2021年4月14日 (水)

カンカコカン

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カンカン カンカコカン お~りゃ

飛騨の祭りは、春雪が解けて畑仕事が始まる前に行われるのが多い。

そのなかで、神輿の前に獅子舞とともに闘鶏楽が付きものであったが、文化財に指名されている上宝村の村上神社をはじめ高山などの闘鶏楽は大人がするのに対してふるさとの神岡では小学生を中心にした子供たちがすることになっていた。

小さなお盆のような鐘をみんなで打ち鳴らすさまは整然とした大人のものより可愛げあって見ごたえがあったように思っている。

一番小さい子は小学校3年生くらいから入ってくるのだが、緊張していることもあってなかなか同じようには鐘を打つ鳴らせずワンテンポ遅れてしまうのだが、、祭りもあと10日日ほどのこの時期には少しづつコツが飲み込めてくるころである。

故郷を離れて43年、以後、祭りの時期には帰ったことがないので、思い出のなかだけにあるのだがあの町も鉱山の縮小で人口も半分以下になっているうえ少子化でできない神社もあるのではないだろうか。

桜咲く神社の境内を元気に下ってきた子供たちも町内あちこちでカンカン カンカコカンと打ち鳴らすうちに暑い太陽にさらされて、、、、、

思い出は常に霞の中にうずもれてぼやけていくものである。

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2021年4月13日 (火)

苦し紛れ

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ヒトツバタゴの花が咲いていた。

例年だと四月松に咲く花だと思っていたが、今年はかなり早いようだ。

通称の”なんじゃもんじゃ”という方が通りがよい花だが、そのいわれは、むかし殿様に「この花の名前は?」と聞かれて答えに窮し苦し紛れに答えたというのが由来だと聞いている。

花びらは普通というか普段見られる花の形とは違っていて細い四弁の花弁を密集させて咲いているので、一つ一つに目がいかない。

 

一昨日、小さなクリニックに努めている娘が久しぶりに来たので「コロナの予防注射はすんだのか?」って聞いたら、「するかどうかのアンケートはずいぶん前に来たけれど、その後音沙汰はない」とのことであった。

娘がしばらく来なかったのは、二週間ほど前に勤め先のクリニックに来た人がコロナに感染した人だとわかったのだが、そのとき患者と接触していたので、母親が入院していても近づけなかったからである。

新聞によると、わずかだが老人にも注射が始まったが量が少なすぎて混乱しているそうだが、医療従事者でもまだわずかしかできていないそうで、老人に対する予防接種は四月十二日から始めたという実績作りではないかという。

コロナの第四波を前にして国民に「自粛要請」を口にするだけで何の手も打てないこの国の政治はどうなっているのだろうか、実績作りで糊塗しようとするせこい考えは見え透いていて我慢がならない。

普段から日本は素晴らしい国とユーチューブ諸氏は褒めちぎって投稿しているが、自国製のワクチンはできない、前から指摘されているPCRの検査もわずかでいざ罹患するとベットが足りない国のどこが凄いのだろうか。

苦し紛れの日本、オリンピックまでには収まりそうもないとみたが、、、、

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2021年4月11日 (日)

目立たない

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藪の中に咲くウグイスカグラを見つけた。

赤い筒状の先に五弁の花弁を広げたそのちっちゃい花は全く目立たない存在である。

そんな目立たない花に優雅な名前が付けられたのは、ウグイス同様声ばかりで姿を見せないことからかもしれない。

花言葉も「明日への希望」などと立派なのは、見つけた時の喜びを表しているのだろうか。

 

今日のテレビで、迷子の四歳児を保護し交番に連れて行った小学四年生が警視庁から表彰されたと言っていた。

少し困っちゃくれた四年生曰く「大人がうずくまっている子供を見てもスルーしていた」などと言っていた。

しかし、こんな状況を見ても大人が、特に男が最近声をかけにくい状況になってしまったことに原因がある。

うかつに声をかければ、不審者扱いされたり、ひどいときには誘拐犯扱いにされかねないからである。

こんな爺さんでも、麻機沼あたりで子供に声をかけてても無視されたり、逃げ散ってしまうのは、「知らないおじさんに声をかけられたら逃げましょう」という教育が徹底しているようで田舎にでも行かない限り挨拶さえ無視することになっている。

昔は、怖いおじいさんが町内に何人かいて、子供の悪さには真剣に怒ったものだが、今そんなことをすると、、、、、、、、

とにかく住みにくい世の中になった。

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2021年4月10日 (土)

さくらを見に

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富士山麓、富士宮の山宮の桜が見ごろだというテレビ放送を見て、桜の時期に入院していた連れに見せようと出かけてみた。

今年は桜の開花が例年より早かったため、標高600mに位置する”さくらの園”の桜も一斉に咲きだしていた。

面積としては1ヘクタアールに満たない小さな公園ではあるが桜の種類はかなりあるが、いちいち幹につけられた名前札を見なければ分からないうえ、名札もついていないさくらは???である。

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また、この公園に来る前に、上井出でも道路際にかなり広い範囲に桜の木が花をつけている場所があったが、こちらは、菜の花やミツバツツジとのコラボがきれいで、この先楽しみの場所になると思われた。

今日の桜見物でよかったのは、どちらも駐車場に余裕がある程度の人しか来ていないため、、ゆったりと樹下を散策することができたし、花の下で茣蓙を引いての飲み食いも一切なかった。

いよいよ日本でも、「酒なくて なんのおのれが桜かな」という風習がなくなる機会かもしれない。

 

 

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2021年4月 9日 (金)

子孫繁栄

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ユズリハの新芽が今年はいつもより早く出てきた。

今年はあったかい日が続き植物全体に発芽が早くなっているようだ。

ユズリハは新芽が生えそろってから前年の葉が落葉することから、子孫繁栄の縁起に結び付けてめでたい木と言われてきた。

先日、娘からひょっとすると今年あたり孫ができそうな気配があると言ってきた。

そうなると、自分にとってひ孫になるのだが、、、、、、、どう呼ばれることになるのだろうか。

たしかに、遺伝子はつながっていくのだろうが、逆に言えば薄くなっていくことにもなる。

生まれてみなけりゃわからないだろうが、今のところ実感がわかないでいる。

果たして、今年中に現実となるかどうかは孫の嫁さんの身体にかかっているようなので、糠喜びになることもあるかもしれないと言って電話は切れた。

 

今日、朝になって「これからミカンの下草を刈りに行きたいので自動車で連れて行ってもらいたい」という電話が入った。

特に用事もなかったので、応諾したところ「ついでに草刈りも手伝って、、、」ときた。

仕方ないので繋ぎの作業服を着て出かけてみたが、駐車場からさらに細い道を上った先で、山の尾根筋に開けたみかん畑で午前中の草刈りを応援した。

昨年は、ちょうどこの時期お茶の木伐採をしていた、その場所からほど近い場所でミカンの持ち主が放棄したのをもったいないと譲り受けての仕事である。

南に面して開けた土地にみかんの若木二十本余があり、吹き上げてくる風は爽やかで、ウグイスも例年と変わらずそばまで来て鳴いている。

ミカンの木の周り直径二メートルほどの草を根こそぎに引き抜き肥料をまくのがこちらのやり方だということで作業を始めたが、約一時間半ほどでばててしまった。

八〇代のじいさんでは仕方のないことかもしれないが、最初に飛ばしすぎたのがいけなかったようだ。

後半は、ノコギリとはさみに変えてこの時期には推奨できない剪定で昼前の時間をすごした。

午後は、がっちりと一時間半の昼寝をしてしまった。

 

 

 

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2021年4月 8日 (木)

御衣黄

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御衣黄という桜の色は桜のイメージからかけ離れている。

淡い青緑色の花弁は木漏れ日を受けて、自らが発行しているのではないかと錯覚させる。

この名のいわれは、そのむかし西安貴族に好まれた衣装の色に似ているからと言われるが、なんとなく高貴な感じは誰しもが感じる色かもしれない。

 

今日四月八日は灌仏会と言ってお釈迦様の誕生日だといわれ、四~五歳だったころと思うがお寺に行って、小さなお釈迦様の立像に甘茶をかけた記憶がある。

薄暗い本堂は怖い感じしかせず、早く帰りたいの一心で甘茶を注ぎ、帰り際に菓子をもらうのだが戦争中で甘いのののない時代だったので境内を出るや否や自分のもらい分を人に見つからないように食べた時のうれしい記憶はいまだに覚えている。

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2021年4月 7日 (水)

水ぬるむ

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今日もあったかい一日であった。

新学期がいつからなのかわからないが、もう間もなくであることはわかる。

そんな一日を惜しむかのようにぬるんできた小川に足を入れて歩く少女たち、、、、

春の小川は さらさら流れて 岸にはからし菜の花が咲き乱れている。

毎年何度かの大水で岸辺が水没し、かき乱されているのをどう潜り抜けて花を咲かせているのだろうか。

生命力の強さには驚かされる。

 

今日テレビでこんな含蓄のある言葉がながれていた。

「自然は(人間に)征服されたように見せて いつか逆襲してくる」

アマゾン流域やインドネシアの焼き畑農業、ボルネオのパームヤシ栽培のため森林伐採、ロシアのタイガー伐採をはじめ地球規模の自然破壊と石油に依存した地球温暖化など大規模な自然破壊から、今回はコロナウイルスを呼び込んだ。

しかし、このままではいずれ人類はもとより生物の絶滅ないしは激減が起きる可能性が大きいそうだ。

のちの地球歴史にはごく短い期間ながら”人間世”と記されることになりそうだ。

仏教では弥勒菩薩が五十六億七千万年後に降臨して救済してくれるそうだが、釈迦入滅後まだ3千年もたっていない現在、気の遠くなるほど先のことであり、その時には地球さえもなくなっているそうだから、再来されても「おおい 自分はどこを救済するんだ~い」といった状態になりかねない。

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2021年4月 5日 (月)

哀れ

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盛りの過ぎた花は哀れである。

昨夜来の雨に打たれてチューリップはあらかた花びらを散らせた中最後に残った一輪は下唇をべローンと出したかのようにして露をとどめていた。

盛りの時は、夜になると花を閉じて眠りにつくのだが、人間同様年寄りはその花閉じる気力もなくなってしまうようだ。

そうすれば、花びらを雨に打たせて散ればよかったのに、それもできなかったのは老醜というべきか、いや、まだこの世になすことがあるという執念か、、、、、、

 

今日午後になって連れの退院が急に決まった。

このコロナ禍の中で三日に一回の洗濯物の交換さえあまりいい顔をされなくて不便をかこっていた。

パジャマだけでも毎日の交換なので、今回の入院で三枚買い足してのやりくりだったので合計六枚のの大金持ちならぬ大パジャマ持ちになり、「ここ当分、もしかしたら死ぬまで買わなくてもいいよね」って笑っていた。

しばらく前に関係者がコロナに感染したとかで、かなり神経質になっていたことが原因で四月からさらに厳しく対応するという看板をあちこちに見かけた。

幸いにして、静岡済生会や徳洲会病院のようなクラスター騒ぎにはならなかったが、第四派が懸念されている折から仕様がないと言ったらそうなんだけど、、、

病気のほうも完治したわけでもないらしく、リハビリや検査で一日おきの通院になるのでしばらくは主夫業に精出すしかないようだ。

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2021年4月 2日 (金)

一難去って

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最近、麻機沼近辺も遊水地化し昔の原野的なも場所が少なくなってきた。

人間にとってはありがたいことだが、野生の動物には住みづらい世の中といったところか。

特に一定の縄張りが必要な動物にとってはその場所争いが熾烈になってきているらしい。

人目も気にしていられないようで、二羽のキジが争いを始めた。

それこそ巌流島の戦いもかくあらんやといった状態で、空中に飛びあがって逆さ落としで攻撃を仕掛ければ、受けに回った方は身をひるがえして次の反撃を準備している。

しかし、この地を勝ち取ったとしても、蓮華畑に人の手が入るのはそう遠くない時期である。

たぶん一難去ってまた一難

 

大阪市を中心にコロナが再拡大しているようで、まん延防止法を大阪府地位が要請した。

やっとこの間、緊急事態宣言を解除してくれといった舌の根も乾かないうちにだ、、、。

去年だったか、うがい薬”イソジン”がコロナに効くといったころから府知事の発言はなんかおかしいといった感じが拭えない。

それまでは、物事を理知的に判断する人といったイメージだっただけにざんねんである、しかし、このコロナでは各県知事でこの人は、、、って知事はまずいなくて何らかのつまずきをしている。

もちろん結果を見ての批判であるから酷といえばそうなるが、千葉県の森田知事は分かっていたが神奈川県の黒岩知事もがっかりした人の一人である。

「役職が人を作る」という言葉は以前に聞いたことがあるが、今回のコロナ騒動では「役職が化けの皮をはがす」といったところか。

 

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2021年4月 1日 (木)

雲を見て

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世の中桜が満開を迎えて浮き立っているそうだが、ほとんど自宅と裏の畠と山の畑以外出かけることがなくなった。

コロナの感染対策からはよいことなんだろうが、、、、、、

そんな中、近所の川の縁に咲く桜の上に富士山の形をした雲が表れていたので写してみた。

最近は、ものを見ても想像したり感動したりする感覚が薄れてきているようで、子供のころのように雲を見て何かを当てはめるということが少なくなった。

まさか空の雲が変わってきたというのではないだろうが、、、、、、、

 

普段なら喧嘩ばかりしている連れで「居なきゃ、どっかへのびのびと行けるのにな」と思って居たが、いつ病院から連絡が来るかもしれないということもあるが、居ないとなるとどこへも出かける気にならないのはこれも長年にわたって身についた習慣か。

 

今日はむかし言葉でいう”四月馬鹿”の日である。

しかし、頓智がないため気の利いた嘘となると、生来が融通の利かない堅物なのか人を傷つけない嘘となるなかなか思いつかないので利用したことはない。

それよりも、学校以外は今日が「ピカピカの一年生」をあちこちに見かける日なのである。

去年は、コロナの正体がわからなくて、「入社式」などがリモートになったり自宅待機みたいなのがあったが、今年は分散型を含めて行われているらしい。

 

 

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