2024年4月21日 (日)

けつをわる

若いころ会社で「けつをわる」という言葉をよく聞いたような気がする、仕事を途中で放っぽりだしたり、会社をふいっと飛び出して逃げるようにやめたりした場合に使われた。

鉱山で働く人は全国から高給を目当てに集まってくるようで、自分がいた当時奈良県出身だけがいないと事業所の新聞に載っていたことある。それくらい網羅して集まるため各地の方言が入り乱れていて「けつをわる」という言葉もどこかの方言かと思っていたら、どうっもそうではないらしいとのこと、、、、

「けつをわる」のけつは当然尻のことと思っていたが、中には”欠”であるというのもあったが、自分は聞いた当時から”尻”としか考えられなかった。

「尻を割る」と言うことはその当時辛抱が足りなく自分勝手なことといわれ、尻を割るのは恥ずかしい事であり孫をはじめ後輩などには、「どんな仕事でも三日、三月、三年辛抱すれば仕事に面白みが出てくる」と口癖のようにして言った。

 

しかし、一番下の孫が就職した昨年には「嫌になったらいつでも辞めてこい、まだ若いからやりなおしがきく」と今までと真逆なことを言ってしまった。

時代は変わった前からも「成田離婚」などと言って新婚旅行から帰って来た途端離婚するケースなども報告されていたが、昨日のテレビで入社した次の日に会社を辞める人がかなりいて、それを会社に伝える業者さえあるとか、、、、、

人手不足もあって、再就職の道がかなりあるところからできることであるからであろう。

自分の場合、親や兄弟の面倒を見なければならないという義務感が先に立って、定年まではこの会社で頑張ろうとよそ見する考えは毛頭もなかった。

しかし不思議なもので、その会社が希望退職を募った際には真っ先かけて退職し、その後二つの会社をへて独立したのは、、、、、、

 

 

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2024年4月20日 (土)

若葉

”あら尊うと 青葉若葉に ひのひかり”

”目に青葉 山ほととぎす 初がつお”

 

どっちがいいのかなあ~なんて考えながら山の畑の階段を昇って行く、前は一気に350段ほどの階段とその先の急坂を踏破できたのだが一昨年あたりから途中で息継ぎの休憩が必要になった。

山の上には甘夏が実っているので、あした長野から連れの妹夫婦に付随して子供たちや友達が貸し切りバスで静岡にやってくるというので甘夏とお茶の用意をするつもりで準備に入った。

山道はいま若葉が柔らかい匂いをさせているはずなのだが鼻が慣れて感じない。

むかし、鉱山の通洞近くに出てくると若葉の匂いをと共に柔らかい風が吹き込んでくるを至福という感じで肺の奥一杯に吸い込んだものだったが、、、、

 

そういえば、むかし「若葉」というたばこがあったが(いまでもあるのかな?)こちらは煙をもうもうとたてて食堂が霞んでいたが、今では夢のような情景であり、名前とはかなりかけ離れていたもんだ。

 

 

 

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2024年4月18日 (木)

溶け込む

朝から晴れていたが富士山はもとより日本平をはじめすぐ近くの山までが靄の中に溶け込んでしまった。

かなり激しい黄砂が舞い散っている様子だったが裏の畠にササゲや野菜などポットに植えて置いた苗の移植に行ってきた。

 

今朝のテレビで面白いと言っては失礼なニュースが流されていた。

滋賀県のスーパーで74歳の女性が稲荷ずしを二個万引きしたとして逮捕され三日間拘留されたが誤認逮捕と言うことで警察が誤ったそうだ。

女性は終始盗んだのではない知人からもらったものだと言っていたそうだが拘留は解かれなかった。

そもそも店のレジと商品から万引きされたという記録がなかったうえ、女性がいう知人との映像があったのに、、、、、

多分身なりや話しに仕方から万引きと決めつけていたに違いないのだろうが三日間もかかっていたうえ稲荷ずし二個で逮捕というのは行き過ぎていやしないだろうか。

何百万もごまかして無罪という議員もいる中で、、、、

さらにこれは本当に面白いと思ったのは、稲荷ずし二個問題の次のニュースが岡山県で68歳の万引きG面が洗剤を万引きした。と放送されたとのことであり、このGメンはほかにも余罪があるとのことだった。

こうなるとGメンにGメンをつけなければ今日の空模様のように霞の中に溶け込んでしまうのではないだろうか。

 

 

 

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2024年4月17日 (水)

ジャガイモ植え

何とか日暮れ前に帰って来た。きのう朝早く長野に向けて出発しジャガイモの種を植えてきたのである。

耕運機で土を柔らかくして溝を掘り肥料を撒いての作業は、一昨年まで弟夫婦を交えてやってきたのだが、昨年はコロナの影響もあってやめるまで十数年春の恒例行事だったが、春の交通事故もあって昨年で打ち止めにしようと思っていた。

しかし、一年休んでジャガイモは買い食いをしてみると、そのまずさから今年”再開?”してみることにした結果である。

しかし、体力の低下をこれほど思い知らされたのも今回の仕事ぶりでわかった。とにかく疲れた。

午後に入って早々に植え付けをやめたのは、足腰に痛みがはいり気力が失せたせいである。

屋度に入って一番にしたことは温泉ではなく、横になってひと眠りであった。

今日も疲れから早々に寝ることにした、。

 

 

 

 

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2024年4月14日 (日)

やらせ

毎週日曜日の人気番組に「ポツンと一軒家」というのがある。最初は面白くて連れとよく見えいたが少し前からマンネリ化というかなんだかやらせ番組を見ているようで興味がなくなった。

やらせというのは、毎回地元の人に聞かないと場所が分からないというがカーナビや道路地図などで全部がぜっぶ聞かなくても行けるはず、、、そして、行けばどこの家も協力的に対応してくれること、当たり前のことなのに毎回「え~っ」と驚くことなど、、、、、があざとく見えてしまう。

そのほかに家の中を洗いざらい見せているがプライバシーという面や住んでいる家族状況など、、、、

 

また、故郷に帰った折り先祖の地にも来るようだったが事前に取材があって、、、、、、

とにかく、ブラタモリなどもそうだったがやらせに見えて仕様がなかった。

テレビも自動車もそうだが一つはやれば各社同じもようなものを出してくることに、知恵の浅さを感じてしまうこの頃である。

 

 

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2024年4月12日 (金)

ご祝儀 不祝儀

1kg 111万1111円 今年のお茶の初セリが行われつけられた値段である。

大間のマグロが築地で付けられた値段が238kg 1億1424円。

いずれもご祝儀相場と言うことで破格の値段がつけられるが、経済的にはどんな意味を持つのだろうか。

最近ではご祝儀がめっきり減った代わりに不祝儀がどんどんと増えてきている。最後まで生き残った者は元が取れないなんて、、、、もっとも貰ってもどうしようもないのだが、、、、、

ご祝儀 不祝儀は日本独特のものだろうか、外国の結婚式や葬式にお金を渡す風習はテレビなどで見る限りではぜんぜんないようだが、、、、、、、、

 

 

 

 

 

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2024年4月10日 (水)

国会議員だけ

いま静岡県御前崎市では14日の投票を前にして市議会議員の選挙運動が展開されている。

最近の市町村選挙にしては珍しく定数13人に対して21人が立候補しているが、議員定数の削減と二町合併の余波もあるのではなかろうか。

先日の新聞によるといま町や村の議員の成り手が少なくなり、無投票はおろか定数割れさ起きているという中では珍しい現象である。

ただ、この選挙で立候補している候補者の年齢はほとんどが60代から70代にかけての人がほとんどであり、女性は一人といういびつな構造なのは、この選挙の前に歳費の引き下げなどもあって働き盛りの人が議員になりにくい状態になったのかもしれない。

しかし、どんな人が当選するか分からないが、60代以上の高齢者が多く当選するのは間違いなくある年代に偏った意見ばかりの議場になるのはいがめないだろう。

 

せんじつ、町内会の回覧板に「町内会の役をしたい人がいませんか?」という紙が挟んであたった。

なんでも今まで選考委員が集まって人選していたが同じメンバーばかりの硬直した人選になってしまうので、我と思わん人は申込用紙に役職を書いて提出してほしいとのことであった。

いままでのない方針に驚いているが、一部有力者と言われる人が隠密に人選していたことに破綻をきたしてのことではなかったろうか。

破綻の原因としては運営の硬直化に対する部外からの批判が陰口のような形で広まり、役職辞退者が増えていると見た。

わが町内も高齢化が進み、年金生活の二人所帯ばかりが増え学校に通学する子供の数もめっきり減ってしまって子供の声がない静かで寂しい町になってしまった。

 

 

一方、スキャンダルまみれの国会議員にあってはどういうものか議員の成り手が後を絶たない。

世襲までして議員になりたがり、させたがるのは裏でよほどおいしいごちそうがあるに相違ない。

裏金問題に見るようにお金が背後にあるのか、北海道の長谷川議員のように大威張りができるのがうれしいのか、、、、

 

 

 

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2024年4月 9日 (火)

寂しいな

きょう故郷の友人が亡くなった知らせが届いた。

中学を卒業し、絵から20kmほど離れた鉱山の独身寮から鉱山所属の学校に通ったのだが、その独身寮の傍にある社宅に住んでいた一つ年上の四~五人が折に触れて相手をしてくれたおかげでホームシックも少なく済んだがその時以来の友人の一人だった。

当時は世の中不景気なうえ鉱山町にはそんなに就職先もなかったので彼らは日雇い仕事で鉱山に就職することを願っていたようだったが暗い影もなく、快く一つ年下の自分をどうしてかわいがってくれたのか聞かずじまいに来てしまったがその後、すべてが鉱山に就職し昨日亡くなったF君も坑内の運搬係として功績を運び出すトロリー電車の運転手になって再会した。

労働組合の選挙の折にも陰ながら力になってくれるなどにこにこと笑った顔しか思い出せないが、、、、

 

        寂しいな  寂しいな

 

 

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2024年4月 8日 (月)

ピカピッカの

今日、四月八日月曜日は小学校の入学式だったようで着飾った両親を従えて身体からはみ出すようなピカピッカのランドセルを背負った子供が学校に向かっていった。

こから少なくとも九年間は学校に通う最初の一日である。

昔といううか自分らの子供の時は男は黒、女は赤と決まっていたランドセルも孫のころから何種類もの色が見られるようになり、先日の新聞では女の子の赤いランドセルは四位にまで下落したそうで、何人も見たわけではないが赤いランドセルの子はいなかった。

そして、自分らが入学した昭和二十一年ころの小学校では田舎町だったこともあってかランドセルで通学する子供はいなかったがどんな格好で教科書を包んだのか覚えがない。

そのうえ、中学高校とも全然覚えていないのは、、、、これまた不思議なことである。

 

義務教育は九年だが、高校進学率は八~九割だろうし、大学もかなりの割合で進学している現在相当知能 知性が高くなっているかと思うのだがその辺はどうなのだろうか、、、、、甘ったれブーばかりに見えて仕様がないのは時代に乗り遅れている老人のたわごとである。

 

 

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2024年4月 7日 (日)

シラス考

イワシの稚魚であるシラスが取れているというので用宗漁港に行ってきた。

あさのうちに漁が終わったのか船着き場には一隻の漁船もいなかったが漁港そばのどの店も”生シラスあります”の幟が立っていて、いつも買いに行く店にも店頭に並べてあったがいつもに比べるとかなり大きめで2㎝j弱の大きさまで育っていた。

「少し大きめだね」って言ったら、申し訳なさそうに「そうね、、、」といったが自然界のこと仕方がない。

帰って小分けしたシラスにさわび醤油をからめ熱いまんまの上にのせて食べれば、、、、ご飯が進む。

しかし、このシラスはほかの魚の餌を横取りしているのかもしれないし、もっと大きくして食べれば資源的にもよいのではないかというなんだか後ろめたい気持ちになり、最後の一匹も見落とさないようにと眼を皿のようにして、、、、、、、、

 

 

 

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