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2006年3月15日 (水)

人生ドラマというけれど

今度はトリノでパラリンピックを行なっている。

日本はこの大会に40人の選手団をおくって、金メダル1コで終わった冬季オリンピック以上の成績を上げているが、マスコミの取り上げ方は極端に少ない。その裏にはなんだかあるようだが、素直に喜んであげたいものだ。

パラリンピックは、当然のことながら身体のどこかに障害がある人の大会だが、選手の中にかなりの人が生まれつきの障害でなかった人が占めているようである。

人生の途中で身体が不自由になり、そこから這い上がってきただけに、それぞれが壮絶なドラマを持っているようで解説者から経歴を聞くたびに、「人生はその人その人のドラマの集大成というけれど、おれには出来ないことだ」とその精神力、不屈の闘志にに感心するばかり。

その一方で、この大会に参加するには、国なり周りの体勢が調っている事が必要であるため、先進国に限られ全体の参加者も少ない。

願わくば、全世界から参加できるようになればと、本日は真面目に話す。

一方、いまアメリカでは国別対抗野球が行なわれている、誤審(?)さえなかったら、野球発祥の国アメリカはすでに二敗を喫していることになり、面目はまるつぶれになっていたはず。

野球のことは知らないので、アメリカチームの選手がどの程度のクラスかは分からないのだが、誤審?した主審のクラスからしてあまりこの大会に関心がないらしい。

しかし、関心がないからといって、国技とも言うべき競技の国際大会をを軽視し、唯我独尊になっている国のスポーツは、オリンピックはもとより国際競技としての資格はないだろう。

それとも、大したことのないレベルの野球にシャカリキになっている国のほうがおかしいのかな。

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