2026年5月15日 (金)

オイルショック再来?

昨日のテレビで静岡県のいくつかの市町でごみ収集の袋が無くなっている。と言うので今日ホームセンターとスーパーでビニール袋を打っている棚を見たら見事にすっからかん状態になっていた。

静岡市は昨日の放送段階ではまだあることになっていたが、あの放送を見て買いだめに走った人がかなりいたんだろうなって気がした。

メーカーでは普段通りに出荷しているというが、この調子で行くとテレビで物言うたびに棚から消える商品が続出しかねない。

むかしのオイルショックでは石油とあまり関係のないトイレットペーパーもなくなってしまって大騒ぎをしていたのを思い出す。

今回も買いだめに走って石油関連の資材が無くなったり高騰しているという情報が入っている。

政府は石油の輸入量から言ってどこかで目詰まりを起こしているというが、大きな目で見て買いだめなどが無ければその通りかもしれない。

一昨年の米騒動もそうだったが、困った困ったという声の裏で、放出を少なくしてウハウハと儲けているやからがいる。

人の不幸に付け込むやからは資本主義経済では当然のことであり、バブルの時代の名言(迷言?)のひとつに「金を儲けて悪いですか?」と言うのがあったが、明確な反論はなかった。

「人の不幸に付け込む金儲けはのは悪いことです」と言おう。

 

 

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2026年5月14日 (木)

ふるさと納税

各地で雹を伴った激しい夕立のような豪雨が降っているとのことで、静岡でも天気予報では注意するように言っている。

しかし、ここしばらくは全然雨の気配もなくこの先一週間は降らないような予報が出ている。おかげで畑の作物は水を欲しがっているし、グリンピースなど春物を抜いた後の畠の土は堅くて砕けにくいので耕すのに手間がかかるし、太陽の熱射は肌を焦がして二時間とはいられない。

梅雨を間近に控えているのだが適当な雨はいつのことやらと思ってしまう。

 

昨日の新聞を見ていたらふるさと納税の手数料を総務省が引き下げるよう業者に要請してするそうだ。

ふるさと納税は以前にも受け入れ自治体に返礼は三割以下にと言っていたが、これを営利業者が手数料をとって代行していたとは知らなかった。

結局のところ返礼品と手数料を差し引けば自治体にはどれだけ届いていたのだろうか。

そもそもこの制度が発足した理由は収入の少ない自治体を助けるために始められたはずで、本来なら田舎から出てきた人が故郷に育てられたお礼の意味を兼ねて納めた税金を回してもらうというのが趣旨のはずだったのではなかろうか。

それを関係のない納税者が返礼品欲しさに納税したお金で購入するといういわば税金逃れに等しい事業に変わってしまった。

また、受け入れ自治体の方も業者任せにするということは、何もしないでただお金が入ってくれば、、、と言うことに問題があるのではないだろうか。

どこの自治体も老朽した下水道管や子育てや人口減などの悩みを抱えているはずなんで、これらの税金が無駄に消えてしまう制度自体に問題がある。

ふるさと納税を一度もしたことがない自分がこんなことを言っては何だが、自治体の方ももっと汗をかかなければこんな制度は止めにしてもらいたいものである。

 

 

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2026年5月13日 (水)

新茶とどく

今年の新茶が友達の家から届いた。

静岡ではその土地土地でいろんな名前があって一番おいしいと言われているのがのが大井川上流の川根茶、天龍川沿いの春野茶などが川沿いの朝霧で育つたものと言われるが、今日持ってきてくれたお茶は静岡市を流れる安倍川上流の本山茶(ほんやまちゃ)と言われるもので結構おいしい味が出る。

静岡のお茶はこのほかに掛川茶が話題になったこともあるし広大な面積の牧之原茶や富士山のふもとの富士の茶畠などは写真うつりが良くて有名であるほか、それぞれに伝説やいわれをもとに宣伝している。

しかし、お茶も米のようにそのほとんどと言ってもよいほど”やぶ北茶”と言う木で成り立っており、自分らのように熱いお湯で飲むものにとってはその差をほとんど感じることがない。

しかし、今日のあ茶だけは慎重にお湯の温度を低くして一分ほどじっくりと煎じて飲んでみるとその色と香りは清々しくかんじられ、外の暑さも気にならないで心が落ち着く感じがした。

 

今日の新聞によると再審見直しに関して何度も自民党から突き返されてきた法務省の案が原則検察の抗告を禁止するという構成でまとまりそうだとのことであった。

最初の有識者案からは随分と変わってきたようだが、法務省はどうしてここまで検察の抗告にこだわってきたのだろうか。

有識者の面子におもんばかったのかもしれないが、裁判所がそんなに簡単に再審を開始するはずがなくそれなりに新証拠にもとずいて行う再審を無駄に長引かせる検察の抵抗を赦すにはちょっと無理がある。

99%有罪と言うことが果たして良いことなのか、裁判を前にして検察が理由の説明も無しに控訴断念するという記事を見るたびに不思議に思ってきた。

検察官の匙加減や主観で控訴断念したでは警察官のせっかく集めて逮捕した証拠が無駄になってしまうのではないかと思うのだが、、、、

新茶のように清々しい法律にはなかなかなりそうもないようだ。

 

 

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2026年5月11日 (月)

「位が人をつくる」という言葉がある。

会社などでもある程度昇格するとその人に品格が損わり見た目も違ってくるという意味だが、いま放送されている大相撲でも十両と幕下の力士にその差が如実に表れている。

大銀杏の髷、色とりどりのまわしもさることながら、態度が堂々として見え先場所迄の趣がまるで違って見える。

位が一つ上がる、給金が出るというだけではこうならない、世間の目がその位に対して畏敬の念を持つからではないだろうか。

鉱山に勤めていたころでも、仕事を支持する立場の人と指示される立場にはそんな趣もあったように思っていたが、昇格の見込みのない人は「楽は下にあり」といっていた。

 

位の上下は責任が重くなりそれに押しつぶされた人もかなり多く見てきたが、大相撲の世界でも役力士かどうかでそれがあるようでベテラン力士ののびのびとした取り組みは前頭陣に多いようだ。

 

 

 

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2026年5月10日 (日)

母の日

今日は「母の日」子供にとってはいくつになっても母に対する感情は特別なものがあり、父への愛情に比べると比べ物にならないものがあるのは子供に対する接し方からのような気がする。

母親にしてみれば自分の分身と言う実感が父親より強いため、濃厚な愛情をつぎ込み時としては子離れできず、息子を嫁さんに獲られたような感情を抱くこともままあるように聞くのだが、、、自分は男なのでその辺はよくわからない。

ともあれ、この歳になると親が生きている人はまずいない。

先日、母親の三十三回忌を行なった身にとっては、長生きをしたと思っていた母親の歳を越して三年たつたことに改めて驚くとともに久しぶりに連れと思い出話が出来た。

 

午後になってすることもなかったのでテレビを入れたら日本人と韓国の人が歌合戦をのような番組を見た。

どの人も見たことも聞いたこともない人だったが、声量もあり見事な歌いっぷりであった。

あまりの歌のうまさに素人ではないけれどかといって全くのプロには見えなかった。

最近日本の歌番組、特に演歌歌手の番組は見ないことにしている。

昔の名前で出ています式の歌手の歌の下手さに加えて、何かと言えば自慢話をうだうだとしゃべくり回す歌手の多いこと、おまけに新人には前半を昔の流行歌を歌わせるのは何とか年寄りに歌番組を見てもらいたい感が顕わに出ている。

芸能界に限らずスポーツ界などではいまだにむかしの常識を捨てきれずにいるとか聞くと、これらの古い歌手を呼ばなければタレントを抱えている会社との折り合いがつかず歌番組が放送できないのではないかと疑うのは親子抱き合わせで子供の出演させていることにもある。

そのほか、これらの歌手がプロでユーサーに媚びを売ったり賄賂まがいのことをして出演しているのではなんて思ったりしているなどと思ったりもしてしまう

また、前にも書いたが作詞作曲する人たちの人材枯渇もあるようで、、、、、、これ以上書くとさらに深みにはまっていくので今日はこの辺で、、、、、”勘弁したやろうか”

 

 

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2026年5月 9日 (土)

むかしは

古来一つの事件がそれまでの社会を大きく変えてしまったことは数多くあり、近代に入ってからは明治維新や太平洋戦争がそうであり、最近ではコロナウイルスが葬儀など親類付き合いや社会通念などを始めろして人々の行動を変えてしまった。

そして、ロシアのウクライナ侵攻やアメリカのイラン戦争などをはじめ、身勝手な貿易関税などが之からの人類が進む文明の曲がり角に来ているのが分かる。

今年に入って岩手県の山火事を見ていたら、むかしなら到底あり得ない現状を見た。

今ほど石油に頼らない生活をしていた当時は、杉の木間伐材は足場丸太などに使い、落ちた杉葉は焚きつけの貴重な材料なので山には燃える材料が限られていたし、火の扱いに手慣れていたので焼き畑をしていても延焼したのは見たことがなかった。

しかるに映像は落ちた杉葉を叩いて消火をしていたのでおもわず「焚きつけの後始末」と叫んでいた。

アメリカとイランによる海峡封鎖は全世界に影響を与え、ロシアは漁夫の利を得てウクライナ攻撃に戦費を使う。

日本をはじめアラビアの石油に頼っている各国は石油を求めて右往左往して原油価格を上げているがそれでも足りないようで石油由来のナフサなどが供給不足に陥っている。

自分らはペットボトルをはじめ廃品回収につとめ分別収集に協力しているが、この際商品を包むビニール袋や段ボール紙製品など過剰包装をへらすことができないものだろうか。

 

いつも「むかしは むかしは、、、」と言って叱られているが何とかこれらの製品を自然由来のものに戻すことも考え行かないと、、、、、と地球、いや人類は終末を迎えるのが早まると思うのだが余計な心配かな、、、、、、、

 

 

 

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2026年5月 8日 (金)

直下型

ひさしぶりの外食から帰ってきて外にいたら”どっしん”という感じの鈍い衝撃があった。

地震ならその後の横揺れがあるはずなのに感じられなかったので「何だったんだろう?」気のせいかななんて思っていたら、家のなかから連れが出てきて「自動車を家にぶっつけたのかと思った」といった。

早速家に入ってテレビを入れたらそれから少したってテロップで静岡直下で震度3の地震だったと報じた。

「ああ直下型の地震てこんな感じなのだ。横揺れがなかったのはS波がないのか」と改めて認識させられた。

 

 

 

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2026年5月 7日 (木)

体調不良

朝のうち裏の畠に出て二時間弱草むしりのほか畠を耕してきたが、家に帰ってからなんかおかしい身体のだるさを感じ、もしや熱中症ではないかと思い水分をとって横になった。

午後になって連れが二階から降りてきて目が回って立ち眩みみたいになった。と言ってきた。

気温は26度とそんなには高くなかったが湿気が強かったのか、午後に買い物に行こうと決めていたが体調が芳しくないようなので、行くのをやめて家の中で静かに過ごすことにした。

 

報道によるときょうの株価は3,000円余り急騰して史上最高を更新したそうだ。

なんでもアメリカトランプのイラン情勢発言に好感をした結果だというが、目ぐましく変わる彼の発言を信用しての結果だとすると少し馬鹿げているのではないかという気がする。

汗水たらして稼いだお金でなく、ゲーム感覚でお金を玩具にしていては「いつか罰が当たる」という古い感覚しか持ち合わせない身にとって、過去に何度もあった株価の大暴落を期待しないでもない。

しかし、株価の暴落は産業を衰退させ結局のところ被害のとばっちりを受けるのは底辺の貧乏人だったのがこれまでのパターンである。

 

いずれにせよ、こんなに急速に株価だけが上がるはずがないのだが、、、、、経済も体調不良なのだろうか。

 

 

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2026年5月 6日 (水)

合併

土木業界の雄だった間組と安藤建設が合併していたのを今日初めて知って驚いた。

合併から12年も経っているから合併当時のベテランの数もかなり減っているのだろうが、同業者の合併というのはどの業種においても形態が違うだけに難しいものがある。

いままでにも銀行や商業部門での合併がいくつか行われてきたが、一番最初に聞いたのは日産自動車とプリンス自動車の合併で飲み込まれた企業で働く人の哀歌を聞いてきた。

この二社の合併では会社上層部の勢力争いもあったが従業員の入っていた労働組合が会社に協調的な姿勢を示す同盟系列と対峙する総評系列の違いがあって長い間まじりあえなかった。

自分が働いていた鉱山も昭和40年代に閉山する鉱山が増え、その会社の従業員の一部を系列が違ったが同じ鉱山会社と言うことで再就職するため九州や北海道などから入ってきたが、やはり作業規模や方法が違うのと中年以上の人が多かったことで馴染めず浮いた存在になっていた。

そして、昭和53年に神岡鉱山も合理化で希望退職を募ったところ、退職金の条件ばかりではなかったと思うが大半が退職して去ったと聞いた。

経営者や株主は儲けや企業の安定をもとに簡単に合併を決めるが、そこで働く授業員は泥沼の苦労をする。

 

 

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2026年5月 5日 (火)

子供の日

昨日一昨日と雨は降らなかったものの午後になって激しい突風の吹く日が続いた。

電線がびゅうびゅうと吹きすさび、シクラメンの高い鉢はあちこちと転げまわった。そして今日は久しぶりの温かいというより厚い感じがする一日であった。

朝まだ湿り気のある山道と階段を登り駿河エレガントと言う名の甘夏を15kgほど収穫し、リュックに入れて下ってきたが途中湿った落ち葉に足をとられすってんころり、体重プラスの重みで足の衰えを自覚させられた。

八十代後半の身にとってこれでも世間に誇れる体力なんだろうが、脳みそはそう思っていないようで、、、、、

 

今日は子供の日、自分他の子どものころは道端に子供があふれていたが、1954年からだんだん下がりに子供数が減っていき、昨年生まれた子供の数は70万人とかでベビーブームと言われた1947年ころの200万人余の三分の一ほどになった。

子供出生数は将来の国の成り立ちにかかわってくるだけにこのままでいいのかなと思うのだが、対策は鈍い。

 

 

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