2020年12月 4日 (金)

冬イチゴ

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赤いルビーのような実が、緑の葉っぱに囲まれてひときわ映えている。

この時期になると、山でのつまみになる果物がなくなるので、こんな実でも子供たちはつまんで食べた。

子どものときはもっと大きな実だと思っていたが、手がちっちゃいためだったからなのかな?

雪をかき分けて探し出したように覚えているが、七十年以上も前の話しになると記憶も定かではなくどこで誰と、、、、みんな消えてしまったが、冷たい指の感覚だけは残っている。

 

月めくりのカレンダーも最後の一枚になり正月支度の一番手として年賀状を買ってきた。

郵便局のお姉ちゃんの愛想のよいこと、50枚の袋入りとおまけにテイッシュー カレンダーと、、、、

以前は200枚近く買ったものだが亡くなったり、高齢を理由に辞退されたりでこの枚数になってしまった。

さて、勝ったばかりの年賀状を見ながら最初の文字をどう書けばよいのかわからなくなってしまった。

例年のように賀正だの謹賀新年などはどうも似つかわしくない。

今年が悪い年だったうえ来年はどうなるのか想像ができないのである。

引きこもり状態でふるさとにも帰っていないうえ、手紙電話などの連絡はほとんどなく、この賀状が久しぶりの便りになるのだが、、、、、、、

”このご時世”ならではのこととなると、、、、、、、迷いは深い。

 

 

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2020年12月 3日 (木)

ぞっとしないかな

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ヨーロッパの城を見たことがあったが、その壁に鹿のはく製がいくつも飾られていたのを見たとき「あまり自分の趣味ではないなあ~」と感じたことがあった。

そのほか、博物館などで動物のはく製を見たときも毛の艶もなくなった動物に哀れさえ感じ、足早に通り過ぎたものだった。

そして、人間てものはかなり残酷だと思ったのは織田信長が裏切りの相手を許せずに、浅井長政の頭骸骨を盃代わりにして酒を注いで飲ませたという話であった。

日本の文化として死ねば仏という概念から、亡くなった凶悪犯に”さん”付けで呼んでいるなどの例を新聞やドラマで見ることがある。

今日、藁科川上流で見た鹿の角が付いた頭骸骨には驚いた。

最近鹿が増殖して、あちこちで農作物などに被害が出るようになったため駆除され、イノシシなどとともにジビエ肉として売られているのは聞いているが、この角付きの頭骸骨はこの先どうなるのだろうか。

ひょっとして、西洋の城に飾られていた鹿のはく製もこんな風にして作られているのだろうかなんて思ったが、、、、、、

自分の部屋に一皮むくとこんなものがあったとしたら    ぞっとしないかな??・

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2020年12月 2日 (水)

3密と三密

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麻機沼の一角、杭の上にたたずむ一羽のアオサギ。

一点を見つめたまま身動き一つしないで立っている姿は何とはなしに悟りきった修行僧を連想させる。

 

今年の流行語大賞は「3密」だそうだ。コロナ感染を防ぐ手立てとして密閉 密集 密接 をしないことを求めている。

3密? よく似た言葉に”三密”というのがあるが、これはれっきとした仏教用語である。

 

我昔所造諸悪業 皆由無始貪瞋痴

従身口意之所生 一切我今皆懺悔

毎朝日課として仏前で読む懺悔文であるが、毎朝毎朝 一切我今皆懺悔と前日の悪行を帳消しにしたことにしている。

仏教でいう三密とは身蜜 口蜜 意蜜を言うそうで、身蜜は自分さえよければという振る舞い 口蜜は人の悪口や言葉に気を付ける そして意蜜は心の揺れ動くことが無いようありのままの自分を見つめることを言うそうだ。

となると、毎日毎日これらを守りえたことが無い凡夫は仏壇の前で 懺悔 懺悔と言いながら過ごすしかない。

3密と三密、後者の方は二人暮らしの人混み嫌いには無理なく守れそうなので、、、、、、

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2020年12月 1日 (火)

神のまにまに

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このたびは 幣もとりあえず手向け山

       もみじの錦 神のまにまに    菅家

新聞とテレビに踊らされて遠州一宮 小國神社へ行ってきた。

何年か前ここへ紅葉狩りに行った時は本当に奇麗だった。

今回もそんな期待で出かけてみた。

各地の紅葉は台風の被害ももなく、急に寒くなったことできれいだという報道もあって期待は倍増していたのだが、行ってみてすぐのモミジは葉が枯れたように縮んでいて枝ばかりが目立つような状態になっていたので遅かったのかな?って印象だった。

しかし、杉の巨木が並ぶ参道を過ぎて社前近くの鳥居のそばの小さな木が一本だけが花を添えたような赤さで立っていたのを見たときに菅原道真の歌がふいに浮かんだ。

小國神社の祭神は大国主命であり、大和朝廷に屈服し国譲りをした神と太宰府に流されて怨みを呑んで鬼神となった菅家の取り合わせ。

 

そういえば、小國神社のある森町は、まだコロナウイルスの感染者が出ていないようだが、これは心優しい大国主命御威光なんだろうか。

神前で二礼二拍手 コロナ感染除けの祈願をして帰る。

 

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2020年11月29日 (日)

下元の月

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薄い雲が前面にかかり旧暦十月十五日の満月をおぼろに霞ませている。

春のおぼろ月なら気もウキウキするような温かさを感じるのだが、この季節の月は一層の寒さを感じさせてしまう。

暦の解説によるとこの月は下元の月だという。

つまり、上元 中元 下元の最後だそうだが、贈り物をするときは下元でなくもう少し遅れてお歳暮ということになりそうだ。

そして、お歳暮はお世話になった上司などに贈られるのが主になってしまった今年あたりは軒並みボーナスも減ってしまってお歳暮どころではないだろう。

来年あたりからIT推進が叫ばれ大きく社会変化が起きるだろうが、お歳暮文化も激減すること間違いないだろう。

今朝がた未明に月並みの火球が空を飛んだとのこと、、、、、

夏だったと思うが千葉の方に火球が飛び、落下点近くで隕石が見つかったそうだが、古い昔ならほうき星とともに火球は悪いことの前兆だと言われてきた。

いまでさえ異常な令和二年という年だが、この先もっと悪いことが起きるとしたら何なんだろうと考えてしまう。

来年の今月今夜のこの月を無事に見ることができるのだろうか。

                    

             神のみぞ知る!

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2020年11月28日 (土)

つるべ落とし

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秋の日はつるべ落としのようと言われるがこれからしばらくの間はさらに日が暮れるのが早くなる。

賎機山に陽がかげる午後の四時すぎから三十分とは立たないのに川も岸も暗くなり、まだ十分に腹が膨れていないサギたちは右往左往して餌を探すがなかなか見当たらない様子で水路のあちこちを探る。

今日は西からの季節風も冷たく感じられ、夜長と寒さをどう耐えて過ごすのか、、、、、

 

毎日毎日ニュースとワイドショーはコロナばかり、静岡県も浜松と静岡で急速にその数を増しているが、対照的なのはクラスターの発生源を公表する浜松に対して、静岡は済生会病院以外は公表をしない。

公表しないため市民は疑心暗鬼でいるし、自民党市議会議員も公表するように市長に申し入れしたが、どうも公表したくないらしい。

優柔不断で典型的な静岡人と見える市長は、クラスターを出した店が公表してほしくないという要望を重視しているが、疑心暗鬼の市民はあそこでないかとかここではないかと詮索しきり、、、、

カラオケを含む店が何店かというところまではわかっているので、同業他店にも被害が出ているそうだ。

とにかく今回のコロナ騒動で、自治体首長の力量がこんなにもあらわになったのだが、トランプアメリカ大統領同様無能でも強力な支持者を持つ首長は次の選挙でも、、、、、、

民主主義とは能力の有る無いではなく、いかに票を獲得するかである。

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2020年11月26日 (木)

化石賞を

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おくやまに 紅葉踏み分け なく鹿の 

      声きくときぞ 秋は悲しき  猿丸大夫

有名な百人一首に出てくる歌だが、暗渠の水路にたまった落ち葉を踏んづけて、コサギがあたりをうかがっていた。

鹿と違ってこの時期は啼き声一つ出すわけではない。

ただ じ~っと立ちすくんでいる別な意味で晩秋(初冬?)を悲しんでいるのかも、、、、

 

まだ仕事をしているときのころだから20年余もむかしになる。

キリスト教の教会の敷地で地質調査の折、そこの職員と話をしたことがあった。

どんなきっかけでこの話しになったか覚えていないが、その人は「人間は神様が造りたもうたもので、猿から進化したものではありません!」と言った。

こちらはお客さんが言うことだから「はあ そうですか」で終わりにしたかったが、そのあと長々と持論を述べられて閉口したことがある。

その後別のキリスト宣教師(モルモン教?)から、キリストはアメリカインディアンに移った(?)ような話をされたこともある。

地球が太陽の惑星であることを20世紀になってローマ法王が認めたとか、、、、、

アメリカの選挙にキリスト教右派の影響が大きいという。

その中に新型コロナは存在しない。これは陰謀だと言ってマスクをはじめ予防処置をとらない人がいるそうで知事がテレビに出演して「マスクをしましょう」と呼びかけなくてはならない事態になっているという。

いまアメリカは世界で一番感染者が出ており死者の数も12万人を超えているのだが、この現実に目を向けない人々を見ていると”化石賞”を上げるしかない。

 

といいながら、我々の国でも感染者が増大しているにもかかわらず、政府はあくまでも経済優先を譲ろうとはしない。

菅首相にも化石賞を、、、、、、、、、、

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2020年11月24日 (火)

やっぱりね

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その高きこと草というには大きすぎて二階の窓並みの高さに花をつける、名も皇帝ダリアという。

中南米から来た種類だそうだが直径20センチにもなる大きな花はこの色しか見たことが無いのだが、人に庭に来手からあまり改良されていないためだろうか。

 

昨日も書いたが、今回のゴートゥ―キャンペーンは当初から言われたようにゴートゥ―トラブルとなってしまった。

当初感染が下火になってからすることになっていてのを急遽始めたのでトラブルが発生するとみられていただけに「やっぱりね」というのが感想である。

観光業を助けて景気の回復というが、いずれは税金で穴埋めしなきゃならないとすると、自分も利用しておきながら言うのもなんだが、こんなことに沢山の金をそそぎこむ価値があるのかという気さえする。

先日行った長野の立科町で五十代と八十代の親子が町内初めての感染者になったことで大騒ぎしているそうで、そのついでの話しとして、上田市の頑固おやじが経営している蕎麦屋では、東京の人は店に入れないことにしたそうだ。

長野県も冬になれば空気が乾燥し冷たい風が吹くところなので、同じような気象の北海道の感染拡大に気をもんでいるそうだ。

その北海道と大阪府がコロナウイルスを抑えるためゴートゥ―キャンペーンから一時身を引くそうだが、今の政府の方針を見ると、感染者多発の地域に行くなというのか出るなというのかまだわからない。

そして、一番多く発生している東京はどうするのか、、、、、全て丸投げの結果憶測だけが走り回っている変な国にになってしまっている。

 

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2020年11月23日 (月)

閉じこもれず

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穏やかに晴れ上がった小春日の中家に閉じこもってはいられない気分になってしまう。

そんなこんなで安倍川筋を遡ってみたが、同じ気持ちを持つ人が多かったようで、自動車の列は普段に倍して続いているように見える。

途中にある道の駅”真富士の里”の駐車場は満杯で駐車区画以外にも沢山の車が止めてあったので、「こりゃだめだ」とばかりそこからUターンして帰ってきた。

 

かたくなに国会で否定したゴートゥキャンペーンも専門家会議の答申をうけて修正せざるを得なくなってしまった。

しかし、あくまでも継続したい政府は最終判断を各都道府県知事に丸投げし責任を回避しようとしている。

背景には、経済界にいい顔しようとしているのが見え見えなうえ休業補償などを極力避けようとしているとしか見えない。

「コロナの行く末は神のみぞ知る」と人が言っていたというに至っては指導力のかけらもないように見えてしまうのは安倍政権を引き継ぐとした現政権に批判的な気持ちを持つ自分の僻目か、、、、、

 

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2020年11月22日 (日)

不揃いのリンゴ

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左から王林 富士 信濃スイート そして秋映 いずれもハブキのリンゴたち。

そういえば”不揃いなリンゴ”ってドラマがあったよな、内容は見ていないので題名しか知らないけれど。

それに似せたわけではないがいま我が家の倉庫には富士を主体にしてまだ30kgほどのリンゴがある。

いずれも、先日長野に行ったおり木から採ってきたものだが枝についているうちはボケることなく霜に耐えておいしさを増している。

 

今日11月22日はいい夫婦の日である。

毎日のように喧嘩しながら過ごしているので、我ら夫婦はいい夫婦とは思っていないが、この歳になるとどちらかがなくなってやもめ暮らしの人が多くなり、先日も「喧嘩ができるだけ幸せよ、わたしなんか朝から何にも言葉を発しない日がどれだけることか、、」なんて言われてそれもそうかななんて思ってしまう。

そして、歳をとるということは今期もなくなるのか、以前は喧嘩をすると二~三日  いや一週間くらい口も利かなかったことがあるが、今では長くて一日、ひょっとすると一時間さえ持たなくなっている。

これは、人間が丸くなったわけではなくあくまでも根気 根性がなくなったのである。

突き詰めて言えば、腐れ縁であり、どうでもよくなったり、探し物をするのに必要になっただけである。

「あれはどこへ行った?」となれば、二つの目で探すより、四っの目の方が有利だからである。

 

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