2018年9月19日 (水)

的外れ??

Img_0033


Img_0034何を思ってか陶器の蛙の左ひざにアマガエルが固まったように動かないで居た。

その様子は、膝の奥深くまるで母親を見つめるかのように、、、、夕食を終え翌朝にもまだ居た。

陶器の蛙はさぞかし冷たかったろうに、、、なんて想像したのだが、これも的外れだったのだろうか。

.

,

a一国の指導者を選ぶ権利は、我々にはない。

選挙人の数が限られているので、その選挙戦も先が見えているようだ。

「公平」「公正」をキャッチフレーズにしたら、相手候補を誹謗したと注意されたという。

人間痛いところを突かれると聖人君子は改めるのだが、そうでない人は怒り狂うというが、、、、

このさき、国家公務員の忖度はまた三年に及ぶのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月17日 (月)

豊葦原瑞穂

Img_0037


今日は「敬老の日」日本中に百歳を超える人が四万人もいるそうで、静岡県もそのうち2,000人ほどとのこと、新聞の四分の一ページほどを使って小さな字で名前を連ねていた。

自分もあと20年ほど生きていたら名前が載り銀杯がもらえるかしらん。

しかし、40年程前には老人の日には六十歳でお祝いしてもらい、バスの乗車券などを貰ったものだったが、自分が60歳になったときには確か七十五歳位にその水準が上がり、七十五歳になったときには何も聞かなくなった。

そしていま、百歳になると銀杯だそうだが、多分二十年後にはそんな制度はなくなっていることは予想がつく。

大体が敬老という生からして胡散臭い。

ほかの祝日同様、連休の材料にしているだけで、消費税を上げて、交通手段を奪って、、、、、いじめているだけではないのだろうか。

.

.

いま700m前後の長野県の佐久平は黄金の波の中にある。

”豊葦原瑞穂の国”とはよく言ったもので稲穂の波は早く刈入れてくれと一斉に輝いているようだ。

地球温暖化によって美味しい米の産地は北海道や高冷地に移り行く中にあってこのあたりの米の評判はますます高くなってきた。

しかし、農業する人の高齢化による人手不足はこの地でも同じで、大型のコンバインなどで刈り入れをするようになってきた。

人手不足を解消するべく導入したコンバインも、ここしばらくの雨模様の天気は、田んぼがぬかるんで重い機械が入れなくて農作業が滞っているため、個人で以前のように稲刈り機を使用できる体力のある田んぼしかまだ稲刈りが出来ていない状態で、ところどころしか、茶色い土に変わっていなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月16日 (日)

蚊帳考

カヤツリグサが茎の先端に葉っぱと地味な花を広げている。

カヤツリグサは蚊帳吊り草であり、往時は夏の必需品であった蚊帳から来ているのだが、エアコンが発達したいま窓を開け放って蚊帳を吊るということがなくなり、今では忘れ去られた存在である。

Img_0002


垂乳根の母が吊りたる 青蚊帳を 

     清がしといねつ 弛みたれども

そのむかし、学校の授業でならった長塚節の俳句だった。

多分、久しぶりに帰郷した息子に小柄な母親が踏み台に乗って蚊帳を吊ってくれたのだが、ゆるゆるに張ってあって居るのを見て、「清清しいよ」って声をかけた情景が目に浮かぶ。

その当時この歌は、何の抵抗も無く受け入れられた言葉だが、今の若者には難解な俳句であろうことは良くわかる。

自分たちの育った飛騨の山奥は蚊も少なかったので蚊帳は吊った覚えが無いが、高校生のころ岐阜市へ陸上競技の大会に行ったとき泊まった宿で蚊帳を吊ってくれた。

部屋の四隅に引っ掛けて張った蚊帳に四人づつが入って寝たのだが、むさくるしい男三人、開け放った窓からは風も通わず、蚊取り線香の煙が漂う中、なれない自分たちはとても寝られた状態ではなかった。

翌日の成績の悪さを蚊帳のせいにして抗弁した。

.

.

夏の間少なかった蚊がやたらと増えている。

蚊ってどこかに避暑していたのか、自分並みに暑さに弱いのか。

雨上がりの隙を狙って、畠に行ってみたが、身体の回りをぶんぶんと群がって来るアカイエカ、散水用の水ために置いた古い浴槽にボウフラが居たのでここから発生したようだ。

早速、殺虫剤を撒いて退治したが、あちこちにこんな水溜りがあるのでどれほどの効果があるのやら、、、、、、

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2018年9月15日 (土)

ハミズハナミズ

Img_0020


「ハミズハナミズ」という言葉を最初に聞いたときには何かの呪文かとも思った。

漢字で「葉見ず 花見ず」と書いて彼岸花科の花だといわれてやっと理解できた。彼岸花h花が咲いているときは葉っぱが無く、葉っぱが出ているときには花は終わっているのでそう言われているという。

いま、田んぼの周りや草原を赤く染め出している彼岸花と時期を合わせるかのように庭の片隅にピンクの花が咲き出したが、この花の名前はわからない。

いつ誰が植えたのかもわかららないが、ほとんどタマネギと同じくらいの大きさの球根を、土の上に半分ほど出して毎年何本かの茎を立てて開花している。

.

.

先日テレビで「なんでもかんでも名前を付けなければ気がすまないのが人間である」といっていた言葉を思い出した。

昭和天皇も「雑草という草はありません」といっていたことも同様である。その伝からいうと上の花にも名前があるはずである。

そのむかし、アンデス山中で仕事をしていたとき花を見て現地の人に「ケ セスト?」と聞いたところ「エス フローレ」と答えた。

「ふーん、フローレという花か」と思っていて、次の花に同じ質問をしたらまた同じ名前が帰ってきた。

そこでようやく彼は花の名前など興味が無く、全てスペイン語の「花」でひとくくりにしているのがわかってがっかりした。

同じように、マダカスカル特有の固有種である”アイアイ”は動物学者が現地の人に指差して聞いたら「アイアイ」だと答えたのでその名前にしたが、現地の言葉で”アイアイ”は知らないという意味だったそうだ。

なんでもかんでも、名前をつけたがるのは自分は知識があると思っている人のことであり、生活に関係なければひとくくりにするのが、、、、、、、、

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月13日 (木)

撮り鉄?

Img_0026_2


鉄道ファンの中にはいろいろな分野があって、その中で写真をと写すファンを”撮り鉄”というそうだ。

自分は写真好きなのだが、そんなに鉄道に対して夢中になったことがないので、撮り鉄ではないと思っていたが、今日はそうでもなかったのかな?なんて、川原に座って考えていた。

静岡では金谷駅と千頭駅を結ぶ太井川鉄道が毎日蒸気機関車を走らせていて、弟の子供たちがそのむかしこの列車に乗るためだけに我が家を訪ねてきたことがある。

それは、さておき、久しぶりに金谷と千頭駅の中間くらいに当たる日帰り温泉へ来てみたがあまりにも混雑していて、駐車スペースもないので止めてほかにまわろうということになり引き返そうとしたが、昼時間も間近かだったので「食事くらいしよう」と食堂に入ったら、十二時に蒸気機関車が来るそうだからと聞いた。

「それじゃ~ 写真の一枚でも、、、」ということで撮影ポイントを探していたら鉄橋のそばの川原から写してみることにした。

ポスターなどには正面からのものが多いが、この場所からのは見たことがない。

と、川原に下りてみると、適当な風が吹いていて砂利の上に腰を下ろしていると昼食で膨らんだお腹のせいもあって眠くなりまどろんでしまう。

幸せってこんな感じ、予定時間が来たのに蒸気機関車の気配は無い。

しかし、腰を上げる気にはならない。結局三十分以上その場に居て汽笛を聞いた。

列車は何度も咆哮を上げ、鉄橋に差し掛かり瞬く間に渡っていった。

時間にして二分とはなかったような気がする。

そんなことのため、ひとつ処で長い間座り込んでいられるのは、”撮り鉄?”いや、もう再び生産されることのない蒸気機関車、滅び行くものに対する惜別の情?、、

どっちだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月12日 (水)

エアコン

Img_0014


Img_0010昨日今日と涼しさが一気に入ってきて、終日エアコンのリモコンに手触れることがなかった。

本当に何日ぶりのことだったのだろうか。このまましばらくは触ることがないのを祈るのだが、、、、

考えてみれば例年になく梅雨明けが早く、熱波が一気に襲ってきたため暑さなれしていなかった身体にはこたえた。

特に雪国育ちでいまだに暑がりの男には耐え難く、おりから、テレビなどからは「我慢をしないでエアコンを入れて」というありがたい音声が追い風になって「ええい ままよ」と一日中何処かのエアコンをうならせていた。

そして、驚いたのはその結果としての電気代が月あたり3,000円程度しか多くなかったことであった。

技術の進歩は目覚しいものがあり、四十年ほど前のエアコンに比べると格段の差があり、あのころは、スイッチを入れるのがはばかれたものだった。

もっとも、四十年前はこんなにも暑くなかったような気がする。

折から、近所のコスモス畑には、冬支度をするかのように揚羽蝶や蜂が蜜の吸いだめをして体力を維持しようとばかり、ひっきりなしに花びらを巡り歩いていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月10日 (月)

悪の日

Img_0011


ランタナの蜜を吸いに来たセセリチョウ。

先日の台風にでもやられたのか羽の先がささくれ立っているように見える。

セセリチョウが羽化してどのくらいの命なのかしら無いが決して生きることをあきらめないで、蜜を吸って今一度元気を回復しようとしているかのようだ。

対するランタナの日本名は”七変化”だそうだ、なんだか紫陽花に似たような名前を冠しているが、自分なら七宝と名づけたほうがあっていると思うのだが、、、、。

何とかという芸人を見習ってセセリチョウが、”食べ物宝石箱だ~”とでも言いそうな雰囲気が見て取れた。

.

.

今日は旧暦の八月一日、いわゆる八朔というやつだ。果物にもハッサクという同じ名前の柑橘があって、われわれ山に集まる仲間はこの木の下で与太話にくれる。

元に戻るが旧暦の八月一日は、むかしから天候が荒れる日ということで、二百十日、二百二十日とともに三悪日といわれてきたそうだ。そして、

そして、九月十一日は春分の日から数えて二百二十日に当たる日なので悪の連なる日、、、、、、、

連れは「有東木の蕎麦を食べに行こう」と誘ったが、気分が乗らないと拒否した。

おりしも、朝方晴れた空も昼過ぎから降りだし、一時は激しく降って裏の川も増水した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月 8日 (土)

エノコロ草

Img_0015


雨が降ったり止んだりと変幻極まりない空模様だったが午後になって青空が見えてきた。

その青空に手を振っているかのようにエノコロ草が揺れていた。

エノコロ草、どうやら犬の子供、イヌッコロという言葉からつけられたようだが、別名の猫じゃらしのほうがこの草には似合っているような気がする。

実際親猫には見向きもされなかったが、子猫には凄く人気?があったのを憶えている。

この草は粟の原種だとのことで交雑さえ起こすというが、小豆同様、よくぞこんな草を粟になるまで品種改良をしたもんだと驚く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月 6日 (木)

地震 停電 断水 火事

Img_0010


まだ暑い日が続いてエアコンと完全におさらばをするにはまだ早い日々が続く。

しかし、季節はちゃくちゃくと進んでいるようで、シュウメイギクの花も咲き出していた。

シュウメイギクは秋明菊と書きその穏やかなな花の色は清楚、涼しげなどの言葉がそっくりと当てはまるが、この花びらのような部分は花びらではないし、菊と名がついているが菊の仲間ではない。

.

.

朝連れの友達が「テレビを見てごらん」というので始めて北海道で大きな自信があったのを知った。

毎朝七時に、BSテレビの”里山”というのを見るのがテレビ始めであるが、そのときは気がつかなかった。

今朝方未明に起きた地震だそうだが、こちらまでは揺れが来なかったようだし、”里山”が済めばいったんテレビを切るので、八時過ぎになってようやく教えてもらって知った次第、、、

むかし、神戸の地震は揺れたのは知っていたが、あんなに大災害と知ったのは五時間ほど後、仕事に行ってからのことだったが、当時は政府さえ遅くなってから対策本部を立てたころだったから無理も無い、といえばそうなる。

そして、今回の地震で驚いたのは北海道電力の停電が北海道全体に及んだことである。

ライフラインの要である電気が全てダウンし、完全復帰は一週間以上かかるとのこと、、、、、ほかの電力会社はどうなんだろうか?。

北海道なら自分たちのところより幾分涼しいのかもしれないが、工場などはもとより、家庭の中でエアコンや冷蔵庫が、、洗濯機が、、、電化製品が使えなくなると、いまの日本ではたちまちお手上げになること請け合い。

むかしは”地震 雷 火事 おやじ”が怖いもの順であったが、いまの世の中は地震 停電 断水 火事などになるのかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月 5日 (水)

老害

Img_0003


台風一過、朝から青空見えていたのに、暴風注意報が消えたのは九時過ぎでありなんだか間が抜けている感じさえした。

昨日は大阪を中心に大きな被害をもたらした台風も、我が家の付近ではときどき雨風が強くなるものの、警報にあったような大量の雨と風は免れた。

いつもは、急上昇する裏の川も50センチとは上がらず、朝起きてみると普段と変わらない様子。

朝日を反射してきらきらと輝いていた。

.

.

今年に入って体操界が大揺れに揺れている。

その原因は老害にあるといってよいのかもしれない。

昭和のはじめそれまでお坊ちゃんの趣味であったスポーツが軍事訓練に転用されてから教練というな名の下に、上の人に服従するということと、殴る蹴るなどの暴力で教え込むという風習が残り続けたことが原因となり、そのことで育った七十代近辺の指導者といわれる人に受け継がれる格好で来たことに問題が噴出しているのであろう。

歳をとるということは、叱ってくれる人がいなくなることであり、その栄光はいつまでも自分の頭に染み付いていて、なにかことあれば「いまの若い者は、、」と聞く耳を持たなくなる。

ボクシング問題のとき村田選手がツイートしたといわれる「そろそろ潔く辞めましょう 悪しき古き人間たち もうそういう時代ではありません」

一番古い風習が残っているといわれる大相撲でも親方定年制があるように、スポーツ団体にかぎらず、垢のたまっているところでは定年制で引退をさせたらを良いのではないだろうか。

もちろん悪しき古き政治家も、、、、、、、、、

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«開港記念日なのに