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2005年11月12日 (土)

たて飢えたるもの

P1010039 たて飢えたるものよ いまぞ日は近し,,,,,,,,,,

インタナショーォナールわれがもの

秋風と共に大音量の街宣車が小さな町を駆け巡った、小さな山あいの町だからどこにいても聞こえる、遠く近くに何回も聞いているうちにうろ覚えに覚えてしまい、鼻歌交じりに歌ってみた。すると、ちょっとばかし偉い人から「おまえ アカか、そんなもんにならんように」と言われた。

昭和32年、まだ、米が配給される時代、食い気は最高潮だった。就職した会社の独身寮は1日の食費が100円程度で、会社は出勤した者に10円の補助を出していた。

このころの10円は大きかった。われら新入社員の給料は1日247円、独身でもエンゲル係数は4割をこした。(いまの若い人はエンゲル係数といっても分からないだろうが、収入に対する食費の割合で、所帯持ちで5割をきるのが夢だった)そして、食べ盛りの少年は寮の食事だけで足らず、毎日10円のコッペパンを買い食いしていたので、実際はもっと高かったものと思う。

話は戻る、この10円をどうするか。寮生の集会で決めたのは、ご飯を秤にかけて欠勤した人から10円分引くことになった。以来、賄いのおばちゃんが麦の入ったご飯をアルミの小さなボールにいれ秤にかけ「出勤?欠勤?」聞きながら量を加減し、こちらのどんぶりにポンと入れてくれた。ところが、一度秤にかけたご飯が多すぎるとシャモジで適当に削り、計り直してくれない。米一粒でも余計に食べたい身にとっては、恨めしい気持ちで受けとったものだ。

そして、いつものことながら良い男や、好いたらしい人には、氷川きよしの「ズンドコ」でないが少しおまけ付きと来ると、若い義侠心はキリキリと傷み,,,,,,,、でも、おばちゃんに少しでも気に入ってもらって量を増やすよう手だてをした。とにかく、食べ物を前にしては意気地がなかった。

昨日の新聞の片隅に韓国は東亜日報の記事として、北朝鮮では仕事に出てこない者の米の配給値段を15倍にしたと言う記事を見て、本日は昔話を一語り。

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