静岡では一昨日あたりから小学校の入学式が始まったようで、今日初めてピカピカの一年生が学校から帰ってくる様子を見ることができた。
自分が小学校一年生の時はどうだったのか全然記憶にないが多分今のようなランドセルなんてもののない時代だったことは確かで薄っぺらい教科書を風呂敷で包んで学校に通っていたような気がする。
小学校一年生の時、生まれたところの小さな学校に入学したが家の都合で五月半ばか六月ころおばあさんの居る船津町の学校に姉と共に転校し、十一月ころ山から下りてきた親たちの元に戻り始めて入学した学校に復学、そして翌年六月鉱山に就職した父親に連れられて大津山の小学校に転校するなど変化の多い少年時代を過ごした。
数々の転校で何かあるとすぐ泣きだしてしまうくらい生徒ではなかったかと思っていたが、そのころの同級生によると悪ガキで徒党のリーダー格だったという人もいて意外な評価にびっくりしている。
そのなかで、生まれた家のカイド(街道)を挟んだ向かいの家に晋という名の子がいて同い年だったので生涯大事にしなければ子供心に思っていた。
生まれ故郷には母がたのお婆さんがいたこともあってそこへ行くたび晋と遊んだものだったが、中学を卒業した後向こうの方が疎遠したい様子が見て取れ何年か姿を見ることがなかったが、同じ鉱山に就職したことで交際が復活した。
その彼が昨年暮れに余命宣告を受けたと電話してきた、難病で早ければ年内遅くても春にはというので時々電話をして病状を確かめ、春になったら会いに行くからと約束していた。
昨日の電話では良くはならないがまだ最後の入院をせよとは言われていないので楽しみにしている」とのことだったので、あと一週間ほどでその楽しみが実現できそうな状況になってきた。
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