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2006年5月28日 (日)

秋津島

P1010047 昨夜からの雨も午前中で上がり日が差してきた。(写真は今年始めて見た猩猩蜻蛉 麻機遊水地で)

途端に雨のためか、吹き込んでくる風のためかは分からないが、P1010022_1 湿気が強くなって、むし暑くなった。(写真はシオカラ蜻蛉の日向ぼこ)

そのため、いつもは午前中にする散歩を3時半過ぎまで延ばし、散歩コースもついでに変更して、流通センター北側の遊水地に向かった。

こちらは今年工事が行なわれていないため、草ぼうぼうになり、少々荒れ気味であるが虫や鳥 魚にとってはそのほうが良いらしく、ヨシキリがあちこちで大声のおしゃべりをし、蜻蛉も糸蜻蛉 シオカラ蜻蛉 猩猩蜻蛉らが飛び回っていた。

さすがに、大倭豊秋津島(おおやまととよあきつしま)といわれるだけもことがあると感心した。

日本では、古代国の名前にトンボを入れたぐらいだから、トンボの印象は良いのだが、西欧では不吉な虫に入れているそうだ。

さて、「日本は単一民族の国だから、、、」なんていう人をときどき見受ける。たしかに、同じ言葉を喋り文字を書き、文法も他の国と違うということから、西欧や中国インドネシアを初め多民族国家といわれる国から見るとそんな感じはする。

しかし、古代日本には南方系(?)の縄文人がいて、その後大陸系(?)の弥生人が入ってきたほか、アイヌの人を初め北方系の人が沢山いたようだ。

さらに、大和朝廷が出来てから、百済人がはいり、現在の日本人はガラガラポンを繰り返して今に至っている。まあ、上品に言えば混血であり、ざっくばらんに言えばモンゴル系を主体とした雑種である。

この雑種が、同じ言葉を手に入れたのはごく最近になってからで、たかだか120年ほど前のことだった。明治維新の後、国語を統一しようとしてからのことだから、そんなにたいしたものではない。江戸時代までは、通訳が要るくらい各地バラバラな方言で生活していたことはあまり知られていない。

すこしでも、髪の色、肌の色が違うだけで外人といって敬遠しているが、少子高齢化していく日本は、今後多民族国家にならざるを得ないのではないだろうか。

でも、「外人さん」と言って話しかけもようしない人は、わしら年代から上の高齢者だけなのだろうか。若い人はせっかくの黒髪を茶髪にし、ガングロ化粧で外人を真似ているのだから、あまり、敬遠しないと思うのだが「エツ、カッコだけなの、、」

「紫色に髪を染めている年よりはどうなんだって?」「あれはね、ここだけの話しだけど、黄泉のの国か地球外生物に憧れているんだから気ィつけなよ、だってあんな毛色の人間はいないよ」

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