2018年5月21日 (月)

小満

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田んぼに写った富士山をかき消そうと

今日は小満。

”万物盈満すれば草木枝葉茂なり”と難しい説明があったが簡単に言えば春になって草木も勢いを増してきたと言うことか、、、、もうひとつの説明には小麦が穂をつけて順調に育っているのを見てちょっとホッとしたという意味だと言う説もあった。

それでは、大満というのはあるのだろうか。何時のころだろうか。

富士宮の狩宿あたりの田んぼはすでに田植えの終わったところとまだ代掻きをしているところがあり、田んぼの区画でパッチ模様のような状態を呈している。

田植えは年々速くなっている傾向があるが自分の周りの麻機田んぼではまだ見かけることがない。

しかし、田植えが高冷地から次第に降りてくるのは夏が短いためのようで、まだ冷たい水を温めるのに苦労しているようだ。

今日も今日とて、暇人は日曜を避けて出かけてみた、そして、車で通りすがりに代掻きをしている人を見かけたので、断って畦道を通らせてもらった。

カメラを向けているとはじめは意識しているようだったが、そのうち気にしなくなったので何枚か写させてもらい、少し話しをして車に戻った。

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イギリスの皇室で王子の結婚式があり、従来のものと様式がずいぶんと違った格好で行なわれたとのことであった。

それは、妃になる人が黒人系のアメリカ人であることにも夜と思われるが、同じキリスト教でもイギリス国教会という独自の宗派を持つ国だが、アメリカの司祭が出てきたり、黒人系の歌い手がゴスペルを歌い、もっとも驚いたのはパーティーに招かれた200人ほどの人の中に王室関係者や各国の首脳がいなかった、ということだ。

イギリス王室は、先日も出産した妃を王子が出迎えに自動車で行き、生まれた子供ともども自宅まで運転して帰ったというニュースを見た。

その国それぞれの事情があるのだろうが、ヨーロッパの王室は国民と大差の無い生活を心がけているようだ。

それにたいして、日本の皇室で自動車を運転できる人がどれほどいるのだろうか。

ヨーロッパ皇室の映像を見て「うらやましい」とは思わないだろうか。

生まれてからずっとそんな環境で育った人はそれが当たり前と思っているかもしれないが、他所から入ってきた人は四六時中周りから見られていて気の休まることが無いのではないだろうか。

「楽は下にあり」と言う言葉をむかし聞いたことがあったが、、よかった よかった

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2018年5月20日 (日)

蚊には効果なし

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ドラキュラのモデルになった城

Img_0019朝テレビを見ていたらルーマニアを歩く番組をやっていた。

その中に吸血鬼ドラキュラ伯爵のモデルになった城と肖像画が出てきた。

吸血鬼と言えば、西洋ではにんにくと十字架が嫌いで、にんにくの首飾りと十字架をかざして悪魔祓いをするシーンを何度か映画などで見て来た。

悪魔祓いに十字架は判るが、にんにくはどうしてなのかと疑問を持っていたが、にんにくの殺菌作用とともに臭いを嫌うと言う意味もあったのかもしれないそうだ。

西洋に限らず日本でもやっとこの間まで、にんにくの臭いは一般家庭では嫌われてきた。

ただ、肉料理には不可欠なもので、肉を良く食べるようになってきてからずいぶんとにんにくの地位もあがり、すこしくらいの残り香は苦にされないようになってきた。

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いま、わが家はドラキュラから完全に守られている。
いわゆる、ドラキュラバスターってとこなんだろうな。

畑に植えていたにんにくの葉っぱが枯れて、採り入れ時になってきたため掘り起こして、軒下に吊るしているからである。

その数、六十個あまり、これだけあれば十字架は無いが、ちとやそっとのことで吸血鬼もばい菌も入ってこれまいといった感じである。

しかし、それだけ対策しているのに同じ吸血鬼である蚊には効果が無いようでにんにく干し中に今年初めてさされてしまった。

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さて、これだけの量が乾くとどう始末するかだが、さしづめしょうゆ漬け、焼きにんにくと、、、、、、、、それから、どうしよう。、

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2018年5月19日 (土)

柳に燕は

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早くも夏を思わせる蒸し暑い一日になってしまった。

池のほとりに立つ柳の木の下で涼もうかと近寄って行く道すがら不意に”胸の振り子”という大昔の歌がよぎってきた。

霧島昇のなんとも甘い歌声は子供のころ聞いたものだったが、いま思い出してもあのころの歌手の歌声は格調の高さを偲ばせてくれる。

”柳に燕は あなたと私 胸の振り子が鳴る鳴る 朝から今日も、、、”って、いま考えても自分の親父世代の人たちが書いた歌とは思えないほどロマンチックである。

そんな世代が、どうしてあんな馬鹿げた戦争に国民を導いていったのか、なんだか明治から大正の時代に生まれた人たちのなかに、馬車馬のように目隠しをされて周りを見る余裕の無い硬派の人と、軟派な人の両極端な考えを持つ人たちがいて、硬派勇ましい風潮に世間一般が引きづられていたのではないだろうか。

ともあれ、土用の丑にはまだ間があったのだが、娘から電話があって「あなごや本店」に席を予約したからうなぎをご馳走するよって、、、、、、

暑さを予感して茹だっていたじいじは、否応も無く恵比須顔の二つ返事で出かけることにした。

静岡の名だたるうなぎ店の老舗で、坂東太郎と名付けたうなぎをいただく、やわかくて、たれも薄味でうなぎそのものを引き立てたうな重、 久しぶりの美味であり、いくつまで生きるのかわからないが、寿命が三年延びた思いである。

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2018年5月18日 (金)

竹笋生(竹の子生ず)

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a写真は真竹、早いものは五メートル以上に成長

暦の上では今の時期を”竹笋生”とあり、竹の子が生えてくるという時期になるそうだ。

最近では孟宗竹の竹の子が四月の終わりころ生えてくるので、季節が違うようだが、中国伝来の孟宗竹で無しに、日本古来の真竹やそれに続く葉竹(静岡ではハチコーと言う)の竹の子が生えだすのがいまである。

今日も今日とて暇人仲間が集まって「竹の子掘りにいかざあ~」ってんで、谷ひとつ隔てた山に向かった。

一週間ほど前に下見に行ったときには、まだ地表に顔を出したばかりのものをすこし掘っただけだったが、今日は違う。

竹やぶのあちこちに30センチ程度伸びた竹の子がずんずんと出ていた。

孟宗竹は地面から出るかどうかの時期が美味しいが、ハチコーは一㍍くらいに伸びていても、中身の先端がある部分だけを切り取っても美味しい。

アクが少なく、柔らかいのが取りえの竹の子は、手当たり次第鎌で上下を切り取って袋につめる。

持参した土嚢袋に薪ざっぽうのように詰め込んで帰れば、「こんなにいっぱい採ってきてどうすんの?」って叱られる。

「そうだよな」って言ったものの、採るときはそんなこと考えもしなかった。

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2018年5月17日 (木)

春の匂い

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ここ二~三日とても暑く感じられる日が続いている。

風薫る五月もそろそろ終わりになるのであろうか、吹き込む風に春の匂いを感じたことのある人はどのくらいいるだろうか。

自分が若いころ勤めた鉱山には1,200余mの山頂から、一番下の坑道まで約800mほどの高低差があり、その間いくつもの坑口があった。

そして、これだけ高低差があると気温の差のため夏は下の暖かい空気が上部の坑口に向けて吹き上がり、冬は冷たい上部の空気が下のほうに吹き降ろした。

春になって急に地表の空気が暖かくなると若葉の匂いを載せて吹き込んでくる空気を腹いっぱい吸い込むながら坑内から出てくるときの気分と言ったら、それこそ極楽気分になってしまうものである。

たぶん、今日みたいな日の午後三時仕事を終えて0m通洞坑口を歩いて出るときにこのかぐわしい風を感じているだろう。

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2018年5月16日 (水)

無駄?な花

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遠目には木の先端をうす紫に染めるほど密集して花を咲かせているセンダンの木。

花びらは十字の四弁花で中央が飛びだしている。

秋遅くまで白い実をつけているが、種が大きくて実が少ないのか、食べる鳥もいないようで、冬になると地面に落ちている。

そして、その実を食べる動物もまたいないようでいつまでもいつまでも転がったままである。

その実の発芽は稀なようで、センダンの木が何本も立ち並んでいる見たことが無い。

なんとも無駄な花なのであろうか。

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今アメフトのラフプレイというか、傷害事件といってもいいほどの後ろから関係の無い選手に後ろからタックルをして怪我をさせている画像が繰り返し流されている

「我々選手一同はスポーツマンシップに乗っ取り、正々堂々と戦います」というのは高校野球ばかりでなく選手宣誓にのときか有らずといっていいほど使われる言葉である。

スポーツというものは、、、って改めて言うほどのものではないが、ルールを決めそのルールに従って競技をしないと大怪我の元になる。

しかし、勝ちにこだわるあまりそのルールを自分の都合で逸脱したり、筋肉増強剤を使用したりしては元も子もない。

この騒動で、日大の監督は「自分に責任がある」と言ったとか言わなかったとか、、、とにかく、雲隠れして姿を見せないそうだ。

選手層の厚いチームに有っては監督のご意向は絶大なものがあり、その意向次第では選手として出場できるかできないかとなると、言うことを聞かざるを得ない。

これは、日大ばかりでなく先のレスリングで伊調選手がこうむったパワハラやその前に起きた柔道界の出来事に通用するものがある。

まるで、政府の不祥事の際、「任命責任は自分にある」と言いながら、その責任を取ろうともしないのを見習っているようだ。

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2018年5月14日 (月)

一瞬の輝き

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Img_0020夕方から振り出していた雨も日の出前には上がり、すっきりとした青空をのぞかせていた。

そして、朝日は庭の山茶花の水滴に当たりまぶしい第二の太陽を作り出している

この水滴も日が当たりだしてすぐに蒸発して消えていくため、二分とは持たない短い寿命である。

刹那的なるが故の美しさか、、、、

古への英雄、豊臣秀吉も「露と落ち 露と消えにし わが命 難波のことも夢のまた夢”と辞世の句に歌ったそうだが、儚い露を人生にたとえた歌はほかにもある。

しかし、一瞬でもいいから輝きたいと願うのも人間であり、ほかの生物はそんなことを考える余裕も無しに消えていくのが常である。

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2018年5月13日 (日)

水玉を膨らまかせて

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天気予報よりも早く雨雲が近づいてきたようで、十時過ぎから雨模様となり、いつもの暇人集会を解散して家に向かった。

庭先の南天はまだ蕾のままだが、粉糠雨を受けて水玉をあちこちに膨らませていた。

水玉はその向こうの景色をさかさまに映し出しているが、なんだかうつつの世界のような雰囲気を醸しだしていた。

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テレビによると、トランプ大統領は北朝鮮との首脳会議を前にして舞い上がってしまっているようだ。

たぶん、今までの歴代大統領がなしえなかったことが出来そうだということのみにであろう。

しかし、今まで何度も騙され続けられてきたかの国に、再び騙されるとは感じていないのだろうか。

かの国だって、自分の都合だけで長年にわたって築き上げてきた世界基準や同盟国との交渉を反古にしてしまう大統領との交渉に全幅の信頼を寄せているとは思えないからである。

そこには、従来の外交で培われた”狐と狸の化かしあい”などという高等な戦略でなくその場その場の思いつきや、一部支持者受けをする成果を誇示するための外交でしかない、と見ているのだが、、、、、、。

いずれにしろ、シンガポールでの会談はその後の世界情勢を変えるとは思えない。

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2018年5月12日 (土)

老人閑居して

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セッコクの花が朝の光を通して清らかに咲いている。

別名を長生蘭という東洋ランの仲間でこの花の愛らしさから古くからめでられていたようだ。

しかし、かっては何処にでもある平凡な花だと思っていたのだが、何時のころからか目につかなくなってしまっていた。

藁屋根などがなくなったせいか、野草を採取して商売にする人が増えたためかと思っていた。

この花は長野の義妹の家にあったのを持ってきて、増やしたものだが、むかし萱の屋根や木の幹にくっついて咲いているのを見ていたので根の部分を棕櫚の皮で包んで籠に入れておくという簡単な仕掛けで育ててみた。

すると肥料もやらないうえときどき水をかけるだけ成長し、今では五つに株分けするなど増え続けている。

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a今日も今日とて、われらが年寄りグループは真竹の竹の子採りに山に入った。

例年なら直径5~10センチほど高さ2~30センチのものがにょきにょきと出ているのだが、今年は芽を出したばかりのもの僅かしか見当たらない。

一昨日偵察に来たときもこんな具合だったので、、、と、仲間が言う。

「今年はやっぱしなんか変、、、」「変なのは竹の子ばっかでない、、頭もだよ」

そんなことを言いながらも”老人 閑居して山遊びをす”

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2018年5月11日 (金)

薔薇よりも

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Img_0020_2富士市広見公園に行ってきた。

新聞によると薔薇の花が今盛んとのことだったので、、、、、

行って見ると駐車場が一台分を残して満杯状態、「わしらみたいなものがいっぱいいるんだなあ、、、」なんて感心しながら。

階段を登り、薔薇の花が続く丘の上につくと正面に富士山がすこし霞みながら屹立していた。

今まで何回も来ているのだが、薔薇の花咲くときに富士山が見えたのははじめてである。

”君は薔薇より美しい、、、なんて歌がすっと浮かんだ。静岡市内にはこれだけの薔薇を管理する余裕は、、、場所は、、、ないようだがうらやましかった。

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多分市内の小学生だと思うが100人以上子供がはしゃぎ、、、走り回るが苦にならない。

そのうち、それぞれが茣蓙を敷いて木陰で弁当を食べるのを見ていると「おれもこんなときが有ったのだが、、、」と霞のかなたになったころを思い出そうとしたが何も思い浮かばないのは食べるものの無い時期だったせいかも、、、なんてこじつけている。

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広見公園でお昼まで過ごした後、折角ここまで来たのならと、市内の中央公園の薔薇も見ていかないと片手落ちになると寄ってみたが、ここは広見公園に比べるとそよ風も無く、薔薇の香りとともに場所によっては公園片隅のトイレの臭いが感じられて、、、、、、、ちょっと残念だった。

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