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2005年12月12日 (月)

モット 愛して

木枯らしとだえて 冴ゆるそらより

地上に降りしく 奇(くす)しきひかりよ

ものみないこえる しじまのなかに

煌めきゆれつつ 星座はめぐる

先ほどから窓の外でかなり強い木枯らしが吹いている。

電気を消して外を見るに、ひところよりいくぶん小さくなった火星をはじめ、久し振りに賑やかな数の星がまたたいている。

子供の頃のような星空は望むべくもない。スバルも前は七つ数えられたし、オリオンも斜めに三つのベルトが目じるしだったが、今ではそれら全部が見えないほど町の明かりが強く、北斗はどこに、と目を凝らさねばならない。

しかし、キラキラゆれる星は上空が澄んで、風が強く吹いているあかしであり典型的な冬空を物語っている。

さて、京都 清水さん恒例の今年の一字というのが今日発表された。

応募が一番多かったのが{愛}だったそうで、管長さんが太い筆で見事に書き上げていた。テレビの解説では愛の付く人が活躍したり、めでたい結婚式があったりしたほか、子どもたちの受難から、もっと愛をという願いを込めて選んだ人が多かったのではといっていた。

愛とは、かなり抽象的な言葉でありいろいろな意味に解釈できる、とくに一字にするとその範囲が大きくなるし、この言葉を重要視するのは、どちらかと言うと女性に多いのではないかと思う。

男はというと語弊があるかもしれないが、愛という言葉を女性から言われると何か束縛されるような気がして、逃げ出したくなる。

また、国を愛すると言う意味で愛国という言葉もある。本来はいい響きを持つはずの言葉であるが、やはり抵抗感を持つ人がたくさんいる。愛というものはあくまでもこちらから自発的にする無償の行為であって、相手から強制されると、たじたじとするものである。

文豪ゲーテの最後の言葉として「もっと 明かりを、、、」と言ったそうだが文豪でない貴方は「もっと 愛して、、、」といわないでほしい。

最後にべサメ ムーチョをひとふし

べサメ べサメ ムチョ コモシ フエラ エスタ ノチェ ラ ウルテイマ べス 

私にキスをして うんとキスをして まるで今日が 最後の 夜であるように 

  

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