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2006年5月25日 (木)

武田流築城の丸子城

P1010034 丸子城に朝早く登った。

国道1号、安倍川の西3kmの所にあるこの城跡は、朝になると通勤渋滞を起こすため、それが始まる前に行こうと思い城のからめ手になる誓願寺の駐車場に7時少し過ぎに車を入れた。(写真左 城から見下ろした国道1号)

山門に近い駐車場は人影もなく、昨夜降った雨で、空気は涼しいくらいに冷えて気持ちよかった。

この城は、室町時代に今川氏により作れたが、その後甲斐の国から侵略してきた武田氏によりいまの形に改造され、徳川時代初めに廃城になってものであるが、武田流築城の面影を色濃く残しているとのことだった。

道は、工場の裏の私有地みたいな所に細く伸びていた、看板が無ければチョット入りにくい場所である。山すそについてからはきちんと整備されているが、およそ史跡に通じる道とはいえない。

コンクリート偽木で作った階段状の道の両側に、花ミョウガが赤いつぼみを無数につけて咲き出しを待っている。5分ほど直登すると矢竹の茂った尾根に到着。

ここから先いくつもの出曲輪といわれる階段状の防御施設跡を抜けたあと、標高136mの頂上に着く。

頂上は平に均され今川本丸跡といわれる広場とそれに連なる、三つの曲輪跡がぐるっと羽を広げたように東海道を見下ろすように配置されている。

そして、その斜面は急峻で、立ち木を切り払えば攻め上るのは至難のことであるのを思わせ、まことに地勢を利用した縄張りを持つ名城であることがわかる。

降りは、大手曲輪の方にまわって稲荷神社に降ってきたが、もう少し左側の「匠の宿」の付近に丸子館があって、城主らはふだんそこで生活していたことがうかがわれる。

P1010038_1 駐車場へは、そのまま山すその歩道を回りかえってきたが、せっかくここまできたので誓願寺の中庭にある「モリアオガエル」の卵を見せてもらってきた。

卵の入った泡袋はかなり熟しているようで、少し茶色をおびた泡の仲に白い卵を見せていたし、別の池には泡と小さなおたまじゃくしが浮いていたので、多分モリアオガエルの子どもとお見受けし写真にとって帰ってきた。

ぐるっとまわって、家に帰ってきたが時計はまだ九時半だった。

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