2019年1月18日 (金)

溶けない蝋細工

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花びらが艶々として透き通った感じのする黄色い花。

まるで、蝋細工のよう感じがするところから蝋梅と呼ばれている。

冬 花の少ない時期によい香りを放って咲くところから喜ばれている。

梅とは名前が付いているが、ロウバイ科という種類に分類されていて、花芯が赤いものを蝋梅といい、黄色いものは素心蝋梅と言うそうだ。

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日産のカルロスゴーン氏の長期拘留が他国で注目されているそうだ。

刑法でも日本のやり方は民主国家としては異例だそうで、刑法もガラパゴス化しているのかもしれない。

その方法は江戸時代以前からの自白偏重が脈々と受け継がれてきたものであろうし、テレビを中心としたマスコミの扱いは検察庁が垂れ流した情報を中心にしているため、逮捕された時点で犯人扱いをされてしまう。

これは、重大な犯罪はもとより、ごく些細な犯罪においてもそうであるのは変わらない。

そのことを念頭においてもゴーン氏の守銭奴ぶりは目に余るものがあり、これが、外国人の富裕層の考え方なのかと思い知らされる毎日である。

しかし、これだけのことをされても何にもいえなかった日産の経営陣も歯がゆい、なんだか、安倍一強の政治そのものであろう。

こうなると、おととい書いたハズキルーペもそうなのかもしれないが、自動車の値段って物は、、、、、、、、とおもってしまうのだが。

よく、経費をぎりぎりにまで絞って、一円以下のものまで削れる余裕はないかという話しも嘘っぱちってことになりそうだ。

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2019年1月16日 (水)

梅一輪

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”梅一輪 一輪ほどの あたたかさ”と言う句があったが、今日の気温は15度にもなった。

そうなると正直なもので、春の象徴である梅の花もほころびはじめた。

ぐるりと三方を山に囲まれている上、その奥には南アルプス、や中央、北アルプスによって寒気を防いでくれている地形が、冬を暖かくしてくれている要因である。

よく静岡の人が自虐的に言う言葉の一つに「ぬくといもんで人間もそうなんよ」というのがある。

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広告と言えばその会社およびその会社の商品の宣伝であり、手を変え品を変えて好印象を植えつけようと努力しているもののはずである。

しかし、中にはくどすぎたり、誇大広告に近いものや、ウソっぽいものが見られたりして、逆に印象を悪くしているものがある。

その中のひとつ「ハズキルーペ」のCMが入ると自分はほかにチャンネルを回したり音を消したりしている。

最近は出演料の高そうな芸人を使ってしつっこいほどの放映ぶり、、、同じような商品を出している会社の二~三倍の値段がついている。

高額ギャラの芸人を使わなければもっと安く出来るのではといいたくなってしまう。

そう思っていたら、全国放映のCMで嫌な広告の二番目にハズキルーペがあり、自分ばかりが嫌がっていたのではないことわかった。

その背景にスポンサー、、、多分経営者の意向が強く出すぎているらしい、ことにあるそうだ。

ちなみに、静岡ではパチンコのコンコルドと言うところのCMが同じくらい嫌である。

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2019年1月15日 (火)

当たりに候

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浅間神社の大的式があるというので行ってきた。

出かける前に二十日余ぶりに一時的に小雨が降ってきたうえ、出かける前になっても空模様に自信がもてなかったが、自動車の駐車場がいっぱいだったら困ると重い濡れるを覚悟で自転車で向かった。

着いてみると予定を見間違えたようで、儀式は進んでおり三組中最後の一組しか見ることが出来なかった。

今回は、約十年ぶりになるのだが、天候のせいで人の集まりが悪く、、、、

それでも射手は古式ゆかしく烏帽子直垂の儀式をゆっくりと進め、60mはなれた的を射抜き「当たりに候」と神官に言わせていた。

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以前にも問題になって、日本流では解決済みだった東京オリンピックの招致の際使われたコンサルタント料二億二千万円について、フランスの裁判所が問題にしているそうで、竹田JOC会長が事情を聞かれたそうだ。

そのことに関して、本人から説明があるとのことで30分の予定だったが、一方的に七分半「疑惑はありません」とだけ話して質問を受け付けず退席してしまったと放送されていた。

オリンピックをめぐってはこれまでいろんなことがあったが、招致が決まった際の大騒ぎはなんだったのだろうか。

どんな事情で賄賂とも見られる大金が、シンガポールのブラック何とかと言う会社に払われどんな使い方がしたのか分からないそうだ。

その年このことが問題になったが、民間の話だと言うことで不問になったのだがくすぶってはいた。日本の法律は通っても、世界の法律では、、、、、、、

むかし、日本の常識は世界の非常識なんていわれたことがあるが、そのときの謙虚な姿勢はいまほとんど見られない。

竹田会長自らやったことではないかもしれないが、天皇家の外戚と言うことで、またマスコミが萎縮したとしたらこの非常識は「百年待河清」であろう。

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2019年1月13日 (日)

陽気がよくて大凧舞わず

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空は晴れているのに風はなく、小春日和のような天気は凧揚げには不向きである。

今日は”たこたこあがれIN富士山”の日である。

昨日その話しをしたら「ぜひ行きたい」というので「晴れて天気がよかったら」と言っていた。

朝九時過ぎて外に出てみると西のほうから黒い雲が出ていたので、どうしようかななんて考えていたら、「こちらは曇っていても向こうは分からないよ」というので「一か八かで行ってみるか」と出かけることにした。

富士宮市街地から12~3kmはなれた朝霧高原の一角根原の近くまで山頂部分が見え隠れしていた富士山は会場ではほとんど邪魔にならないくらい横に去って絶好のロケーションが広がっていた。

今日で、この催しを見に来たのは四回目になるが今までで一番過ごしやすい陽気であった。

しかし、主催者はしきりにマイクで「風がなくて、、、」と嘆き節を繰り返す。

子供はいつものように蛸の付いた糸を持って走り回り、恒例のどんどやきと餅を竹の先につけて焼こうとする人はいるが、大凧は舞い上がらず、、、、、痺れを切らして5km先の道の駅まで足を伸ばしたもの、そのまま帰ってきた。

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2019年1月11日 (金)

ふきのとう 初山菜

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今日は鏡開きだと言うので神棚と仏壇に上げておいた鏡餅を下ろし、雑煮にして食べた。

昨年までは餅を搗いたときにまず一部を取り出して作ったのだが、昨年暮れに立ち寄った100円ショップに小さなものが売られていたので、それを買って間に合わせていたのだが、雑煮にして分かったのは粘り気が少なくあまり美味いとはいえないものだった。

どうも、米粉を蒸して造ったのではないかと思っているのだが、やっぱり、100円ショップのものはそれだけしか値打ちがないのかな?、、、、そうだろうな。.

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今日もまた「山の畑に行って来るよ」といったら、「フキノトウが出ていたら少しとってきて」と言うので、枯れ残っている蕗の中心部を手で探ったらいくつか小さなものが出ていた。

直径二~三センチほどの本の小さなものだが、まだ出たばかりでなので指でつまんでもなかなかむしり取れない。

かなり力を入れて指でねじるようにして採ったのだが、帰りに指先を見たら灰汁で黒くなってしまっていた。

しかし、春一番の山菜は天ぷらにすると言うのをやめさせ、味噌和えにしてもらった。

さっそく、酒のつまみにして食べてみたが、ほろ苦い蕗の味が口中に広がる。

また今年も一年生き延びて美味しい味にありつけたことに感謝、、、感謝。

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2019年1月 9日 (水)

亥年に猪退治

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今年の干支は亥であるが、イノシシとの関係はどうなっているのか。

なんでも、江戸時代になってネ ウシ トラ、、、と身近な動物に当てはめることによって憶えさせるため考え付いた便法だった伝え聞いている。

そのことによって亥はイノシシに当てはめられ、今年はイノシシ年となり、年賀状などに面白おかしく使われ挨拶をしている。

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しかし、近年になって各地でイノシシの害が激しくなり、自分たちの集まる山の畑もブルドーザーでかき回したように地面が掘り返されている。

どうも、餌になるミミズを狙ってのことらしいが、費用対効果を考えるとあまり得にならないような気がするのだが、じゃがいもやサツマイモにいたっては人の話をどこかで聞いているかのように、収穫する少し前に徹底的に掘り返して食べてしまうのは不思議である。

Img_0067この荒らしように業を煮やしたすぐそばで耕作している人が、駆除のくくりわなを仕掛けるので注意をしてくれと話しがあった。

亥の年に猪退治とは皮肉なものだが、はたして、何頭のイノシシが荒らしているのか、どれだけ獲れるのか、、、、獲れたらすこし肉を分けてもらえるのか、、、いまから取らぬタヌキならぬイノシシの皮算用をしていう。

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2019年1月 8日 (火)

南部の六地蔵

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Img_0060山梨県の日帰り温泉”南部の湯”に行った帰り道、久しぶりに六地蔵公園に立ち寄ってみた。

この前行ったのはいつだったか覚えがないくらい前であり、当時は富士山を背にして建つ六地蔵ということで、かなり人気のある場所だったが、今では検索しても分からないくらい忘れ去られてしまったようだ。

ここの六地蔵は高さ1mに満たない小さな地蔵で野天に並んで立っているのだが、富士山が背景にならないと様にならない。

そんな失礼な気持ちで眺めていたら、ジョウビタキのメスが来て地蔵様の頭を渡り歩いて遊びかけた。

地獄に落ちた亡者を救い上げてくれるという地蔵様。そんなジョウビタキにも将来救ってくださいと頼むに違いない自分を含めてまったく意に介さないようす、、、、、

思わずここに来る前に三時間ほど過ごした温泉の寝湯で身体の下から吹き上げるバブルに浮揚感を感じて身をゆだね「極楽 極楽」とつぶやいたのは、この地蔵様たちが味わいさせたものだったのだろうか。

わずかばかりのお賽銭を上げて、、、、、下がってきた。

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2019年1月 6日 (日)

ホトケノザ

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Img_0035久しく行っていなかった裏の畑へ行ってみた。

昨年末以来雨も降らない畑は乾燥しきってやしも少々元気をなくしていたが、ホトケノザは勢いを増してかなり背丈を伸ばし、中には花を咲かせているものまであった。

まことに雑草といわれる草はしぶといものである。

春の七草に使う大根を一本抜いたついでに草取りを行なったが、こっちの方は思ったより時間がかかり、なんだかんだで小一時間小さな畠にかがみこんですごした。

あしたは七日正月、七草粥で胃腸をいたわる日だというが、七日間で餅を六個食べたきり、何とか今年も喉に詰まらせることなく無事に過ごしたつもり、、、、

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.七草粥の材料のひとつにホトケノザががあるが、畠で抜いたホトケノザは同じ名前ながら、別の草である。

食べられないことは無いと思うが抜きながら感じたのはちょっと臭いのかもしれない、、、、、、と

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2019年1月 5日 (土)

青木の実 鮮やかに

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ゴルフ青木功さんは英語圏の試合に出るとエオキと呼ばれるそうだ。

ほんの少しの違いだが印象はずいぶんと違う。

写真の真っ赤な木の実は、漢字で書くとおんなじ青木である。

冬になると真っ赤に熟して太陽の光を跳ね返して光り輝いてみえる。

寒い湿った日陰の土地という悪環境を好むのは、ほかの植物があまり繁殖しないと言うことにも寄るのかもしれない。

子供のころ火傷に効き、腹痛にも効くと効いていたが、青い常緑の枝を折ると少々臭い匂いがしてあまり好きな木ではなかった。

ただ、雪をかぶった下からのぞくその赤さには綺麗の一言、、、、

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いま韓国と日本の中は最悪に近い状態である。慰安婦、徴用工、そして、レーダー照射とかさなってくると、ネトウヨばかりでなくマスコミまでもが政府の見方を支持して反韓感情を焚き上げている。

どこでも、隣の国同士は仲が悪い。

これは、国に限らず市町村でも、そして、隣近所でもそうなのは利害関係が相反しているからであろう。

ただ、韓国とのあいだでは我々の知らぬところで起きていることであり、直接現場を見たわけでないから、たがいの政府発表だけを鵜呑みにした見方しかできない。

このことで恐いのは、先の大戦の折もそうであるが政府とマスコミが歩調をそろえるとそれに輪かけて燃え上がる人がいて、最後には政府も引っ込みが付かなくなって戦争に発展していくのは歴史が証明している。

日本や韓国や中国もそうであるがことさらに面子を重んじる風潮は儒教的思想が根底にあって一回言い出したら間違ってもそれを頑固に貫く、、、、、

政府発表だけを妄信するな。

今年も世界が平和でありますようにと祈っているだけでは危険は避けられないのだが、なにをする術も持たないのが残念である。

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2019年1月 3日 (木)

十年ぶりの白糸の滝

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「巷で評判の箱根駅伝も見たくないし、食っちゃ寝 食っちゃ寝 では牛になっちゃうよ」とさすがに心配になってきた。

そして、あまりの天気のよさもあって「何処行こう どこ行こう」と考え付かないまま家を出たが、久しぶりの”白糸の滝”というキーワードをおもいつき目標が設定できた。

家から新東名に乗り清水インターで下りたのは、すでにあちこちで渋滞が起き始めている様子があり、一区間で二度も徐行運転になったため、、、

清水インターから芝川に出て白糸の滝まで40分ほど到着。

考えてみたらここに来たのは、およそ十年ぶりくらいになるようだ。

その間、崩落事故があったりして駐車場や滝周辺が整備されたとのことだったが、音止めの滝を見下ろす手すり付近が危険なようでロープが張ってあるほか、みやげ物店はその大半が以前どうりであり、冬枯れの木越しの景色は以前と違わなかった。

川まで下りて、正面から見る滝は太陽光線の加減もあって平坦な画面みたいになってしまっていたが、滝の水しぶきで虹がきれいに出来ていた。

帰りはミルクランドまで行ったものの、それから上には食事どころがないため、芝川べり店まで下ってきた。

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