2021年4月10日 (土)

さくらを見に

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富士山麓、富士宮の山宮の桜が見ごろだというテレビ放送を見て、桜の時期に入院していた連れに見せようと出かけてみた。

今年は桜の開花が例年より早かったため、標高600mに位置する”さくらの園”の桜も一斉に咲きだしていた。

面積としては1ヘクタアールに満たない小さな公園ではあるが桜の種類はかなりあるが、いちいち幹につけられた名前札を見なければ分からないうえ、名札もついていないさくらは???である。

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また、この公園に来る前に、上井出でも道路際にかなり広い範囲に桜の木が花をつけている場所があったが、こちらは、菜の花やミツバツツジとのコラボがきれいで、この先楽しみの場所になると思われた。

今日の桜見物でよかったのは、どちらも駐車場に余裕がある程度の人しか来ていないため、、ゆったりと樹下を散策することができたし、花の下で茣蓙を引いての飲み食いも一切なかった。

いよいよ日本でも、「酒なくて なんのおのれが桜かな」という風習がなくなる機会かもしれない。

 

 

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2021年4月 9日 (金)

子孫繁栄

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ユズリハの新芽が今年はいつもより早く出てきた。

今年はあったかい日が続き植物全体に発芽が早くなっているようだ。

ユズリハは新芽が生えそろってから前年の葉が落葉することから、子孫繁栄の縁起に結び付けてめでたい木と言われてきた。

先日、娘からひょっとすると今年あたり孫ができそうな気配があると言ってきた。

そうなると、自分にとってひ孫になるのだが、、、、、、、どう呼ばれることになるのだろうか。

たしかに、遺伝子はつながっていくのだろうが、逆に言えば薄くなっていくことにもなる。

生まれてみなけりゃわからないだろうが、今のところ実感がわかないでいる。

果たして、今年中に現実となるかどうかは孫の嫁さんの身体にかかっているようなので、糠喜びになることもあるかもしれないと言って電話は切れた。

 

今日、朝になって「これからミカンの下草を刈りに行きたいので自動車で連れて行ってもらいたい」という電話が入った。

特に用事もなかったので、応諾したところ「ついでに草刈りも手伝って、、、」ときた。

仕方ないので繋ぎの作業服を着て出かけてみたが、駐車場からさらに細い道を上った先で、山の尾根筋に開けたみかん畑で午前中の草刈りを応援した。

昨年は、ちょうどこの時期お茶の木伐採をしていた、その場所からほど近い場所でミカンの持ち主が放棄したのをもったいないと譲り受けての仕事である。

南に面して開けた土地にみかんの若木二十本余があり、吹き上げてくる風は爽やかで、ウグイスも例年と変わらずそばまで来て鳴いている。

ミカンの木の周り直径二メートルほどの草を根こそぎに引き抜き肥料をまくのがこちらのやり方だということで作業を始めたが、約一時間半ほどでばててしまった。

八〇代のじいさんでは仕方のないことかもしれないが、最初に飛ばしすぎたのがいけなかったようだ。

後半は、ノコギリとはさみに変えてこの時期には推奨できない剪定で昼前の時間をすごした。

午後は、がっちりと一時間半の昼寝をしてしまった。

 

 

 

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2021年4月 8日 (木)

御衣黄

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御衣黄という桜の色は桜のイメージからかけ離れている。

淡い青緑色の花弁は木漏れ日を受けて、自らが発行しているのではないかと錯覚させる。

この名のいわれは、そのむかし西安貴族に好まれた衣装の色に似ているからと言われるが、なんとなく高貴な感じは誰しもが感じる色かもしれない。

 

今日四月八日は灌仏会と言ってお釈迦様の誕生日だといわれ、四~五歳だったころと思うがお寺に行って、小さなお釈迦様の立像に甘茶をかけた記憶がある。

薄暗い本堂は怖い感じしかせず、早く帰りたいの一心で甘茶を注ぎ、帰り際に菓子をもらうのだが戦争中で甘いのののない時代だったので境内を出るや否や自分のもらい分を人に見つからないように食べた時のうれしい記憶はいまだに覚えている。

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2021年4月 7日 (水)

水ぬるむ

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今日もあったかい一日であった。

新学期がいつからなのかわからないが、もう間もなくであることはわかる。

そんな一日を惜しむかのようにぬるんできた小川に足を入れて歩く少女たち、、、、

春の小川は さらさら流れて 岸にはからし菜の花が咲き乱れている。

毎年何度かの大水で岸辺が水没し、かき乱されているのをどう潜り抜けて花を咲かせているのだろうか。

生命力の強さには驚かされる。

 

今日テレビでこんな含蓄のある言葉がながれていた。

「自然は(人間に)征服されたように見せて いつか逆襲してくる」

アマゾン流域やインドネシアの焼き畑農業、ボルネオのパームヤシ栽培のため森林伐採、ロシアのタイガー伐採をはじめ地球規模の自然破壊と石油に依存した地球温暖化など大規模な自然破壊から、今回はコロナウイルスを呼び込んだ。

しかし、このままではいずれ人類はもとより生物の絶滅ないしは激減が起きる可能性が大きいそうだ。

のちの地球歴史にはごく短い期間ながら”人間世”と記されることになりそうだ。

仏教では弥勒菩薩が五十六億七千万年後に降臨して救済してくれるそうだが、釈迦入滅後まだ3千年もたっていない現在、気の遠くなるほど先のことであり、その時には地球さえもなくなっているそうだから、再来されても「おおい 自分はどこを救済するんだ~い」といった状態になりかねない。

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2021年4月 5日 (月)

哀れ

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盛りの過ぎた花は哀れである。

昨夜来の雨に打たれてチューリップはあらかた花びらを散らせた中最後に残った一輪は下唇をべローンと出したかのようにして露をとどめていた。

盛りの時は、夜になると花を閉じて眠りにつくのだが、人間同様年寄りはその花閉じる気力もなくなってしまうようだ。

そうすれば、花びらを雨に打たせて散ればよかったのに、それもできなかったのは老醜というべきか、いや、まだこの世になすことがあるという執念か、、、、、、

 

今日午後になって連れの退院が急に決まった。

このコロナ禍の中で三日に一回の洗濯物の交換さえあまりいい顔をされなくて不便をかこっていた。

パジャマだけでも毎日の交換なので、今回の入院で三枚買い足してのやりくりだったので合計六枚のの大金持ちならぬ大パジャマ持ちになり、「ここ当分、もしかしたら死ぬまで買わなくてもいいよね」って笑っていた。

しばらく前に関係者がコロナに感染したとかで、かなり神経質になっていたことが原因で四月からさらに厳しく対応するという看板をあちこちに見かけた。

幸いにして、静岡済生会や徳洲会病院のようなクラスター騒ぎにはならなかったが、第四派が懸念されている折から仕様がないと言ったらそうなんだけど、、、

病気のほうも完治したわけでもないらしく、リハビリや検査で一日おきの通院になるのでしばらくは主夫業に精出すしかないようだ。

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2021年4月 2日 (金)

一難去って

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最近、麻機沼近辺も遊水地化し昔の原野的なも場所が少なくなってきた。

人間にとってはありがたいことだが、野生の動物には住みづらい世の中といったところか。

特に一定の縄張りが必要な動物にとってはその場所争いが熾烈になってきているらしい。

人目も気にしていられないようで、二羽のキジが争いを始めた。

それこそ巌流島の戦いもかくあらんやといった状態で、空中に飛びあがって逆さ落としで攻撃を仕掛ければ、受けに回った方は身をひるがえして次の反撃を準備している。

しかし、この地を勝ち取ったとしても、蓮華畑に人の手が入るのはそう遠くない時期である。

たぶん一難去ってまた一難

 

大阪市を中心にコロナが再拡大しているようで、まん延防止法を大阪府地位が要請した。

やっとこの間、緊急事態宣言を解除してくれといった舌の根も乾かないうちにだ、、、。

去年だったか、うがい薬”イソジン”がコロナに効くといったころから府知事の発言はなんかおかしいといった感じが拭えない。

それまでは、物事を理知的に判断する人といったイメージだっただけにざんねんである、しかし、このコロナでは各県知事でこの人は、、、って知事はまずいなくて何らかのつまずきをしている。

もちろん結果を見ての批判であるから酷といえばそうなるが、千葉県の森田知事は分かっていたが神奈川県の黒岩知事もがっかりした人の一人である。

「役職が人を作る」という言葉は以前に聞いたことがあるが、今回のコロナ騒動では「役職が化けの皮をはがす」といったところか。

 

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2021年4月 1日 (木)

雲を見て

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世の中桜が満開を迎えて浮き立っているそうだが、ほとんど自宅と裏の畠と山の畑以外出かけることがなくなった。

コロナの感染対策からはよいことなんだろうが、、、、、、

そんな中、近所の川の縁に咲く桜の上に富士山の形をした雲が表れていたので写してみた。

最近は、ものを見ても想像したり感動したりする感覚が薄れてきているようで、子供のころのように雲を見て何かを当てはめるということが少なくなった。

まさか空の雲が変わってきたというのではないだろうが、、、、、、、

 

普段なら喧嘩ばかりしている連れで「居なきゃ、どっかへのびのびと行けるのにな」と思って居たが、いつ病院から連絡が来るかもしれないということもあるが、居ないとなるとどこへも出かける気にならないのはこれも長年にわたって身についた習慣か。

 

今日はむかし言葉でいう”四月馬鹿”の日である。

しかし、頓智がないため気の利いた嘘となると、生来が融通の利かない堅物なのか人を傷つけない嘘となるなかなか思いつかないので利用したことはない。

それよりも、学校以外は今日が「ピカピカの一年生」をあちこちに見かける日なのである。

去年は、コロナの正体がわからなくて、「入社式」などがリモートになったり自宅待機みたいなのがあったが、今年は分散型を含めて行われているらしい。

 

 

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2021年3月30日 (火)

フレイルだって

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春の季語の一つに朧月夜ってのがあったと思うが、今日の天気は黄砂の影響で太陽が朧にかすんでいた。

午前中 山の畑から2kmほどの県庁を初めてとする市の中心部の高い建物がかすんで見えたのだが、時間を追うごとに黄砂は激しくなったと見え、夕日が山の端に入るころは眩しさもなくなってしまい朧月夜状態になってしまった。

昨日の天気予報はこの黄砂を言っていたので、そろそろ冬布団を日光に当てようと思っていたのをはじめ洗濯も「お休みデー」にして少しぬかるんでいた畠に入り、里芋を植え付けてきた。

 

昨日の夕刊の一面見出しは「コロナ虚弱」高齢者注意というものであった。

大事件がなかったことでこんな見出しが掲げられたのはよいのだが、老人が要介護の入り口になるフレイルという状態になる人が多くなってきているようだ。

老人が自宅に引きこもり、人との交流や運動をしないことで一人暮らしやストレスに起因する鬱などから、体重の減少や疲労感、筋力や歩行速度の低下などがでてくるという。

先日来、足の故障で二度もマッサージ師の厄介になったのは、やはり運動不足から来たものようだとすると、その後の疲れやすくなったり、足が重いと思うのも歳のせいばかりでなくいわゆるフレイルだったのだろうか。

 

連れの入院も今日で九日、日ごろ口喧嘩ばかりしていた相手も、病院でコロナ患者が出てから面会もできていない中でますますフレイルの危険性は増してきている。

ただ、曲がりなりにもマッサージ店で習った筋力アップのトレーニングと裏と山にある畑に行って暇つぶしをし、三食のおかずつくりでこの危機を乗り越えていくことにしている。

そのうち、連れも退院すれば、口喧嘩を楽しんでいこうかな????????

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2021年3月29日 (月)

裏もあれば

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暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったもので、今日は今年初めての夏日になった。

感じてはいなかったものの、身体はまだ暑さには対応できていなかったようで、肌シャツ一枚になっても厚いくらいの陽気でこれから先こんな日がどんだけ続くのかと思うと嫌になってしまった。

畑のエンドウも二月末ころから花が咲いていたが虫がいないので受粉ができず無駄花になっていたがここ数日から採っても採ってももという状態になってきた。

虫が増えれば、キャベツなどの春野菜は幼虫に食われぼろぼろになるが受粉を待っている野菜には欠かせない。

裏もあれば表もある。

 

夏季オリンピックのための聖火リレーがはじまり、批判的だった報道も中継を出して盛り上げにかかっている。

その報道を受けてか、見物する衆が増えて三密状態を呈しているという。

元来がネジべ~の自分としてはあんなものがそんなにみたいのか不思議でならない。

アンケートではオリンピック開催には批判的な意見がかなりあると言っていたが、いざ始まるとそうでもないのかな、、、、、、

昨日行われた静岡市議会議員の選挙では自民党が過半数に近い当選者を得、公明党は立てた候補すべてが当選した。

昨年、清水市役所や桜が丘病院を津波浸水区域に移転を反対する署名が五万筆を超え住民投票の規定を大幅に超えての反対が集まったが、市議会ではこの要請を自民公明で否決し、市民の意向を無視する態度に出た。

しかし、選挙になると忘れたかのようにこれら議員が当選してしまった。

完全になめられている。いかに大衆というものは前のことを簡単に忘れてしまうものだろうか。

「智に働けば角が立ち 情に掉させば流される 意地を通せば窮屈だ とかくこの人の世は住みにくい」と夏目漱石は喝破したが、情に厚いは清水港の次郎長さん由来かな。

 

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2021年3月28日 (日)

春爛漫の

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あ毛尾の花も咲きだして春真っ盛り。

右に二本突き出しているのが雌花で左側に固まって咲いているのが雄花である。

こんなにたくさんの花を咲かせ虫を誘っているのだが、なぜか実のつけようが少ない無駄花である。

ほかの花のように一凛の花の中に雄蕊雌蕊が同居していないのが実の少ない原因だとすれば、人間も同様なのかもしれない。

日本の人口が少なくなっているのは、やはりj代の流れか、、、、、、、

 

大相撲春場所は元大関の照ノ富士の優勝でおわった。

無声映画の弁士が曰く「春や春 春爛漫のローマンス」って所である。

最近の大相撲は、横綱の休場が多く、それに次ぐ大関陣がふがいないというかと飛び抜けた技量がないというか、しばしば幕尻の力士が優勝するなど、面白いと言ったらそうなのかもしれないが、長年大相撲を見てきた者にとってはつまらなくなってきた。

そのため、十両から上の相撲は見なくなった。

ただ、今日の取り組みを見ていて照ノ富士の安定感から、彼が次の横綱候補と言っていいのではないかと思うのだが、どの力士も大関になったとたんカド番になるまで気力がなくなるのは、トップに立つよりナンバー2のほうが気楽と考えているのではないかと勘繰ってしまう。

それにしても、大関から序二段まで陥落した力士が返り咲くというのは作られた芝居を見ているようで実際に起きたこととは思えないほど感動している。

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