« いずれがあやめか | トップページ | 四六の蝦蟇 »

2006年5月 8日 (月)

山登り

P1010011 今日の表題をよした方がいいのではないかとか迷っている。

最近、空の具合と自分の都合が合わず、山から遠ざかっている。

今日の霧雨もだが、5月2日も朝の天気を見てとりやめた。案の定霧ごんでいた安倍川筋の山は雨になったようだった。

自分は、登山と山登りを自分なりに定義し、登山はしないことにしている。

先日、旧春野町の岩岳山の遭難騒ぎは、翌日全員が無事救助されたものの、ここ数年ブームになっている中高年グループによる山登りであり、一般には「またか」という感想をしかないのかと思う。

昭和30年代、ようやく生活にゆとりも出来始め夏山が若い人の遊び場として、我も我もと登りだしたころであり、その後の結婚、子育て、会社人間から解放された人が、さて何をするかと考えた時、昔取った杵柄で登山を思い出し、体力の衰えも省みず登りだしたことが原因だと思う。

その証拠に、山道を歩くとほとんどが中高年。自分もその中の一人であり、人のことを言える立場ではないが、それだからこそ安全に気を配っているつもりである。

「雨や嵐の後の風景は格別なものがある、困難に挑んで成功した時の充実感は、退職後久しく味わっていないだけに癖になりそう」というのは分かるが、気持ちだけでは追いついていかない。

昨年、ある山で出会った女性グループは、へばっている人に、もう一人が「折角ここまで来たのだから是非登ろうよう」と、励ましていたが、グループ登山もこうなると難しく、勇気を持って撤退と言うのは難しいようだ。

また、笠が岳の雪崩事故も、ここがこの時期、雪崩の常襲地帯であり、過去の何十人も呑まれていることを知ってのことだったのだろうか。

中途半端な書き方になったのは、自分もいつなんどき同じことをしかねないという気がするからであるが、迷ったら元の道まで戻って確かめる、谷には降らない、自分の体力は自分が思うよりずっと衰えている。を原則にボツボツ登ろうと思う。

なにせ、暇人。足腰や健康から言って「時間はまだ充分だ」、とは言えなくても「登れなくてもどうあらずよ」の気持ちが大切。

|

« いずれがあやめか | トップページ | 四六の蝦蟇 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 山登り:

« いずれがあやめか | トップページ | 四六の蝦蟇 »