の子の脇でその弟らしい子は、母さんの尻に隠れるようにして付きまとっていた。

大和おのこがそんなことでどうする!って言いたいけれど、自分だってそんなもんだった。

もっとも、戦時中の世の中、七五三なんてお金持ちのお坊ちゃんやお嬢ちゃんがすることで、我々貧乏家族は放っといても元気に育ったもんだ。

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2017年11月15日 (水)

背高のっぽ

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「天高く馬肥ゆるの秋」ではないが、空高く皇帝ダリアが風に揺れている。

その高さは3~4mにも達していて、見上げると青い空に映えて美しい。

この花は最近になって、あちこちで見かけれようになった花だが、これほど急速に増えたしたのは、日本の気候があっていたのか、よほど生命力の強い草だったのか、、、、、、

繁殖方法を検索してみると種で増やすのではなく、茎をぶつぶつと切って埋めて置くと発芽するらしい。

ともあれいままで大きな花といえばヒマワリだったがそれをとっくに越して、日本では一番背高のっぽの草花になった。

花言葉は乙女の純潔だとか乙女の真心などがあり、普通のダリアは大人っぽい雰囲気があるのに対してつけられたと書いてあったが、最近の乙女のようにやたらに背ばかりが高いから、と言う意味はないそうだ。

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a問題の加計学園に認可が下りたそうだ。

充分な説明もなく、疑惑のまま発足した学校にどんな人材が集まるのやら、、、

法治国家とは、臭いものに蓋をすることなのか、とにかくその手法には、あきれて物が言えない。

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2017年11月14日 (火)

つるべ落とし

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”秋の日はつるべ落とし”というが、曇り空ではまた一段と早く、午後も三時過ぎたばかりと言うにはや夕景色が忍び寄ってくる。

麻機の細い用水路に餌を捕りに来ていた鷺たちも、日暮れ前に食事を済ませようとしていたが、餌の量が少なかったのか、細い足を小刻みに揺らして獲物を探している。

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小池都知事が、希望の党党首を辞任したそうだ。

都議選までは圧勝だったが、衆議院選では自分の失言(?)などで、勢いが薄れると一気に興味がなくなったみたいでおっぽり出したといっても過言ではないような気がする。

いろいろと弁明はしているが、子供がおもちゃを散々いじくり回した後、ぽいっと投げ捨てたようにみえる。

多分、当選者のほとんどが旧民進党出身者であり、小池塾から出た人がいなかったことに拍車をかけたようにみえる。

となると、小池人気にあやかろうとした議員たちはこの先どういう風に立ち回るのだろうか。

すくなくとも、この人たちは自分の地位に汲々とした政治屋であって、政治家ではないような気が自分はするのだが、、、、、、、

秋の日はつるべ落とし    とは、よく言った。

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2017年11月13日 (月)

セピア色の風景

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夕方になって外の景色がセピア色のモノトーンになってきた。

雲の隙間の青空から明かりが入ってきたためらしいが、その元になる太陽光は直接には見えないためらしい。

そして、それまで小ぶりだった雨脚が急に激しくなって、なんとも不思議な光景をかもし出した。

今日はこの雨が予想されていたため、先日植えて双葉の段階だったほうれん草をトンネルで覆いをした。

しばらくぶりの雨の効果は如何に?

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2017年11月12日 (日)

寂しげにアキアカネ

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久しぶりに麻機沼のまわりまで行って見た。

以前、このあたりはごく近い散歩道だったが、最近はすこし遠いところになってしまった。

なんだかんだと言っても足腰が弱くなっているのかなと感じさせる散歩道になったようだ。

秋も深まって、沼にはバンやヒドリガモなど冬鳥が群れをなして遊弋しているのが見て取れたが、岸辺にはまだアキアカネが枯れ草の先などに止まっていた。

多分、勤めを終え自分のように老後の生活なんだろうけれど、こんな天気の良い日には「ちょっと外に、、、」なんて決め込んでいるのかな?

しかし、元気のない飛び方には侘しさをたたえたような感じはいなめない。

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昨日テレビで中国共産党の大会閉幕式をすこしだけ写しているの見た。

そのなかで、一番最後に全員直立して「インターナショナル」が流れているのが写されていた。「へ~いまでもこの歌が歌われているんだ」と変な感じがした。

#立て飢えたるものよ いまぞ日は近し 立てよわがはらから 暁はきぬ、、、、

この歌を知ったのは、労働組合の青年部員だったころだったが、一生懸命「そんな歌を歌うな」といって走り回っていた”おべんちゃらこき”がいたが、なぜそんなに躍起になっていたのか分からなかった。

多分レッドパージからそんなに経っていなかったからだろうか。

そして、名前だけの共産主義国中国がこの歌を大事にしているのだろうか、本家、ロシアでもすでに放棄されているのではないかと思っているのに、、、、

結局は格好付けに過ぎないのかも

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2017年11月11日 (土)

愛の賛歌 考

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ウインターコスモス。冬のコスモスか~と思っていたら和製英語だという。

日本名では、キクザキセンダングサといい、漢字では菊咲栴檀草と書くそうで、センダンクサとは、花びらがほとんどない嫌われ者の引っ付き虫の草である。

そう言えば一般に言われているコスモスより一回り小さく侘しげな佇まいであり、センダン草の仲間であるといわれればそっちのほうに近いことがよく分かる。

花の色は、一般のコスモスに比べれば制限されていて、黄色と白しか見たことがないのは、まだ園芸品種としては開発途上の花なのだろうか。

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中学生のころ十歳ほど年上の従兄弟の家でエディットピアフの「愛の賛歌」を聴いた。

この歌は1950年発売だというから、輸入版だったのかもしれないが大事そうにレコド盤に載せて聞かせてくれた。

33回転のレコードは日本の歌手ではない、高い金属音のような声で歌い上げていた。

勿論、フランス語の原曲なので何を歌っているのか、さっぱり分からなかったが強烈な刺激を受けたことは憶えている。

その後、十年ほどたってから越路吹雪の日本版「愛の賛歌」を聴いた。

このときの訳詩はよくて、意味は分かったが歌声に違和感があって、さすが世界的歌手とは違うなと言う感想を持ったものだった。

そして、今日BSの12チャンネルでエディットピアフの生涯を映画化した作品を見てしまった。

「見てしまった」というのはほかの番組を見るつもりで、すこしだけ覗くつもりだったのが、やめて最後までそのまま見入ってしまったからである。

歌のほうは、口パクで合わせていたようで、本人の歌声であり役者もよく似ていたので違和感がなかったこともある。

天性の歌声以外、女としては不幸の連続であり四十四歳で肝臓病悪化のため老婆のようになって亡くなったことは知らなかった。

ただ、弟子であり恋人だったイブモンタンとのことが省かれていたのはどういうことなんだったろう。

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2017年11月10日 (金)

馴染めない

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路傍の雑草としてぞんざいに扱われている嫁菜の花。

キク科の花の特徴を全て兼ね備えており、菊の花と何一つ遜色がないのだが、取り上げる人もいなかったようで打ち捨てられている。

嫁菜にはいくつも種類があるようだが、細かい違いなので区別するのは学者様に任せておき、一般に言う野菊が一番性に合うように思う。

野菊と言えば、伊東左千夫の「野菊野ごときは君なきなり」を若いころ読んで感激したことを思い出す。

いまでは、筋書きさえよく憶えていないのだが、、、、、

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もう、あと少しで生まれ育った飛騨の山奥での生活と、静岡での生活が同じになる。

しかし、生まれ育った地は代替わりも進んで、知った顔も少なくなりたまに帰っても浦島状態になったにもかかわらず、ただ懐かしさだけがのこり思いで多き地になっている。

そして、三十九年という長き生活をし、いずれこの地で生涯を終えると思っている静岡にはいまだ違和感みたいなものが残っており、”客人”という思いが残り、いまだ、この地に馴染んではいない。

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先日、大分県でUターンした人を村八分にしたとして、弁護士会が是正勧告を出したという記事があった。

多分、Uターンした人は若いころ家を出て親の介護で戻ってきたものの、他所の地での生活習慣と戻ってきてからの土地の習慣の違いで集落から無視されることになったようで、是正勧告が出たからといって急に仲良くなれるものではないような気がする。

テレビでは「田舎で暮らそう」だの「人生の楽園」だのと田舎暮らしで成功したかのような映像が流されるが、他所の地、特に小さな集落に後から入り込むのは大変なことである。

自分のふるさとでも、戦国時代からの家柄が重視されてきた集落では、集会の席順が先祖代々決まっており、新参者はいつも末席でなにかのおり「あそこの家はじいちゃんの代になって入ってきた家だから、、、」と言われたそうだ。

自分も静岡に来た当時「何処の馬の骨とも知れんやつ、、」と陰口を叩かれたことがあり、静岡ではごく少ない苗字を持ち、言葉になまりが取れないでいることから、僻目かもしれないがいまだに、よそ者扱いを受けることがある。

それに比べると小学生のとき一緒に来た娘は、完全に静岡人になりきっているようで違和感はないそうだ。

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2017年11月 9日 (木)

高齢者

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冬をひときわ輝かせる花、ツワブキ。

常緑の葉っぱに艶があることから、艶蕗といわれたとか、葉が厚いところから厚葉蕗と言われたとか諸説あるらしいが、花の形からいって蕗の仲間ではないことは確かである。

春の花はタンポポなど黄色がかった色合いで温かさを強調しているというが、ツワブキもさぞかし温かいようで、冬篭りをはじめたはずの虫もつかの間の栄養補給に立ち寄っていた。

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「高齢者の方はこちらのエレベーターで三階に行ってください」

「おい、ここでも高齢者かい」「病院に行っても高齢者、高齢者って、、、」

「いまに後期高齢者免許って言われそうだよ」と一緒に検査を受けるご同輩の愚痴が高まった。

今日は自動車運転の免許証更新の第一次試験とも言うべき認知症の検査のため自動車学校に言って来た。

最近は認知症の年寄りの事故が増え、その自己も重大化してきたことから、今年から、さらに更新が難しくなり三万人の人がすでに免許書を返納しているそうだが、この検査が大きな影響を及ぼしているのは間違いないだろう。

で、自分も三年前にはほとんど同じ検査を受けていたのだが、そのときはすこし記憶力が低下しているという判断だったので、今回も同様の判断か、もしくはもっと悪い結果になるかと心配していた。

もっとも、自分ながら頑固な性格だから身内からいわれると素直に受け入れられないので、あまり悪い結果になればこれで矛を収めようという気もあったのだが、前回と同じような検査だったので、要領がわかっていたというか、試験慣れしていたせいか、前回よりもよい成績がとれ、「問題ない」と言う判定をとることができた。

次回は、ほかの機能と実地運転があるようだが、今日の判定は本当にうれしく、帰り道は鼻歌交じり、青い空がより高く日差しが温かく感じられた。

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