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2006年5月30日 (火)

他愛のない自慢

P1010024_1 小学校のころ太陽を直接見たことが何度かある。真昼間の中天にある太陽は青い空に、細い輪郭しかなかったように思う。

20歳前後からだったと思うが、ビール瓶のの口金を歯で外したことが何度もある。斗酒とは行かなかったが、一升酒なお辞さずの時期もかなり長い間あった。

仕事柄、男しかいない社会は、酒自慢、力自慢に始まって風呂の熱さ自慢や食べ物に唐辛子を入れた辛さ自慢に至るまで他愛のない自慢や我慢ができる者が威張っていた。

これも、一種のマッチョだったか、鎌倉時代末期から室町時代にかけて流行した婆沙羅や江戸時代に入ってからの男伊達に通じるものがあるのか。そういえば、「たけのこ族」や「やまんば(山姥)」も同様なのかもしれない。

世の中平和になると、時流に乗りはぐれた人々が、その憂さ晴らしから奇抜な服装、行動に出る。そして、一過性のそれはいつのまにか跡形もなく消え去っていく。

自分たちも同じように仕事している間だけの自慢だったらしく、素浪人になるとからっきし意気地なしになる。

目は乱視が入って遠くのものが二重になり、歯は歯周病でガタガタになり固いせんべいは、用心をしながら口にしなければならない。

勿論、腕力は衰え鉄棒も逆上がりがやっとの状態。一番哀れなのは、酒の量が極端に落ちたことだろう。飲めなくなったのではない、飲みたいと思わなくなったのだ。

先日の健康診断では、最盛期に比べて身長が3センチも縮んでいた。

いよいよ、人生最後の支度にかかってしまったのか、いつもの散歩道の途中にある東屋(あづまや)のまわりに今日は中学生が、5~6人単位に分かれてきていた。

聞けば、「そうごう学習」だとのことで、あちこちを探検するのだそうだがどの組も何てことなしに群がっているだけ、「先生はどこにいるの?」と聞けば「さっきあそこにいた」というだけ。

この子達を見ていて、思わず50年前の自分にかさねてみた。50年前、この子らにすれば大昔のことになるんだろうな。想像外の世界なんだろうなと思い、昼の飯時間が迫ってきたのでその場を離れた。

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