2020年9月28日 (月)

朝顔に

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朝顔に 釣る瓶とられて もらい水  千代女

 

そのむかし、上水道がまだなかったころの詩で、いまの人には理解しにくい歌であろう。

朝顔は万葉集や源氏物語などに載っているほどの花なので、大昔から人に愛されてきたようだ。

いまでも、七月半ばには大輪で寸詰まりの花を集めた朝顔市があちこちで開かれているが、自分は手入れもされず種を蒔いた後ほったらかしにされ、伸び放題に伸びている花が好きである。

花言葉は、薔薇同様色によって違うそうだが、共通しているのは”絡みつく”だといわれるとさもあらんであり、この鉢をプレゼントされたら  要警戒と心得よ。

 

 

今朝がた急にに寒く感じたので足元に蹴飛ばしたままになっていたタオルケットを引っ張り上げてくるまった。

今年の気候はメリハリがあるといえば聞こえがよいが、七月いっぱい雨降りが続き、八月は一転雨降らずの猛暑が続いて夏バテを起こさせ高と思ったら、九月下旬になって急に涼しくなった秋風がふく。

季節の変化が緩く動き、気が付いたら秋だったというのがこれまでの常識だったが、外国並みに雨季と乾季しかないような激しい気候変動になるのではなかろうかと気にかかる。

そして、今朝がたの寒さは富士山の初冠雪という報道がなされた。

その報道を見て、外に出かけた折富士山方向を眺めてはみたが、こちら側からは暑い雲が遮って、寸毫も見ることが出来なかった。

富士山の初冠雪。実は急に秋の気配が漂った23日には御殿場から富士山の頂上が白く見え、その時が初冠雪だったそうだが、気象庁が決めているのは甲府の気象台からの観測ということなので認められていない。

この話を聞くと、お役所とは面倒くさいものだとつくづく思ってしまう。

天気予報も、気象庁の発表範囲内でなければ、気象予報士は話してはいけないそうだし、官庁が偉いというのは、、、、、、ねぇ~

 

 

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2020年9月27日 (日)

ゆらゆ~らと

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ツリフネソウの赤い花が風に吹かれてゆらゆらと

名前の由来は花のかたちを釣り船に見立てて名づけらたとのことだが、どうやらこの写真からは釣り竿に持ち上げられた魚と言ってよいのではなかろうか。

となると、ツリフネソウではなく釣られた鯛、略して”ツラレタイ”とでもいうことにしよう。

「わたしゃ あんたに釣られたい」なんだか都都逸の文句に出てきそう。

 

午後一時半、スーパーのお供で出かけた帰りにラーメン屋により、帰ってきた後満腹感でうとうととしていたら、ゆっくりと揺れた後それより激しい揺れが床から伝わってきた。

テレビによると、静岡と愛知県の境で起きた地震のせいで自分がいる静岡市内は震度3だという。以前にはもっと強い自信もあったが、震度3は久しぶりの大揺れであった。

最近は、蛍光灯からLED照明に代わり切り替えスイッチが紐からリモコンにかわったためスイッチ紐でその揺れを確認できなくなったが、神棚のしめ縄に差し込んでいた紙垂が代わってひらひ~らとそよいでいた。

 

 

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2020年9月25日 (金)

長いわらじ

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立科町の古刹 津金寺の山門に長いわらじが何本(足)もぶらさがっている。

この時代わらじを編める人が少ないのか、そういう決まりなのかはわからないが、新しそうなものが左右の仁王像の前に一足づつしかない。

山門の前にわらじを吊り下げるのはどういう意味か知らないが、一節としてこんな長いわらじを履くものがこの寺にいるぞという意味もあるやに聞いている。

わらじを下げるのは宗派には関係ないようだが、どこの寺にもあるというものではないと思うが、このわらじを履く足はよほど変な足であろう。

むかし、”長いわらじを履く”というのはやくざ映画で不始末をしでかしてその場所におられなくなったものが追及のほとぼりが冷めるまで他所に逃げていくとき使った言葉だった。

その伝で行くと、当寺には長いわらじを履くものが逗留しているという風に見られかねないような気がするのだが、、、、はて???

 

元法務大臣だった河合弘之氏の裁判で弁護人をすべて解任したため裁判が一時中断しているという。

選挙違反事件は百日裁判とかで早期に結審し、判決を確定させるということになっているそうだが、さすが、元法務大臣その辺のことをわきまえたうえで、少しでも長く歳費を受け取ろうとしているのが目に見えてわかる。

今の時代、長いわらじを履いてもほとぼりが冷めることが無いと思うが、、、、、熱しやすく冷めやすい日本人のこと、裁判が終わるころには「はて? あれはなんだんだろう」なんて言いかねないよな。

 

 

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2020年9月24日 (木)

米考

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「ここ二三日でめっきり田んぼが黄色くなってきたな」というのが義弟の感想だった。

事務所の窓から見える田んぼは写真よりもっと黄色味を帯び黄金色に輝き、何枚かの田んぼでは稲刈りを終え、稲架にかけていた。

子の稲架掛けを見ていると、長野のこの地方では二段重ねにして乾燥させるようで、静岡の一段干しや飛騨のように何段も高く壁のように股木にかけていくなど土地のよってちがう。

それぞれ理由があってのことと思うが、その理由はわからない。

しかし、その稲架掛けは最近では少なくなったという、義妹に家ではこの連休中に子ども夫婦6人に孫まで入れて10数人でにぎやかに済ませたそうだがこんなのは珍しく、最近では半数以上がコンバインで刈り取り脱穀まで一反歩30分とはかからずに刈り取ってしまい一日のうちにあちこちの田んぼへと移動し作業する。

おかげで、各地の米が混ざり合う結果自分ちの米が戻ってくることが稀になってしまうそうだ。

むかしは一家総出で田んぼに入って作業し、このあたりの学校では農繁期には学校が休みになったそうだが、三ちゃん農業と言われた昭和30年代から後の農業も姿を消し、日曜農業、委託農業と田んぼから人の姿が消えていく時代になった。

「米という字は八十八と分解できるように、人の手が八十八回加わってできるものだから粗末にしては罰が当たる」とよく言われたが、戦後の食糧難を過ごしてきた自分たちにはそんなこと言われなくても、米一粒も残さないで食べるのが常識だった。

その当時は、コメ余りに時代が来るなんて思いもしなかったが、先日の新聞では未曽有の米余りで倉庫が大変などと書いてあった。

時代は変わった。常識なんてものは捨てて、、、というが、アナログ人間にはどうにもついてい行けない時代にどう対処しようかと、、、、

 

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2020年9月23日 (水)

はじける

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21日長野へ向けて自動車を走らせたが、まるで世間がはじけたかと思える光景が次々とつづく。

普段混み合うことのない中部縦貫道が富沢インターの手前からノロノロ運転になった、このインターで降りればよかったのだが、その先が空いているように見えたので南部インターまでの無料区間を選んだのが間違い、、、、インター手前の5km区間が完全な渋滞になり断続的にのろのろと動く状態にまでなり、結局この5kmを40分かけて通過する仕儀となった。

そのさき、どこかで休憩したいとおもったが、コンビニ駐車場、食堂の駐車場などいずれも満杯状態で駐車待ちの車が路上にまでつながっている。

静岡から山梨~野辺山~佐久へといつものコースを走ったわけだが、地元以外に前後を他県ナンバーに囲まれて走る。

ほかの車はどのコースをたどって自分の前後にいるか知らないが、渋滞や満杯の駐車場をみると、十日後~二週間後の状況が目に浮かぶような気がする。

最近では三ヵ所ほどで休憩を入れながら4時間弱で到着する道を、ノンストップで4時間半かけての運転になりかなり疲れはててしまい到着後しばらく横になって過ごした。

例年の東京が、ゴールデンウイークや盆休みではじけると全国的に交通渋滞を引き起こすのが改めて証明されて様な気がした。

佐久市へ入ってからの浅間山はいつになく噴煙の量が多いように見えたが、だれも話題にしなかったが、なんだかこの山もはじけるのではないかなんて思ったのは自分だけのようだ。

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2020年9月20日 (日)

彼岸の入り

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暑さ寒さも彼岸までとはよう言ううたもので、今日は一挙に寒さが押し掛けてきたような感じがする一日だった。

しかし、寒暖計は28度もあり決して涼しいと感じさせる気温ではないが、それだけ暑さになれてしまっていたということになる。

山の畑の周辺では、名前に沿うようにばかりに彼岸花が咲いており、アゲハ蝶もこの花に訪れていた。

 

昨日から東京もコロナ制限を外されたとかで交通機関が混雑を始めたそうだ。

自分もそれに誘われたわけではないが、長野へ行かなければならない用事が出来、人込みに紛れて目立たないように向かうことにした。

昨日から体温を測り、体に異常がないか確認しているが、、、、、、、

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2020年9月18日 (金)

真白き富士

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富士山の上にかかる巨大な笠雲。

その下の富士山は真っ白な雲に覆われて、まるで今の季節の富士山とは思えない格好をしている。

家の北側にある畑へ向かう途中、この景色を見つけ家に帰りなおしてカメラを取ってきた。

その間5分とはかからなかったが、富士山を覆ていた雲は少し乱れて、地肌の黒い部分が垣間見えてきたが笠雲はそのまま残っていた。

富士山に笠雲、富士山に吹き上げた湿った空気が作り出し、雨の前兆だというが、午後8時過ぎになって雨が降り出した。

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2020年9月17日 (木)

夕焼雲に誘われて

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空が一面赤くなったようで、家の中までセピア色の光が差し込んできた。

思わずカメラをもって外に飛び出すとはや低い雲は濃い灰色に変わり始めた。

”夕焼雲”という歌は自分にだぶらせてよく歌った、”夕焼雲に誘われて 別れの橋を越えてきた、、、

同級会でも仲の良かった奴もこの歌を得意にした。

そして、この歌を先取りされると、そばに行ってマイクを取り上げ後半を我が物にした。

#、、、、帰れない 帰りたいけど 帰れない 夕焼雲のその下で 一人の酒にしのぶ町。

昨年、秋遅くそいつが亡くなったと連絡があった。

もうこの歌を取り合うことのない寂しさが、、、、あの世で会ったらまた、、、

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2020年9月16日 (水)

はたして?

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家の北側にある麻機沼の一角、昨年までは散歩などで行きかう人によりこのあたり一帯は草丈の短い木陰道であった。

しかるに、ここしばらくはコロナ自粛のためか、市役所で草刈りを入れなかったせいか50センチ以上に伸びた叢には入る気もしないほど荒れ果ててしまった。

 

今日安倍内閣が総辞職し、菅内閣の発足となった。

普段なら、首班選挙の後マスコミは「今 誰それさんが呼び込まれました」などと大騒ぎをする夕べなのだが、今回は異例というべきなのだが首班選挙の前に各大臣が決まっているという変な組閣である。

顔触れは、マスコミでいちいち論評しているが、菅首相が組閣前に行っていたのとは少々違う感じがし、後ろで誰かが操っているとしか思えない人事である。

”船頭多くして船山を登る”ということわざがあるが、足元が盤石でない人が頂点に立つと、早々にぐらつきかねないのであるが、、、、、

   はたして????       お手並み拝見と言ったところか。

 

 

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2020年9月15日 (火)

第三波

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月下美人の大輪の花が今日も十輪ほど咲いた。

表は赤い色の鞘に包まれているが、開ききった花は純白の花びらで淡い芳香とともにいかにも清楚な美人と言った雰囲気も醸し出している。

今年は、コロナ流でいうと第三波と言ったところか。

というのは、大体開花する日が一日であるときと三日ほどに分けて咲くときとあるためなのだが、まだまだ気温も高いので今年中にはもう一回咲くと期待しているのだが、、、、、

 

今日は、むかし風に言うと「老人の日」である。

人間いくつになっても年寄りだの老人だというのは世間が言うからで、自分自身では歳をとったことを認めたくないものである。

だから、面と向かって老人の日、というのは少々えげつない言葉だとおもっている、そして、それを察したのか1,966年になって「敬老の日」に改めたが、心のこもっていない敬老という言葉にも面白くないものがあった。

その証拠に、2,003年には決まった日でなく九月の第三月曜に変更してしまったことからもわかる。

つまり老人を思うのでなく三連休でどこかへ遊びに行きたいだけである。

今朝のニュースでは100歳以上の年寄りがついに8万人を超えたと報じていた。

その数の増え方は尋常でなくついに人生100年という時代が幕開いたと言っていいだろう。その内訳で驚いたのは、男性の数が一割しかいないということだった。

これは何を意味するのか、動物学的に女性の方が長生きする機構になっているのか、男性の方が体に頓着なく不健康な生活をしたからなのか、、、、、

 

ともあれ、昨日町内会からお祝いだと言って甘い菓子を持ってきた。

辛党で皮肉屋の自分はありがたくいただいたものの、「こんなに甘いものを沢山、早く糖尿になれってことか?」と疑念を持ってしまった。

男の平均寿命を前にして、もっと耳従うことにしようよ。しかし、

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