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2005年8月 6日 (土)

原爆被災60年に

広島で被爆し、救護に携わったドイツ人神父がその年の秋にアメリカのマンハッタン計画の責任者に送った手記がある。それには「たとえ目的が正しくても、今日のような総力戦が正当化できるのか」という問いかけで締めくくっていたとある。

いま、世界はテロに怯えている。その人の思想 信条に関係なく誰でもが被害者になる可能性がある。原因としてはそれぞれいくつかあるが、一番大きな原因はアメリカという国の独善主義、過剰な国益主義、ブッシュたちの倫理観がパンドラの箱を開けたと見て間違いないし、そのことをアメリカ人の多数が自覚していないようだ。

先日NHKの、「アフリカ 0年」という番組の中でアフリカの石油 地下資源をめぐってアメリカを含む西欧各国が権益を広げるため手先のアフリカ人に武器を与え内戦状態にしていることが、アフリカの発展 成長を妨げていると紹介していて、見ていても嫌になった。これらの国はアフリカの安定は望んでいないようだ。

20世紀は、戦争という名目で各国が無辜の民を大量殺戮し、21世紀は、テロとその報復としてやはり弱者が殺されている。(ひとり殺せば殺人者、戦争の名を借りて沢山殺せば英雄は、いまも健在)

まえに、海外ツアーに参加したとき、広島から来ている人と親しくなり話をしていると、しばらくして「実は私は原爆被災者でして、、、」とまるで伝染病患者みたいな話し方をされて驚いたことがある。その人によると原爆に被災した人には少なからず差別があるという、子供の縁談をふくめていろいろと、、、。

過去の歴史の中で、永遠の繁栄を続けた国はない。ローマにしろ、スペインにしろ、大英帝国にしろ、中国でも栄枯盛衰はくりかえした。アメリカも未来永劫ではないはず、しかし、人生80年としてもアメリカの衰退を見ることは自分の人生から言って難しそうなことが、残念である。

敗戦から60年、戦争を知らない人はますます増え、若者は保守化し憲法を変えようという動きが強まっている。しかも、その内容も為政者に都合のよくなるように、と、衣に隠して。

いかんいかん はなしがむつかしくなる。 

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