2021年10月26日 (火)

月見れば

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月見れば 千々にものこそ 悲しけれ

わが身ひとつの 秋にあらねど    大江千里

 

昨夕から朝にかけて降った雨も八時ころになるとすっかりと晴れ上がり半月に近い月は隠れる場所を探すかのようにうっすらと西北の空を恥ずかしそうにたたずんでいた。

月齢十九日の月は、夜遅くなってから出るので”寝待の月”という別称がある。

出るのが遅ければ、入るのも遅いのが世の通常。

しかし遅刻して立たされる生徒同様、明るくなって身の置き所がないような月もまた、、、、、

 

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2021年10月25日 (月)

ピーヒョロー

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高い鉄柱の上に立ってあたりを見回しながらトンビが甲高く啼いていた。

ピーヒョロー ピーヒョローと連続して泣いている。

ふと山の端を見ると空高く点のように一羽の鳥が輪をかいて飛んでいるのが見えた。

今は繁殖の時期ではないので、つがいではないとすると縄張り争いというところか。

”鵜の目鷹の目”という言葉の通り、彼らには特別な視力があり人間ではわからない距離でも認識できるのだろう。

ピーヒョロー ピーヒョロー は収まらない。

 

畑にいたら知らないおばさん同士の会話が耳に入った。

「昨日はよかったっけ」「ほんとほんと、わたしゃ気がすっとしたよ」

昨日の選挙で野党推薦の候補者が当選したことの話のようだ。

外見だけでは判断できないが、どうやら向こうの方で田んぼを作っている人とその知り合いらしい。

以前は農家というと自民党ということに決まっていて、有力者が「この候補」というと素直に従ったものであったが、最近はどうもタガが外れたらしい。

減反政策や外国産の果物や野菜の自由化で専業農家が減って、農協を代表する集票マシーンに締め付けが聞かなくなったのが原因ではなかったろうか。

大事な参政権、自分なりの考えで動けるようになったのは一つの進歩ではなかろうか。

しかし、本川根町のようにまだ狭い地域での意識は、リニアの減衰問題があるのにもかかわらず自民党票が多かったのは、、、、、いや、四分六まで行けたのは、、、、、、

 

 

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2021年10月24日 (日)

マルバルコウソウ

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マルバルコウソウの花がこの寒さ続きの中でも咲いていた。

ただ、ルコウソウというのもあるが、その名前のいわれは細い糸のような葉をした赤い花というようないみであるが、この花はマルハという名前が付くだけあって、葉っぱが丸いというなんとも不思議な名前のつけ方がされている。

花の直径は一センチほどと小ぶりながらその数が多いとよく目立つ明るいオレンジがかった赤色をしている。

ユウガオ科に分けられているだけあって、草木に絡みつく一日花でその特徴からか花言葉は「私は忙しい」とのことである。

 

今日は静岡県の参議院銀の補欠選挙、朝になって忘れてしまっていて裏の畑に草むしりに出かけていた。

一時間半ほどして疲れてしまったので、ベンチに戻り休憩していた思い出した。

嫌気もさしていた時だっただけに、草むしりは中止。

すぐさま後片付けをして家に戻り投票に行ってきた。

午後9時、NHKは野党候補が幾分優勢と報じていた。

おとといの地元紙は自民候補が優勢と報じていただけに意外な感じがした。

しかし、保守色の強い静岡県では前回の選挙で自民と野党候補が一議席づつ分け合っていただけに、ここで野党候補が勝つと、時価の選挙には自民党一人に野党が二人という構図になり、どちらかが辞退または落選ということになるのではないだろうか。

ともあれ、これだけ保守色の強い県で野党候補が勝つとしたら、政権党にとって来週の衆議院議員の選挙は不気味な情勢になってきているのではないだろうか。

 

 

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2021年10月22日 (金)

俺って有名人?

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星朝顔の花今日も咲いている。

花の直径は2センチに満たない小さな花だがその花期は長く入れ代わり立ち代わり咲き続ける。

繁殖力は旺盛で、道端に咲いている分には構わないが、畑の周りでは事情が異なる。

自分勝手とは言うものの、人間ってそんなもんさ

 

今度の日曜日は参院議員の選挙であるが、その翌週に控えた衆議院議員の選挙も中盤に入って世間を騒がせているようだが、両院合わせて7人の候補者が叫んでいいる割には静か選挙戦のようだ。

こちらが家の周りから出ていないためかもしれないが、変わって選挙ハガキが自分宛てに四通届いた。

どこに名簿があってのことか知らないが、野党系候補からのもので、同じ候補者から二通づつ届くという無駄な葉書である。

表書きの字の状態から別々のパソコンを使ったらしいまでは読み取れるが、いくつもの団体に登録されているっていうことは「俺って有名人?」

 

 

 

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2021年10月21日 (木)

真白の富士

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稲刈りの始まった麻機田んぼ。

遠望する富士山は七合目あたりまで白く染まり、積雪の多さを示している。

4~5日前から12月並みといわれる気温の低さにもかかわらず稲の色は長野のように金色に輝くことがない。

最近では、稲架に稲をかける田んぼは極端に減ってきており、稲を刈り取った田んぼには細かく刻まれた稲わらが散らばっており、家族総出の稲刈りは風物詩になっている。

 

 

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2021年10月20日 (水)

満月

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今日は後見の満月、まだ地平線から上がったばかりの月は夕焼けの影響か赤みが強かった。

中秋の名月はススキであるが、今回はエノコログサに合わせてみた。

ここ二~三日の寒さの影響もあってか、草陰でなく虫の声も聞こえない。

わずかだが耳の奥で季節に関係のない虫またはせせらぎが風情を助けている。

 

日中は久しぶりの晴天に誘われて、安部奥中流の有東木に行ってそばを食してくる。

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2021年10月19日 (火)

柚子の馬鹿っちょ

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道端の柚子の実が色づきだした。

「「桃栗3年柿8年」に続くのがいろいろあるが、自分が聞いたのは”柚子の馬鹿っちょ18年”というものだった。

そんなに年数の立った木には見なかったが成長が遅いのだろうか。

この実を見ていると自分は柚子湯を想像したのだが、連れはポン酢だという。

とにかく実をつけるまでにこんなに長いのは我が家には向かないので眺めるだけにしておきたい。

 

今日から衆議院の総選挙が始まったのだが、自分が住んでいる静岡一区には4人も立候補した。

これでは選挙前から自民党候補の楽勝が決まったようなものである。

もう少し野党の調整がつかなかったものかと思うが、我も我もと手を挙げた人たちは負けてもともとという意識なのか、おいしい餌に見えたのか、、、

 

桃栗3年柿8年につづく言葉の一つに女房の不作60年 亭主の不作は一生というのもあるそうだが、政治の不作は身に染みる。とでもしておこうか。

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2021年10月18日 (月)

義理堅く十三夜

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溝そばのかわいらしい花が咲いていた。

金平糖のようなつぼみを持ちその一つ一つから淡いピンクの五弁の花がひらく、、、、

この花の名前の由来は田んぼのわきの用水路などに咲いているからであるが、繁殖力が強くこの草が茂った場所は手入れが行き届かない証拠にもなる。

そして、休耕田ではたちまちのうちに繁茂して、一面のお花畑に化してしまう。

花言葉は純情だというが、、、、、

 

ガソリンが急速に値を上げている。

コロナ禍からの脱却したとするアメリカや中国が経済に舵を切ったのと産油国が算出を抑えているに加えて円安が影響しているからという。

普段自分が乗っている軽自動車は3,000円まで入れたことがないのだが、一リットル154円のためきれいにタンクに収まったようでセルフサービスの給油所の清算窓口からはおつりが戻ってこなかった。

先日、長野に行ったおりどこのガソリンスタンドでも170円の表示が出ていてびっくりした。

値段の高さもそうだが、どこも同じ値段だということはカルテルを結んでいるというしかない。

この辺のところは独占禁止法などの適用がどうなっているのだろうか。

あまりの高さに、帰ってくるときこれくらいあれば静岡まで持つだろうと、10リットルのガソリンを注ぎ足して帰ってきたのだが、、、、、、

 

今日は十三夜、ここしばらく曇り空だったので今年は見られないのかと思って仰ぐと、薄い雲を通してうっすらとぼやけた月が義理堅く出ていた。

 

 

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2021年10月17日 (日)

荒れほうだい

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あさから細かい雨が降っていた。

本当に細かい雨で顔に掛かってようやく気付くくらいの雨なので濡れるというところまでいかない感じ。

山を歩いていて霧の中で遭遇するくらいだから、”湿度が強い”と言った位の感じだったので、傘も持たず散歩に出かけた。

資金家の周りでは遊水地の工事や水道管の漏水漏れに加えて大規模な地下排水管工事が行われており、あちこちの道路で通行止めが発生している。

そんな中での散歩だから勢い田んぼの中の農業用道路を歩くしかない。

こちらに来た40数年前はまだ麻畑は田んぼだらけだった。

しかし、次第にコメ余りもあって減反政策は年々厳しくなり、追い打ちをかけるように農家の高齢化もあって耕作地は放棄され荒れ始めた。

自分たちが畑にしている場所もそういうところだが、人に貸すことを嫌う農家もあって年々その面積が増えてきている。

写真の場所も3年前までは米が植えられていたが、いったん止めると田んぼはセイタカアワダチソウで埋め尽くされたちまちにして原野に戻ってしまう。

戦後の食糧難のころ、この土地を田んぼにしようと百姓の人が鋸や鎌で開き鍬で少しづつ切り開いて作ったそうだが、コメ余りに加えて泥炭化している土地の米は味がよくない。

いろいろと試したそうだが、、、、、、、、

 

 

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2021年10月16日 (土)

吾亦紅

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誰が名付けたのか知らないが吾亦紅という名前が好きだ。

真っ赤な花が数ある中で、我も紅であると主張するところがなんとも言えない。

日本には赤に分類される色の名だけでも100種類を超えるそうだが、吾亦紅の色は紅というより暗い臙脂というか赤色の主流からは随分と離れているようだ。

「それでも私は紅です!」と

 

叔郎さんはきっぱりといった「私は協調性がないので日本にはいられないのです」と

自分も中学までの通信簿に協調性がないとよく書かれた。

いとこの子供が母親から「もう少しうまく立ち回って出世を目指したらどうなの?」って言われたときに、「じいちゃんがあんなで、父ちゃんがこうだろ、なんで俺がおべんちゃらをこける?」って答えたそうだ。

飛騨には昔から反骨精神が旺盛でいわゆる協調性に欠けるものが多い。

自分の親類関係を見ても父方にも母方にも出世したものがいないのは、飛騨伝統の”ねじべぇ”が身についているためらしい。

協調性というのは本来それぞれの考えを合わせて一つのものに作り上げるのが筋であるが、日本でいう協調性は「上の人の言うことに素直に応じる人」とか「学校で人とは別な意見を言わず素直についていく生徒」みたいなところがあって、各自の意見を持たないで”長いものに巻かれろ”という教育を小さなころからしつけの一環として行ない、身に染み込ませた。

わけも理屈ももない校則で縛ったのもその一環であろう。

したがって、選挙の際もその伝統が生きてきて、お上の気にいる候補に投票するのに疑問を持たない人がたくさんいる。

これを忖度という。

「吾亦紅」人がどういおうと自分の信念はしっかり持たないと国際社会でも日本字は何を考えているかわからないという批判を肯定していることになる。

 

 

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