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2006年1月24日 (火)

貧乏は宝

この年になると、人間 貧乏に育つことは宝だと思っている。

自分は、父親が給料取りになるのを嫌ったため収入の安定しない家に生まれ、兄弟は5人いる。この父親も戦後どうしょうもなくなって会社勤めに入ったが、5人の子どもと酒 道楽好きなどで、他の同級生に比べてもかなり貧乏な方だったと思う。

さらに加えて、戦後の何にもない時期なのだから、その生活程度は今の人に説明しても当時の情況は分かってもらえないだろう。

食べ物や着るものは、我慢するのではなく無いのだ。おかげで味の分かる年になってからその欲望が充たされた時の感激はひとしおである。

今でも憶えている食べ物のひとつに”支那そば”があるが、高校生になって始めての給料で食べた。匂いは以前から嗅いでいたがこんな美味いものが世の中にあったのかと本気で思った。当時一杯45円は非常に高価でありそうそう食べられるものではない。

また、成人式に間に合わせるために月賦で買ったスーツなど、自分の力でやったという充実感を味わったことをいまだに覚えている。

味覚と言うものは、ある程度年をとらないと完成しないものだと聞いた。それなのにバブル期以降に育った子どもの中に、幼児のころからウニ イクラ トロなど高級品を口にし、ブランド物で身を固めているものがかなりいる。

ほしいものは特に無いで、育った子どもは感動すると言うことを知らないだろうと思う。

それと言うのも、我々戦後育った世代が子どもに自分と同じ思いをさせたくないと言う一念と、少子化でお金をかけることが出来るようになったせいではないだろうか。それが裏目に出てきたのだ。

ものに感動すると言うのは若い人の特権である。感動 感激というものは長年の望みがかなった時ほど大きい。子どもには我慢を憶えさせようぜ。

そのためには、世のじいじ ばあばのみなさん。孫の財布にはならないようにしようじゃないの、かわいい孫から感動という喜びを奪ってしまうことになる。

本日のブログは「季節の小箱」さんの1月15日”おしるこ”にヒントを得て書きました。

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コメント

nakapaさま

貴方のブログを見せてもらいました。
同世代でしょうか。
貧乏に対する考え方も感じ方も少し違うようですね。
私は、田舎育ちですから、戦災には直接あっていないのですが、戦後の食べもの不足には悩まされました。
しかし、両親がいましたので、同世代の戦災孤児たちより恵まれていたことはたしかです。

いずれ、あなたのブログにも立ち寄り意見交換をしたいと思っています。  どうぞよろしく

投稿: オラケタル | 2007年12月 3日 (月) 21時30分

はじめまして、
貧乏は宝と言えば宝ですね。過ぎてしまえば懐かしさえ、感じることがあります。
私もいろいろ考えさせられました。戦後の焼跡で育ち、衣食住を失い、惨憺たる暮らしでした。
その為、現在の幸せを毎日感じながら暮らしています。まったく何が幸いするか分かりません。 世の中無駄なものはないものだとつくづく感じています。

投稿: nakapa | 2007年12月 3日 (月) 16時51分

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