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2006年6月 6日 (火)

芒種 種亡

P1010055 そろた出そろた 早苗がそろた

植えよ 植えましょ 御国のために

米は宝だ たからの草を

         植えりゃ こがねの花が咲く

今日は芒種。稲などの穀物を植えつける時期を示す日である。

むかし、田起しから代掻き、田植え、草取り、稲刈り、合間の水管理までを全て人力で行なっていたころ、農村の学校では田植えと稲刈りの時期は学校が臨時休校し、子どもは苗運びや子守に駆り出され、大人の仕事振りを見、昼は隣近所の人に混じって土手や茣蓙の上に座っておにぎりを食べたものだった。

しかし、今どの田んぼを見ても子どもの影など何処にもない。いるのは五十代から上のじじばばがほとんどである。

先日法事で集まったときに、坊さんから「今の子どもの躾がなっていないのは五十代から上の人が子どもを甘やかしたせいだ」という趣旨の説教があったと聞いた。

たしかにこの言い方は一理あるように思う。では何故そうなったのか?

今の60~70代の人たちは育ち盛りのころ、「欲しがりません勝つまでは」の時代を経て飢餓の境をすり抜けてきた人であり、そのすぐ下の世代も欲しい物が手に入らない時代を過ごしてきた。

そのため、特に女性に多いと思うが子どもに対して自分がしたかったことをしてあげるのが幸せだと思い、当時の世間の風潮もあって自由気ままなお譲ちゃんお坊ちゃんを育てあげ、その成果の子どもたちである。

その世代が悪いというなら、戦争でその世代をそんな気持ちにさせたその前の世代にも責任があり、さらに国際情勢音痴の国民にした、その先の世代へと行くということになりはしないだろうか。

芒種、日本の出生率はさらに下がって1.25とか、自殺は8年連続で3万人を超えるとか先が見えず明るい見通しが少ない中で日本人は種亡とならないように願う。

半日は明るいはずの田植えから始まったのに、終わりが暗くなってゴメン

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