2017年3月29日 (水)

入念に化粧して

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ひさしぶりに、キセキレイを裏の川で見た。

子供のころはセキレイというとこの鳥だとばかり思っていたが、静岡ではハクセキレイかセグロセキレイがほとんどで、キセキレイを見ることは稀である。

標高の違いか、土地柄の違いなのかよく分からないが、気温が温かくなったためか念入りに化粧をしていた。

セキレイはその尾を振って飛び回るところから、石叩きなんて呼ばれる地方もあるが、飛騨ではチンチンドリで通っており、いじめると「親死ぬ 子死ぬ 鍋も茶碗も割れてしまえ」と鳴いて呪うとか、火事になるとか言ってツバメ同様この鳥に手出しをするものがいなかった。

これは、ほかの土地でも同様な言い伝えがあることから、古来特別な目で見られていたのだろう。

そのためか、人を怖がるという風がなく一定の距離を保ちながら人の身近で飛び回っている。

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自分の周りで、”てるみ”といえば、保育園か美容室にそんな名前のところがある。

今回の新聞記事になるまでそんな旅行会社があるとは知らなんだ。

それにしても、こんな無責任な会社がよくいままで存在していたもんだ。

この旅行会社に申し込んで海外に行っている旅行者が2,500人とか、、、、、帰ってくるのは自分の費用でと言われるとそれだけのお金を持っている人がいるのだろうか、見知らぬ国で言葉が通じるのだろうか、、、

自分も、初めての海外出張では、英語もろくに話せずスペイン語にいたっては挨拶と数を数えるだけしか知らずに、一人で放り出されたのだが現地で同級生が待ち受けていてくれたおかげでその夜の宿にスムースに行けた。

多分この会社の格安料金で行く人は何回か海外旅行を経験していることと思うが、こんなはた迷惑な会社の社長は破産した後、のうのうと暮らしていくのは、いくつかの倒産会社で目にしている。

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2017年3月28日 (火)

春の知らせだが

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高原川を挟んだ向かいの山、呼べば届くほどちかい

いまでこそスーパーカミオカンデで有名になったが、自分の通った小中学校はこの施設のほぼ真上にある鉱山社宅の子供だけが入っている大津山小中学校である。

標高800mと言う高地にあって、毎年雪が4m以上は積もるこの土地で、春一番の響きと言えば、400m下を流れる高原川を挟んだ向かいの山雪崩の音であった。

さすがに高山とはいえ、この時期になると地面も温められて、谷の上部から崩れた雪が地表の土砂を巻き込んで流れ下る音は、直線で3kmほど離れた社宅まで聞こえ、谷筋は茶色く染まった。

被害は人家も無いような急斜面なのでなかったが、その上流では雪崩の出る場所にはコンクリート製のスノーシェッドで半分トンネル状になった道路が続いている。

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那須のスキー場で雪山訓練をしていた高校生と先生が雪崩にやられて八人も亡くなったというニュースがはいった。

ワイドショーは、これが原因とか、あれができていなかったとか言っていたが、雪のことを知らない連中がどう言ってみてもと言う感が免れない。

雪崩には大きく分けて地面を削りながら崩れてくる”地こすり”と雪の上を滑ってくる”泡(表層雪崩)”があり、上記の雪崩は地こすりで今回の雪崩は泡である。

威力は落ちらがどちらとも言えず、山に登ると直径1mほどのモミの木が枝を綺麗に折り取られて雪の斜面に転がっているのを見たが、これは泡のせいであった。

この泡は、条件が整えば簡単に発生することがあり、自分も中学のとき、学校の上の山で雪だるまをつくろうと、雪を転がしていたときに暑さ4~50センチの雪の層が幅30mほど、亀裂が入って流れ下ったことがあるし、高校生のときスキーハイキングで大富の鉱山後に行ったときスキーの先端から雪が切れて滑り出し、下にいた同級生がその雪で押し流されてしまったことがある。

これらは、いずれも立ち木などの無いやまであったが、今回のは木の間をすり抜けてきたような説明だったので傾斜がよほど急だったかと推測される。

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いずれにしろ、事故の究明は地元のよく事情を知った人や専門家の意見で解明されるのだろうが、遺族の一人が言っていた「いい子だったが、親より先に子供が逝くという親不孝をした」と言うのを聞いて、その嘆きに涙してしまった。

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2017年3月27日 (月)

弥生系は嫌いって

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昨日に比べれば幾分気温はあがったものの、一日中小雨が降ったり止んだりを繰り返す一日であった。

そして、午後になって鳴り出した雷も納まって日差しが出てきたので、これでおしまいかと思い散歩に出かけたら、西の方は青空が出ていたが、頭上は雨雲が去らず時折細かい雨を降らし続ける。

虹が出ていないかと東の雲の下に目を凝らすが傘をさすほどの雨でないためか一向に現れる気配は無い。

一時間あまり歩いて帰れば、上着はしっぽりと、肌シャツは中からしっぽりと、、、、汗臭いと叱られる。

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「よこしまな考えを持った支那人や在日朝鮮人は  云々」と言う文書を保護者に送ったと言う籠池淳子さん?

一体、保守系と言われる人はどうしてこんなに器量が狭いのだろうか。

彼らは、日本人は単一民族であると言うが、古くから日本に住んでいたと言われる南方系の縄文人と朝鮮半島を経由した弥生人、そして、東北以北に住んでいたアイヌ系が入り混じった民族である。

何年か前、郷土史の講義を受講した際に、縄文人と弥生人が争った形跡が見当たらないと言うのを聞いた。

そのころは、人口も少なかったのだろうが接触の仕方が徐々に広がったのか、同じ人間とみたのか、大陸渡来の弥生人のほうが文化レベルが高くて差がありすぎたのかとにかく融和して日本人が出来たようだ。

そのため、いまでも四角い顔つきの縄文型のっぺり細顔の弥生人型なんていわれることがある。

そんな祖先を持つ民族がいまさら、「支那人は嫌い、朝鮮人は、、」と言えた義理だろうか。

ひょっとすると四角い顔を持ち頭の毛がぼさぼさな籠池淳子さんは南方系の縄文人の血が強いため、「弥生系が嫌い!」って言っているのだとしたら面白いかもしれない。

確かに島国で育った人と大陸で葛藤を繰り返した人たちとは社会状況が違い考え方も違うのは致し方ないが、日本人の考え方の根幹を成す仏教や儒教は中国から入ってきたものであることを肝に銘しておかねばなるまい。

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2017年3月25日 (土)

言わなきゃ叶わない

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道かたに植えられている低木の生垣の間にムスカリの花が咲いていた。

生垣のしたとはいえ、南向きのその場所はムスカリにとって居心地のよい場所らしく元気に育っていたが、園芸品種で球根で広がる花だけに、自分から逃げ出したものではなく、誰かがそっとこの場所に持ってきたものに違いない。

濃い紫のその花は、茶褐色の味気ない場所だけにひときわ目立っている。

ムスカリとは麝香のことであるが、その匂いはかいだことが無いのでわからない、そして、形状からつけられた名前はブドウヒヤシンスだと言うが、、、、、、、、

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今日は孫の父方の八十四歳になるおばあさんが訪ねてきた。

いろいろと話をしたが、その中ですでにひ孫が六人もいることを話した上で、いろいろと行事があるたびお祝いをしているのだが、年金なので大変だと言う。

本当は孫やひ孫に何かしてやれるのがうれしいのだろうが、それを隠して言っているらしいのはよく分かる。

しかし、根がひねくれものの自分は「大学行くことになった最後の孫はべつにして「働いて給料を貰うようになった孫たちにお年玉くらいくれ」と常々言ってプレッシャーをかけている。

願い事は言わなければ叶わない。

黙っていては、神さまも気づかないはず、、、、そんな例をなんどか見て来た。

日本人は、小さな島の中でくらしてきただけに、阿吽の呼吸とか、俺の目を見ろ、、で通ってきたが、新人類と言われる今の若者には通じない。

相手が相手ならこちらもこちらで行かないと、世の中回らないよ。

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2017年3月24日 (金)

サクラ ようやく咲く

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今年のソメイヨシノは、東京が一番早く開花宣言を出すようだが、静岡は珍しくと言うか例年よりかなり遅れているようで、まだ”つぼみ硬し”といった状況で、いつ咲くのか見当も付かない感じである。

写真の桜は、近所でいま満開を迎えているのだが、名前が分からない。

下向きに咲いたその花は色も白っぽくたおやかな感じがし好感が持てる。

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今度高校を卒業する孫が、地元の大学をすべり心配していたが、福井の大学に合格したとメールが入った。

地元の大学は父親が親元から通わせたくて薦めていたが、本人は福井か秋田に好きな学部があるとかで希望していた。

結果的には、親の意向を退けて希望する科目を選んだことになるのだが、地元の受験に失敗したときにはかなり落ち込んでいた。

人間挫折を繰り返しながら生きていくものと、この歳になれば思うのだが、失敗したときには身も世もあらぬといった感じだったこととおもう。

とにかく、遅れてきた「サクラ サク」にお祝いをしてあげなくてはならない。

最近は黒い熨斗の付いた袋ばかりだっただけに、明るい色の熨斗袋は新鮮な感じがする

ただ、親には多大な出費と労力をさせることを肝に銘じさせる一言を付け加えようと思うが、余計な一言かもしれない。

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2017年3月23日 (木)

籠池劇場

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低い位置から写すと杉木立ならぬ土筆木立と言えそう

Img_0001近年遊水地にするため県が買い上げた空き地にびっしりとツクシが生えそろっていた。

ツクシはスギナの子供であるが、一度畑に入るとこれほど厄介な雑草は無い。

何億年も命をつないできただけに、その生命力たるや取っても取っても絶やすことが出なず、こちらが根負けしてしまう。

そんな厄介な植物でありながら、子供でも簡単に取れるところから、以前は幼児連れのお母さんがツクシ摘んで、食用にしてたこともあって見かけたものだが、今では誰もツクシ摘みなどしないし、これだけ生えていれば人間のほうが負けてしまいそう。

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今日は、朝からNHKで証人喚問の国会中継が午前二時間 午後二時間開かれたが、そのうち三時間ほど見てしまった。

その感想を一言で言えば、証人を主人公にした”籠池劇場”とでも言えようか。

以前の証人喚問では手が震えて署名さえ出来かねる人もいた中で、出だしにすらすらとサインをしたのは、彼が豪胆なのか、いまの国会の権威が低下して、緊張感が無かったのか。

とにかく最後まで、激昂したり取り乱したりすること無く淡々と終わらせたのは、安倍首相よりよっぽど格が上なのかなと言う気さえした。

国会議員の厳しい?質問に刑事訴追を受けるかもしれないのに、ほとんど即答しているさまは、よほど自信があるのか、それともやけっぱちかとも取れるのだが、かなり胆の座った御仁に見え、自党にかかった火の粉を振り払おうとばかりに枝葉の質問に終始した自民党と維新の質問時には籠池氏のほうを応援するくらいにしてみていた。

自民党の質問者が国有地払い下げ価格を高いくらいだと言ったのにも驚いたが、維新の下地衆院議員の質問は最低で、最後には証人のほうから「いまのは質問ですか要望ですか」と言われるくらい落ち着かれると、国会の質の低下をあからさまにしたようで、、、、、、、、なさけない。

明日の新聞の見出しは、どう出るんだろうか。

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2017年3月22日 (水)

鶏ってなに?

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先日藤枝に行った折、駐車場から、会場に向かう道のそばの家で
鶏を飼っていたらしく、雄鶏がときの声を連続してあげていた。

そこに孫とおぼしき子供をつれた夫婦が通りかかった。

子供はその声を聞きつけて「あれはなに?」って聞いていた。

鶏は塀の内側いるらしく声が聞こえるものの正体は不明で、夫婦も説明に苦慮していた。

近頃では鶏を飼っている家は、養鶏農家以外にはまず見当たらないし、養鶏農家も鳥インフルエンザの予防のため外部から見ることが出来ないようにしている。

もし、「鶏ってなに?」って聞かれたら、どう説明するか。

スーパーで売られている各部位ごとに分けられた肉のことしか知らない人が出てくるような気がしてならない。

そして、鶏が生き物で卵を産むなんてこともわからなくなる。

「鶏が先か 卵が先か」って言う言葉や酉年に代表される鶏を見ないで済ます人さえ出て、これらの言葉は死語になる日も間近いだろう。

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今朝のテレビではブラジルで鶏の肉に防腐剤のようなものを入れたり、サルモネラ菌の付いたものなどなどを輸出し、日本にも入っているとのことであった。

このニュースを聞いて、不思議に思ったのは内偵捜査に二年ほどかけていたそうだし、すでに、何カ国ではその対策として輸入禁止の処置をとっていたと説明されていたことであった。

最初は、昨日今日の出来事かと思っていたが、長い間隠されていたことになるのだが、消費者は何も知らされないできたことに言及したテレビ局や新聞は無かった。

自分個人で言えば、約40年前、南米で仕事をしていたときに朝 昼 晩と毎食鶏肉が出されたことから、食べるのが嫌になり、帰ってきてからこっちほとんど口にすることが無かったので関係は無いのだが、毎年45万トンとかが輸入されていたと聞くと、食肉業者のモラルの低下は中国だけではなかったようだ。

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2017年3月21日 (火)

暖房考

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まるで、プラスチックかゴムで作ったような色合いと形の花、寒葵を見つけた。

今年の冬は、ことのほか厳しかったのか、かなり傷めつけられた葉っぱを見つけたので、花が無いかと目で探したのだわからない。

それでもと思って落ち葉をかき分けたところ、やっと見つけることが出来た。

寒葵は、葉っぱの形がわさびに似ているところから名づけらた草であるが、ウマノクサ科に属していて全然種類の違う草であり、徳川家の紋所になった葵の御紋は、この草の仲間の双葉葵だそうだ。

とにかく、花とはいえ地面に転がったようにして咲く花は、蟻などが花粉の仲介をしてくれるのを待つそうで、蝶やミツバチを相手にしているのではなさそうだ。

ただ、この草をギフチョウの幼虫が食草にしているため、時々ギフチョウが訪れるときがあると聞くので、注意しているが、なかなかお目にかかったことが無い。

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昨夜来激しくはないがずーっと雨が降っている。

そのため、体感温度も低くこの冬最後と思われる灯油を買いに行った。

この冬は、灯油を200リッターくらい買ったことになるか、、、、、

静岡の寒さに慣れるにしたがって、灯油の使用量が年々増えてきているようだ。

エアコンの暖房のほうが価格的には安いのだが、暖かさが違うと言うか、、、

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いままで、いろんな暖房で冬を過ごしてきた。

子供のころの囲炉裏は父親のひざに入り、前からホカホカと火を受け、背中には親父の体温があってすぐに眠くなったこと、その後薪ストーブになり、その横で腹ばいになって宿題をしていると、片側からぬくぬくと火照りはいり、ほっぺたが暑くなって眠くなり、宿題はおろそかに、、、、(勉強机などありゃしない)

学校では大型の薪ストーブ、薪の入れすぎで薄い鉄板は赤くなり轟々と音を立てて燃え盛る、教室中温かくなり、みんなでこっくりこっくり、、、、、、、

昼近くになると、そのストーブの上に網を載せ各自弁当箱を載せるため、いろんな匂いが立ちこめ腹はぐうぐうと、、、、そして、授業に集中できず、、、、、

その後の達磨式石炭ストーブは、煙突から吹き込む風で教室中煙幕が張られて黒板が見えず先生は室外に逃げ出す、、、そして、灯油になった。

薪のストーブが一番よかったが、その薪が手に入らない今、夢の中にさえ出てこない。

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2017年3月20日 (月)

10年は早い

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それは話し以上に愛らしい花であった。

花の真ん中と縁が紅色を濃くした花びらを持つ桜によく似た形をしている。

藤枝の葉梨川上流でアーモンド祭りをやるとテレビで言っていたので出かけてみた。

行って見ると会場のある公民館の駐車場はまだ10時前だというのに満杯で、離れた場所に誘導された。

これだけ人が集まっているのならと、期待して400mくらいの距離を歩いていくと、高さ2mあまりの小さな木の何本かにちらほらと咲いているほか、広場の周囲にいくつかのテントを張り、食べ物やおもちゃがすこし出ていただけ、、、、、、

なんだかだまされたような気がして、早々に引き上げてきた。

テレビでは、まだ咲きはじめで、花の数が少ないということであったが、ここがアーモンドの花の名所になるには、まだ10年以上は先の話かな?という感じがした。

写真は、数少ないアーモンドの花

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2017年3月19日 (日)

彼岸まで

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Img_0001今日は最高気温が二十度にもなった。

上着を脱いで畑で鍬をふるったが、いつも以上に汗をかいてしまった。

「”暑さ寒さも彼岸まで”って言うけれど、これからは暑いねっていうんだろうね。」

とにかく寒さに慣れた身体には堪えたようで、午後からはぐったりして昼寝をしたら二時間も寝たため、今度は寝すぎでくたびれたようで身体の調子がいまだにおかしいような気がする。

畑の近くの田んぼには、蓮華の花が勢いを増して咲き出し、ミツバチも出ていたが冬眠していたモンシロチョウも擦り切れた羽根を痛々しげにうち震わせて蓮華畑の上を飛び回っていた。

しかし、ミツバチに比べると蓮華の花につかまる頻度が少ないのは、はやく、卵を柔らかい葉っぱに産み付けて、役目を終えようとしているからであろう。

次世代に命を託すという至上命令は誰から受けたものだろうか。

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