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2005年9月20日 (火)

老人笑うな 行く道だもの

P1010124 子供叱るな 来た道だもの

   老人笑うな 行く道だもの

なにかの手ぬぐいだったかに印刷されていた文句だった。出所がどこかは知らない。

若いころ、少し立場が偉くなると一段高い所に上がって、まず「エヘン!」と咳払いをして挨拶する人に「ヘン なにを偉ぶって、、」と思い、食事の後につまようじでシーシーと歯をほじくる人、道端にたんを吹き飛ばす人などをみて、若い正義感みたいなものが燃えた思い出がある。

ところが、年をとってくるとそれをしなきゃならないようになってきた。道端の痰はは別にしても、しばらく、声を出さないでいて、いざ話し出そうとすると、喉に違和感がありおもわず咳払いをしないと、声の調子が分からなかったり、奥歯を抜くと歯が少しづつ奥に移動するらしく、前歯が隙歯(すきっぱ)になり食べかすが、詰まったまま悪臭を放つようになるし、つまようじを使うとすっきりするため手放せなくなる。

年をとると言うのは、こういうことかといまさら思い知らされる。

テレビの1場面で「ご長寿早押しクイズ」と言うものがあって三人の老人に問題を出して答えさせる番組があるが、その答えっぷりにはじめは、やらせでわざとヘンな答えを言うように仕向けているのかと思ったら、どうも、あの年頃の老人の平均的認識と差がないらしい。先日このテレビを見ながら同席していた85歳のおばあちゃんに「答えが分かる~」と聞いてみたが「質問が分からない」と言う返事だったのでいい加減の答えをしているのが当たり前なんだと実感した。 

我々にも、今の若い歌手や流行語を質問されたら、やはりトンチンカンな返事をして笑われるのと同様なのだ。

それにしてもこわいのは、その人の生き方が出てしまうことである。このくらいの年になると、いままで理性では、こんな場所でこんな言葉が不謹慎だと抑えていたことも開放されるのか、なんでもありの発言になっている。そして、自分を見ても、恥ずかしいとかカッコ悪いとか、外面をあまり気にしなくなって、完全に予備軍になっている。

これからの人生、もし長生きしてあの年頃になったら、なんとか、いいおじいちゃんと可愛がられるように、なりたいものだ。

老人笑うな 行く道だもの  を肝に銘じて、

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コメント

そうでしたか、「老人笑うな、、」は犬山が発祥の地でしたか。

しかし、そのほかに届いたメールには「負うた子に教えられて浅瀬を渡る」というのもあるので、あまり、老人風を吹かすなと注意されました。

人の社会は難しいですね、これほど言葉がありながら、なかなか思いが伝わらない。長年連れ沿った人でもしょっちゅうぶつかりあう。ましてや、一期一会ではね、、

とにもかくにも、年ですから、ぼけ、寝たきりになって、まわりに迷惑をかけないように気をつけていくのが、これからの目標にしていきます。

投稿: オラケタル | 2005年9月23日 (金) 21時56分

敬老の日の19日付け中日新聞「中日春秋」欄に、たまたま
同じ名句が紹介されていました。それによると、愛知県犬山市の掲示板に張ってあったビラの言葉で、これを見た永六輔さんが18年前に自著の「無名人名語録」に収めて知られるようになった。「岩波ことわざ辞典」にも永さんの話とともに紹介された名句のよし。取りあえず参考までにコピーを郵送しました。「雪は野原をうずめども、老いたる馬ぞ道は知る」は平家物語の一節。馬に限らず老いたる者だけが知る道、持つ知恵があるとの教え。笑うので無く、「年より見習え行く道だもの」人生を全うする姿に学ぶことは多いはず。

投稿: 二反田 富彦 | 2005年9月23日 (金) 16時04分

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