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2005年11月 9日 (水)

はだかで勝負

名刺に肩書きがなくなってもうすぐ2年になる。いまでは、名刺そのものも使う場がないので持っていない。

しばらくは、何か頼りない気がして、何かで渡すたびに元○○ですなんて、注釈付きで渡していた。しかし、これも自営業だったから仕事をいくらか引きずっていたので仕方ない、と自分に言い聞かせた。

これが、同じ元でも、官公庁を退職してからでは笑いものだが、一度ならず見たことがあるし、元何とか議員というのも見た。「議員を辞めればただの人」にはなかなかなれなかったんだろうね。

いまでは、肩書きなしも身について、無職です。年金生活者です。と平気で言えるようになってきたが、遠くにいる親戚や知人には、静岡の、と土地を頭に載せているが、あとは、苗字だけで済ませている。

土地を頭に載せているのは、昔からあるようで、那須与一にしろ、熊谷直実や新田、足利をはじめ、歴史の中ではざらに出てくる話しである。

日本人は前にも書いたように、集団の一員であることに安心感を憶えるらしく名刺を重要視するし、貰った方もあの会社の社員ならと信用する。おかげで似たような会社名を名乗ったり、首から写真入のカードをぶらさげた営業マンが来る。

大きな集団に所属していることで自分が偉い人だと錯覚して、威張り散らす人もよく見受ける。激しい受験戦争をきりぬけて、就職した努力は認めるが、それが全てではないはず。

お役所や先生と言われる人の中に多いのは勿論だが、仕事で知り合ったゼネコンの所長がこぼしていたのは「下請けの人が、若い職員をチヤホヤするもんだから、実力もないくせに、すぐ自分は優秀なんだと錯覚してしまうのが結構いる。学校でたての若造をチヤホヤしてくれるのは、後ろ盾の会社があってのこと、というのに気付かないんだから困る」

「紳士ならびに淑女のみなさん、あなたが営々として築いてきた肩書きはいずれなくります。人生はそれからも結構長いのです。裸で勝負できるように今から心がけておかないと、さびしい余生になりますよ」

ついでなから、肩書きで生きてきた人に多いのが認知症いわゆるボケですが、退職後、自負していた功績を誰からも認められない失望感が大きな原因と聞きます。せめて、連れ合いの人だけでも人だけでも我慢して「あんたは偉いッ」とまつりあげていただきたいものです。

「エッ もう遅い? 疲れましたか/」

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