2008年10月14日 (火)

新米とどく

Img_0051 秋アカネも長い避暑生活を終え、山から下りてきて次世代に命をつなぐため刈り取った稲藁の先っちょにとまって相手を探している。

.

待ちに待った新米が長野から今日届いた。「今年はどんなかな~」早速精米して戴くことにした。

ほっこりとした食感と香り。何にもまして美味い。一週間ほど前に当面のつなぎにと近所の店から買ってきた米も”新米”だと書いてあったが格段に味が違う。

「日本に生まれてよかったなぁ」と思うひととき。戦後の食糧難のときこんな時代が来るとは思えなかった。

この米の味も国によって違い、南米で仕事したときに、ほとんど手をつけていないカルフォルニア米の弁当を現地採用の作業者に味見してもらったら、歯の間に詰まって美味くないとのことだった。

自分たちにしてみれば、あちらの米はインデアカ米、いわゆる外米はパサパサして食べられないので、アメリカから取り寄せた米でご飯にしたのだが、、、

あちらでは白い御飯、(arroz de blanco アロス デ ブロンコ)はまず食べない、いわゆる油でいためた五目チャーハンかパエリャ(paella)のように生米を他の具と一緒にして鍋で料理するのが普通で、そのためにはパサパサの米が合うようだった。

白い米の文化。銀シャリの時代が何時までも続くことを祈る。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月13日 (月)

晴天の旅行者

Img_0010 このもの”土栗(ツチグリ)”という。別名を”土柿”とか”分福茶釜”などとも言い、子どものころから見つけると玩具にして遊んだものの一つであるが、いかにも本当の栗や未熟の柿が地に落ちているようで面白い。

遊び方は、結構固いので蹴飛ばして飛ばしっこしたり、摘まんで煙を吹かせたりした。早い時期なら食べれると聞いたことがあるが、まだ食したことは無い。(美味いそうだ)

麻機の山に登りかけたたところに落ちていた土栗は、キノコの一種で幼い時期には土の中にいるが、成長し地表に顔を出すと、表面の皮が一皮捲れたように開き、名前のように栗や柿や茶釜を思わせる格好になる。

このめくれ帰った皮の部分が湿気を感じて、閉じたり開いたり、そっくり返ってたりしているうちに地下の菌糸と縁を切れ、転がって道端に落ちてきたりして見つかる場合が多い。

そのため、「晴天の旅行者」とかイギリスでは「星型の湿度計」なんて面白い代名詞が付くと言う愛嬌物。

.

きのう、アメリカが北朝鮮を「テロ支援国家指定」から解除したそうだ。そのことを三十分前に知らされた首相は苦言も言わずに理解を示したと、報道されている。

就任以来何の成果も上げらず、”史上最低の大統領”というレッテルをはられかねないブッシュ大統領が最後のチャンスとばかりにやったことだが、同盟国と思っている日本にはなんの相談もなく決めてしまった。

何を言われても、唯々諾々と従う。インド洋での燃料補給。日米地位協定、思いやり予算、基地問題などどれをとってもこれが独立国のすることかと思われるほど言いなりになった挙句がこの体たらく。

せめて日本国民のことを思うなら、”強い遺憾の意を表す”くらいの言葉が欲しかったのだが、何をされてもポチのように尻尾を振っていく態度は、他の国から侮られ、ますます国威を低下させてしまうだけであろう。

.

今日の花。

左、タンポポの蜜は美味いかな、 右、紐鶏頭、ギリシャ語でしぼまない花というそうだが、、、

Img_0222 Img_0223

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月12日 (日)

可憐な色合いの疣草

Img_0219 先日見た桜蓼のの傍にイボクサが小さな花をひっそりと咲かせていた。

うす紫がかった差渡し1cmほどの小さな花を、、花顎が三枚、花弁が三枚、そして雄しべが三本と三の好きな花と見受けた。花は露草の中まで、花の形は常盤露草に一番似ていると思う。

名前の由来は、疣を取るのに使ったと聞くが、実際の薬効は分からないそうだ。自分たちが使った疣とり草は竹煮草だったがこれもやはり効果は分からないとのことで、何かの拍子で取れたことから付けられた名前だと思う。

湿地を好むこの草も、見るには良いが例のごとく田んぼにあっては余計な草として嫌われている。

.

疑惑の人、三浦和義社長が自殺し疑惑を残したまま事件は終着してしまった。

彼が何時までたっても疑惑を残していたのは、明快に説明し切れなかったことにあり、その理由の一つとして、あまりにも芝居気たっぷりだったため、マスコミにいい餌食にされた可能性がある。

なんの証拠もなくて、書いてはいけないのかもしれないが、この芝居っ気たっぷりな行動から、ひょっとしてこの自殺も真似をして裁判を遅らせようとしたのが失敗したのではないかと勘ぐらせるものがある。

それにしても、不思議なのは何故何時までたっても”元社長”の肩書きが着くのだろうか、それ以外肩書きの付けようの無い、、、だったのか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月11日 (土)

焼酎伴に栗名月

Img_0091 あれほど野山を真っ赤に染めていた彼岸花もすっかり影を潜め、かわって、背高泡立草がいたるところ黄色い花を付け出した。

Img_0202 泡立ち草、名前のとおり近寄って見れば小さな花が密集していて、いかにも真っ黄色の花弁とオシベが沸き立っているように見える。

一時は、ブタクサと間違われ花粉症の元凶と言われたり、繁殖力の旺盛さと、根から毒素を出して、他の植物を駆逐するので引っこ抜かれたりしたが、しぶとく生き残り、今では日本の秋の草として認めざるを得ない状況になってきた感がある。

午前中は雨の影響があって、山の木々も濡れているだろうから、午後になって今年最後の栗拾いに付き合ってくれないかと電話があった。

なんでも、このごろ栗山に猪が出没する上、それを追って先日は鉄砲を持った一団が山から下りてきたので一人で行くと気味が悪いとのことであった。

ちょうど、今夜は”栗名月”少し分けてもらえれば願ってもないことなので、喜んで同伴を承諾した。しかし、行ってみると本当に最後の栗拾いにふさわしく、栗はイガの山の下に潜り込んでいて見つからない。上っ面のイガを蹴っ飛ばしながらの栗拾いになってしまった。

帰ってきてから虫食いなど跳ね除けててから、お供え用にと二升ほど分けてもらう。

.

旧暦の八月十五日が中秋の名月というのに対して、九月十三日を後見の月とか栗名月というが、此方のほうが薄の穂も出揃い、空も澄み渡たって輝く月見が出来ることが多い。

そして、写真を写しに出た夕方までは薄曇を通してぼんやりとしていたが、夜半になって煌煌と輝きだしたが、こんな時間に一人カメラを持ってうろうろしては怪しまれるので外出は控えた。

しかし、なぜ、八月は満月なのに”後見の月”は十三日なのだろう。あまり、くっきりとした月を見たくないのか。それとも、完全なものより少し欠点のあるほうに、美を見出してきたせいか。

「月見の宴は日本独特のもの」と聞いたことがあり、月の満ち欠けによって十三夜とか十六夜(イザヨイ) 二十三夜などと月に名前を与えて愛でてきた。

私も、その影響を受けてか夜半になって縁側に出て小さな庭にすだく虫の声を聞き、貰ってきた栗を食べ、わずかばかりの焼酎を伴に栗に似た月を見上げたが、二つ三つと蚊に刺されると意気地無く、焼酎瓶を抱え、月を愛でるのをやめてしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月10日 (金)

ポカポカ日和に雉を見る

Img_0057 巴川の向こう岸に雉が二羽ひそんでいるのを見つけた。

距離にして30mはあろうか。見られているのに気づいているようでしばらくは動こうともしなかったが、そのうち此方の手が届かないことを知ってか対岸の歩行者には注意しながら、草の間を動き回りはじめた。

みると、二羽とも雄である。普通なら雄同士が一緒にいることが無いはずなのにと思っていたが、どうも今年生まれの兄弟のようであることが分かった。

Img_0044 自分の目やカメラでははっきり確認が出来ない距離だが、身体の大きさ、顔の赤い模様、尾羽根は長くなって成鳥同様になってはいるものの、首筋にまだ幼さが残っている。

この冬を越せばお互い縄張りを巡って骨肉の争いをしなければならないのだが、野性の本能というものは何処で目ざめるのだろうか。

ポカポカ日和のひと時。しばらく手すりに掴まって眺めていた。

.

先日長野で新聞を見ていたら、自民党が全省庁に「野党から資料要求があった場合、事前に自民党国対に報告するよう求めていた」と書いてあった。

そしてこの問題を追及されると、麻生首相は「全く問題ない」と答弁してたが、これってどうなんだろう。多分省庁から報告が上がれば「これは都合が悪いから伏せておけ」ぐらいの指示や命令(?)ぐらいはありそうだ。

前にも、否定はしたがNHKの番組で放送まえに自民党に報告し変更があった問題があったが、これと同根の問題と見るべきであろう。

一つの党が長年政権の座に着くと、国民の知らない所で情報制限が沢山行なわれているに違いない。お隣の中国や北朝鮮を笑えない事態である。

この蛮行を早急に改めなければ、自民党が野党になった場合、しっぺ返しで逆に情報が入るらない状態になるのだが、、、、、一番の問題は野党もそうかもしれないが、国民の知る権利が奪われることにあり、もっと怒らなくてはいけないことだと思う。

官僚が国民奉仕者と言うことを忘れて(いまでもわすれているが、、、)、政権政党と癒着してますますのさばって行くのが目に見えるようでこわい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 9日 (木)

特養老人ホームを見て

Img_0214 麻機沼の一角にいま桜蓼が満開になり、桜色に染まっている。

Img_0212 桜蓼、名前のとおり桜色と花の形から来ている名前だが、下から見上げる桜と違って、見下ろす桜蓼は花も小さく、近づいて見なければ名前の由来が分からない。

小さいながら、オシベを跳ねだしどこかの学校の校章にこんなのがあったなと思わせる端正な顔立ちならぬ”花立ち”は気品さえ感じられるものがある。

.

今日午後になって知人から、「市外の特別養護老人ホームに”介護5”になった母親を一人ではとても見きれなくなったので、入所させる申し込みに行ってくる。ついては、良く分からないので一緒に行ってくれないか」という電話があり自分も介護のことは分からなくて、力になれないがと思いながらも付いて行ってきた。

今年出来たばかりだという建物は、全て個室であり、至れり尽くせりと言った感じの設備もあり、こんなところなら自分が入っても良いのではと思わせるものがある。

しかし、施設がどんなに良くても、介護というものは結局の所マンパワーに頼る所が大きく、介護する職員の気質、態度が一番問題になるのだが、その辺ががどうなのか。短時間では分からない。

最近の報道によると、介護の仕事は、きつい、汚いなど労力の割には賃金が低くて、定着が少ないそうで、海外にまで人材を求めていると聞く。

まだ発足間もない業種だけに試行錯誤は保険を扱う国にもあると思うが、働く人がこの職業に生涯をかけられないほどの賃金だとしたら、ボランティアでは無いのだから、被害は入所者に来てしまう。

また、公共工事の減などから建設会社など畑違いからのからの参入も多いと聞く。この施設もその一つだそうだが、業種がまったく違うだけに経営者の理念が儲かる仕事としてみてないかなど、異業種に感覚が付いていけるかどうかがこれからの問題になってくる。

いずれにしろ、施設が足りないいま、この人の母親もどこかに入所させなければ、子ども一人での二十四時間介護は、最近よく聞く”老老介護”の悲劇が起きかねない。

「周りから母親を放り出した」という非難を気にしながら、、、、介護するほうが先に参ってしまいかねない、、、、、また、入所費用や他の施設はどうなのか、、、などと迷いながらもきめ切れず、仮契約をして少しの間、部屋を抑えて置くしかなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 8日 (水)

秋なわすれそ

Img_0197 そろそろ金木犀の花が開き、においだした。

におうという字には、匂うと臭うがあるが、前者は気持ちを心地よく刺激するが、後者は鼻が曲がるのを言うと思う。

花には全然においを感じさせないものがあるが、ほとんどの花は大なり小なりにおいを放つ。

そうした中で、金木犀はにおいの強いものの一つで大きな木の傍では臭いといったほうが似合う花であろう。

Img_0194 花の構造はいたって簡単。この花もふるい昔に日本に来たそうで雄と雌の株があるそうだが、日本には雄株しか入ってこなかったそうでどんなにがんばっても実がならないそうだ。そのためか、遠い異国の地に住む雌をしたって匂いが強烈になったのだろうか。

.

.

菅原道真の梅の花ではないが、

東風吹かば 臭いおこせよ金木犀  

   相手なしとて 秋なわすれそ

と言ったところか、そうなら仕方のないことだが、こんな時代なのだから、誰か早く雌の木を持ってきて喜ばせてやる人がいないのかね。

.

昨夜、久し振りに日本人のノーベル賞物理学で三人の受賞者がでたと思っていたら先ほど、化学でもまた一人の受賞者が出たという知らせがテレビのテロップで流れた。

一夜にしてスターになった受賞者は、報道陣にもみくちゃにされ、今朝も早くからワイドショーに引っ張り出されていたが、また一人とは目出度いことである。

科学者にとって最高の栄誉は、平和賞や文学賞と比べて政治的、人為的操作が少ないように見受けて「えっ、あの人が、、」という面が少ないように感じる。

ただ、昨日受賞した”素粒子物理”は何度聞いてもちっともわからず、なんの役に立つのか、、、とにかく、なんだか分からないことに取り組んでいる人がいるもんだと言うことだけが分かった。という始末、、、、。

.

今日の蝶。

褄黒豹紋蝶の左雌と右雄。羽の端っこが黒くて豹柄の模様があるといういたって明快な名前を持つ蝶。昆虫にしては珍しく雌のほうが綺麗に見えるが、昆虫の目から見るとまた違うのかも。

Img_0170 Img_0174

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 7日 (火)

今日は鬱の日

Img_0025 上の写真はまだ一ヶ月先の収穫を目指して”玉回し"をしている林檎

昨日夜通しの雨は明け方になって小止みになった。

シナノゴールドを一箱作ってもらい、静岡に帰ってきた。

霧の野辺山、泥んこ道。

びっくり市に車を入れて外回りを見ると恥ずかしくなるほど汚れていた。

雨は、甲府盆地に入って上がり、車の流れに従って順調に帰って来たが、佐久の食べ物屋で知人は「帰ってから二~三日で異常が出たら稲刈りのせいだよ、年齢とると疲れの出が遅いからね」と言っていたが、家に着いてからの安心感もあってか、今日は一日”引きこもり”で過ごした。

テレビは、世界同時株安、国会中継ほかで騒いでいたが、こんな時には批判する気にもなれない。

        したがって今日は鬱の日

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 6日 (月)

これも万治の石仏

Img_0008 昨日は山から下りてきたのが、十時を半ば回った時間。

田んぼは既に片付いてすることもないということでいつも林檎を買っている近所の農園に顔を出すと、最近長野県農協推奨の「シナノゴールド」という品種の林檎の取り入れ時期だとかで選別しているのに出くわした。

一見他の林檎とは素人目には区別しかねるが、”省き”と言われる規格外の林檎を貰い食べてみる。十一月に収穫になる富士に比べると甘味は少ないが、ジュース分が多いように思う。採りたて直後のためもあってか、サクサクと歯切れが良い、ここしばらく林檎を食べていなかったので大きなのを一個丸ごと食べてしまった。

午後になって、望月町の「万治の石仏」を見に行くため元の役場によって石仏の地図を貰ってくる。

信濃は一帯に石仏や歌碑の多いところだが、望月町にも三千体にもなるという石仏があるといわれ、その中で”万治の石仏”は諏訪の同じ名前のの石仏を見てから知ったものなので是非と思っていた。

三千体とも言われる石仏の中、古さから言えば鎌倉時代からのも沢山あるというので江戸時代に入ってからの石仏は古いほうではないが、それでも400年くらいになる。

地図を見て場所が分かった。よく泊まる義妹の家の近くで散歩にも来たことがあるところだった。しかし、来てみると何処にあるのか分からない。案内板が無いのだ、もともとここにあったのではなく、何処からか持ってきて古墳の上に乗っけたという話も聞いていたので、簡単に見つかるかと思っていたが、古墳さえ分からない。

Img_0007 ようやく探し当てたのは、15分ほどそこらを歩き回った末、墓地の間に何本か木が生えている根方ぽつんと言った感じで鎮座していた。傍に「万治の石仏」と書いた小さな標柱が無ければ、周りの墓地の石仏と区別がつきにくいほど、、、。

石仏は高さは1㍍に満たない小さな大日如来像で、諏訪の物とは比べようも無いこじんまりとした物であるが、諏訪の石仏のような異様さは無く、少し頭が大きいかなと思ったのと半眼に瞑った優しい顔は、良くある野仏顔と違って、どこかで見た人という感じがした。

昔から、諏訪湖の向う、高遠には石工が多く一帯の仏像を制作したというが、これほど数多くの石仏を信濃の人はどんな気持ちで作ったのだろうか。

諏訪の万治の石仏は頭と胴の制作年代が違うということらしいが、万治という時代はどんな時代だったのだろう。

.

夕方になって雨が振り出した。知人が飲み放題の店があるというので、佐久市まで出かける。創作料理を出す店で味もかなり良かったが、五人のうち酒を受け付けないのが二人。このごろ富みに弱くなった私は勧められても生ビール三杯が限度。

あんまりお得ではなかったね。といいながらの御帰館。

でも楽しかったから、、、。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 5日 (日)

湯の丸山(2,101m)は紅葉盛り

Img_0143 写真上;ツツジ平から見る湯の丸山

昨夜、あまり早く寝てしまったので、五時に目が醒めてしまった。

もぞもぞしていたら、「後片付けは少しだから山に行ってきては、、、」というやさしいお言葉。予ねてこんなこともあろうかと靴だけは自動車に積んできていたので、湯の丸山(2,101m)に行ってきま~す。と飛び出てきた。

佐久平名物の霧も今日は薄いのでそんなに良い天気はには恵まれないと思いつつ、コンビニでおにぎりほかを買い求め、千曲川を渡って地蔵峠に向かった。

名前は地蔵峠だが、登る坂道には観音さまの石像が多分三十三体、ところどころに据えてある。上部の方ではローリング族のしわざと思えるタイヤ痕が無数あり、もし、対向車があれば肝を冷やしそうな情景が見て取れる。こんなときを観音様はどう見ているのだろう。真夜中の安眠妨害で罰を与えるのか。それとも、こんな輩でも救うのか?

六時半、日曜日だと言うのに誰もいない峠の駐車場に着く。湯の丸山は春先の蓮華ツツジが有名で全山真っ赤に染まると聞いたことがあるが、この時期は紅葉も良いというので来て見た。初めて登る山なのと、「はいはい」と二つ返事で来ては見たものの農作業のことも気がかりなので、本当なら烏帽子岳(2,066m)も登りたかったがどちらか一つにすることにした。

支度をして、さてと、売店の裏に来てみたが湯の丸山の上り口が見当たらない。仕方ないので烏帽子岳の矢印に従ってキャンプ場の未舗装道路を進むことにする。

Img_0140 この辺では、夏は遠い昔になっていて、花はほとんどが枯れているなか、竜胆だけが濃い紫の蕾を空に向けている。白山風路は葉を赤く紅葉させ、ちょっと見には小さいもみじかと思わせる風情を醸している。

15分ほどでキャンプ場、湿原があり、ドウダンツツジの多いところがあるという案内板もあるが、この辺は次に取っておこう。

落葉松林、熊笹の下草の中竜胆が顔を出している。そこを過ぎると烏帽子岳と湯の丸山に分かれる分岐に到着。躊躇することなく湯の丸山に向かう。

ここから少し登ると、地蔵峠からの道と合流し、正面に赤い斑点をまとった湯の丸山が出現した。

山に向かって左側には蓮華ツツジのころには賑いそうなツツジ平があり、人一人がやっと通れる狭い通路と有刺鉄線で仕切られている。

Img_0083 パイプの煙か浅間山

ここから道は、傾斜を幾分きつくする。ドウダンツツジが一番あかく、ついでナナカマド、楓は黄色を増している。振り返れば一直線に地蔵峠に道が伸びている気配。三方ヶ峰の後に顔をのぞかせてきた浅間山はパイプの煙のような噴煙を音も無く噴き上げている様子。

Img_0098 湯の丸山から望む烏帽子岳

あちこちを眺め、人っ子一人いない山を独占しながら登れば、八時前に山頂に到着。小さな岩を敷き詰めたようで広くて見晴らしがよさそうな頂上だが、すぐ近くの烏帽子岳、浅間山、根子岳、四阿山辺りが限界、その先は雲の中。

そうした中、湯の丸山の北峰が大きな岩を積み上げて「おいでおいで」と手招きしている。僅かに下ってまた登る、その間に咲き遅れた松虫草が一輪二輪。

Img_0099 湯の丸山北峰

10分ほどで、着いた北峰で朝飯のおにぎりにありつく。風も出てきて汗をかいた下着が冷たく感じる中、烏帽子岳の紅葉を眺めて、冷たいお茶でおにぎりを流し込む、、、。

食べ終わって、下山にかかるこの当たり一帯イワインチンが自生しているとかでロープが張り巡らしてあるので、また時期を選んで来てみようと思いながら中腹まで来た時初めて登山者とすれ違う。

上から見た、地蔵峠へまっすぐに下る道をとって行くと、スキー用のロープウエイの終点に到着、ゲレンデを下る。これで登り口がやっと分かると言う不思議な山登りをした。

.

今日の紅葉。

左、白山風路の紅葉。 右、ドウダンツツジ 何れも赤く色づいて、、、

Img_0060 Img_0126

| | コメント (2) | トラックバック (0)

«黄金色に染まった田んぼ