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2006年2月 9日 (木)

武士道と騎士道

おもえば元暦 源平のしのぎをけずる合戦に

敵と味方のときの声 松吹く嵐 波の声 入り乱れつつ騒だちつ

坂東一の旗頭 熊谷直実 敦盛を扇をあげて呼び返し 涙と共に打ちにけん

おそらく小学校に入る前の歌で、脳裏にしみこんだ歌詞のひとつである。この唄はを知っている人はいるだろうか、それとも田舎歌舞伎の挿入歌で、世間一般のものではなかったのかも分からない。(もし心当たりがありましたら教えてください)

話は変わる、今日ようやく佐藤賢一の「双頭の鷲」という本を読み終えた。上巻を読み始めたのが昨年末だから一ヵ月半かかったことになる。文庫本ながら千ページを超えているせいもあるが、根気がなくなったことが大きい。

彼の本は長い、前に読んだ「傭兵隊長ピエール」もそのくらいあった。いずれもフランスとイギリスの百年戦争を題材に取ったもので、傭兵隊長ピエールはジャンヌダルクを絡ませ、双頭の鷲はフランスを危機から救ったゲクラン元帥を主人公にしたものである。

詳しい内容を説明すると長くなってしまうし、脚色が多くて歴史的価値でなく騎士道物語的な小説なので面白おかしく読むに飽きの来ない小説である。

この中ばかりではないが、この時代の闘いは抵抗を止めれば、身代金目当ての捕虜になりその間敵地で厚遇を受けることができると言うことである。

もっとも、身代金も払えない雑兵はどうなのか分からないが、サラセンと戦った十字軍にもそんなことがあったそうだから、上下をあげてよく闘ったとして不名誉なことではなかったようだ。

一方、日本では最後まで華々しく闘って切り死にすることが美学であったようで、熊谷直実も西洋式考えが日本にもあれば、敦盛を捕虜にして身代金を取れたのに、年端も行かない少年の首を切らなければならず、それを悔いて坊さんになってしまった。

騎士道とは、幾たび負けてもチャンスを生かしてチャレンジすることにあり、武士道とは「死ぬことと見つけたり」という言葉にもあるように命を軽く扱ってきた。

この思想が、先の大戦で「生きて虜囚の恥かしめを受けず」という戦陣訓にまでなり、ガダルカナル ミッドウエイ イラワジ川 沖縄などで死ななくても良い命を大勢なくしてしまった。

(そして、作った人たちはおめおめと生き残り、死刑の後、靖国神社に祭られ、また隣国と摩擦を起こしている罪深い人たちだ。)

騎士道物語が西洋一般の思想に影響を与えているとすれば、武士道も日本に影響を与えてきた、教育や宗教と言うものはこんな所からも大切なものである。

今、ヨーロッパでイスラムを風刺した絵が騒ぎの元なっているが、これも思想の違いが地球規模になればと思うが道はなかなか遠い所にある。

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