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2005年8月 4日 (木)

ええいッ面倒くさい/解散だ/

  朝辞白帝彩雲間   千里江陵一日還

  両岸猿声啼不住   軽舟巳過万重山  李白

P1010108 中国 揚子江にダムが出来て水位が140mも上がり、漢詩の世界がなくなると聞いて、揚子江ツアーに参加したのは、もう10年以上前の話になった。

7/30のブログに書いたが、父親が武漢の少し手前で、負傷して帰ってきたのが昭和13年。その付近も見たかったのが参加の一因だった。

上海で乗り継ぎ、重慶に着いたのが夜になってからだったので、揚子江を見たのは夜が明けてからのこと、思っていた以上に川が汚れていたことと川幅が想像していたより狭いというのが印象だった。汚いというのは、泥水でなく工場廃水や下水設備の不備によるもので、そんな状態のなか、大小の船がひしめき合っていた。

河は市街地から30mくらい下がっており、荷物の上げ下ろしは人力が主になっているため沢山の人で賑っており、さすが、人海戦術の国と思った。

P1010113 大きな客船で、一日降った翌日、小三峡という支流を観光することになり、12~3人乗りの小船に乗り換えて二千年以上前の遺跡を見、さらに小船に乗り換えて竿と綱による人力の笹船で上流に向かう。

こういうやり方は昔日本でもあったようだが、はだかの肩にロープを食い込ませ、汗みどろにになって船を引く人を見ると、なんとも座っているのが居心地が悪くてしょうがない。

そのとき、ガイドの説明によるとこの人たちの日当は一日200円程だが、この辺ではいい賃金だそうで、やりたい人が沢山いるとのことだった。

これには、驚いた。上海で入った店のコーヒーは1杯400円もし、中国にしては高いと思ったが、中国人もかなり入っていた。しかし、この船を引く人があのコーヒーを見たら何というだろう。

江戸時代、飛騨は山高く寒冷な地のため、米を作る土地もなく人々は非常に困難な生活を強いられ、何度もの飢饉で餓死者が沢山でた土地柄だった。(餓死者のことをガッシンと呼び、いまでも自分の友達は大事に守っている)

こうしたなかで、大名にお金を貸すだけの余裕がある裕福な商人が何人かいた。当然飢饉や百姓一揆の時などは、日ごろのうらみつらみが出てしばしば打ち壊しの対称になるため、何かあれば寄付などをして、うらみを和らげようとし、その結果が高山や古川の絢爛豪華な屋台となっていまに残っている。

一つの国や町の中で貧富の差が大きすぎることは、怨念を生む。中国はその差がさらに拡大しているようだ。

先日も中国国内で対外試合に観客が暴徒化している。新聞などでは観客のマナーの悪さにしている。国民性もありまったくそうではないと言わないが、本質は日ごろの鬱憤にあるとに思うのは、自分だけか。

アメリカでもそうだが、内政に行き詰ると外交問題(イラン イラク 北朝鮮)をアピールして、国民の目を逸らせようとする、北朝鮮しかり。

日本も国会のゴタゴタや官僚の不祥事があまり出すぎると、外交問題?としたいが。北朝鮮による拉致も国連の常任理事国も全てアメリカ頼み。で、進展しそうもない。

「どうしょう どうしょう ええい/面倒くさい解散だ/」

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