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2005年9月12日 (月)

目をしらくら

地面の下をこね回してきたものとして、現場でよく聞かれた質問に、「ここに温泉は出ないか?」というものや「金の塊を掘り出したことがないか」と言うものに混じって化石とはなにか、と言うものが多かったので、今日は化石に絡んだものをひとつ。

一般に、化石と言うとよく評判になる恐竜の骨格などのでっかいものが知られているが、いちばん化石として残りやすいものは藻とかサンゴ、貝など海や池の底にに沈んだ後上から細かい泥が堆積し、圧縮を受けて出来たものが多く、普通の人は細かすぎて見過ごすことが多い。

地上にいたものは、バクテリアに分解されたり風化され、粉ごなになって消えてしまうものがほとんどで、ひとつでも化石が見つかると言うことは、その時代その場所にかなり沢山いたということである。

そして、広い意味で化石とは、動物の足跡はもちろんミイラや万博に展示されたマンモスなどもはいるのである。

以上前置きが長くなってしまったが、いままで、地球上にいろんな生物が交替に栄えてきたが、いずれも永遠であったものはない。もちろん、人間もその範疇から逃げられないものだろう。

とすると、人間の化石は残るのだろうか。たぶん、他の動物に比べると、死後火葬という手段を取る所が多いので、きわめてまれな存在になる。しかし、人間ほど地面をいじくり返した生物がいないので、これが後の世に化石として残り、何億年か後に、地球の表面ををめちゃくちゃにした生物として名を残すことになると思う。

よく、人は一代名は末代とか、芸術や文章は永遠だと言われるが、それは人間の歴史の上だけでのこと、三葉虫にしろ、アンモナイトにしろ、恐竜のように一時期世界に君臨した生物は、急激な環境の変化についていけなくなって絶滅し、切り抜けて後代に子孫を伝えた生物はその時代小さくて隠れ住んでいた生物(中生代はネズミやゴキブリ)だと言う。

ということは、人間もこの先に来る変化に対応できない種類に属している可能性が大きい。日本人の常識「湯水のごとく」やアメリカ人の石油の無駄遣いを反省しなければ、近い将来の人類絶滅はさらに早くなる。

仏教では、釈迦入滅後の56億年に阿弥陀様があらわれて、人を救ってくださるそうだが、出てこられた時には救うべき人どころか、地球がなくて「はて、わしは出どころをまちがえたのかな」と目をしらくら(静岡方言で白黒)されるにちがいない。(注 最後はいい加減なので目くじらを立てないでね)

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