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2006年6月 7日 (水)

じじばかチャンリン傘もって

午後から雷が鳴り出して2時過ぎから雨になってきた。

学校から孫の家までそんなに距離があるわけでもないが、じじばかチャンリン、傘を持って迎えに行く。

あめあめふれふれ 母さんが

蛇の目でお迎え うれしいな

には程遠いことながら、他の子どもの母親にまじって、ごましお頭のじいじが並んで下足入れのところで待つ。

夕立ちのように一過性のものらしかったようで、4時すぎには陽も差してきた。

よく、子供の頃夕立が降りだすとしばらくは軒を借りているが、いつも、もう少しが我慢できず、飛び出してずぶぬれになった経験が何度かある。

ああいうときの我慢というものは、なかなかむつかしいものである。

もう15年ほど昔になるが、ツアーでフランスに行きパリ南部モンパルナスの小さなホテルに泊まったときのこと、着いてすぐ部屋に荷物を置き、ひとまわり外を見てこようとしてエレベーターに乗り、下の階のボタンを押して下がりかけた時、突然止まってしまった。

あの時はまったく慌ててしまった。少し下がっただけなので、最初はドアに手をかけて広げようとしたが、少し動くだけで開かない。廊下を通る人もいないしフランス語は勿論、慌ててしまうと英語さえ全然出て来ない。

もし、ドアが開いたとして、出ようとした時に突然動き出せばどうなるのか?先だって東京の公団住宅で高校生が亡くなった事故と同じ結果になりかねなかったが、あのように予期せぬ事故の場合慌ててしまう自分が後で恥ずかしく思ったものである。

くれぐれも我慢をし、考えて行動をすると言うことは難しいものである。

ようやく、エレベーター内の電話が各部屋にかかることを思い出して連絡、30分ほどたって救出されたが、その時電話機の上にシンドラーの名を見たのを覚えている。

そして、パリでの事故では、関係者の誰からも一切の謝罪がなかった。人が怪我をしたわけでもなくホテル側の対策が迅速に行なわれたことは自慢でこそあれ謝る筋合いのないものというのがあちらの考えらしかった。日本ではちょっと考えられないことであるが、、、。それに謝ればどれだけ慰謝料を取られるか分からないから、責任はほかに転嫁しておくのがあちらの常識である。

日本での今回の事故も、あちら流のやり方で処理しようとしているようで、住民説明会に製造会社が出席をし、言質を取られることを恐れ拒否しているとのことだが、「世界の常識は日本の非常識」あることを思い知らせ、きっちり責任を取ってもらう必要がある。

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