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2006年6月15日 (木)

おふくろの味

食べ物の好き嫌いは、離乳食以降の周りの大人によって決まるものらしい。

周りの人がおいしそうに食べる顔を見て、これがおいしいものだと舌や歯そして鼻が覚えてくるものだと思う。

それでなければ、くさや、鮒寿司、なまこ、納豆などを経験なしに食べるのはよほどに勇気がいるし、食欲なんかは出てこないだろう。

このほかにも、果物のドリアンや椅子以外の四足は全て食べると豪語する中国料理や各国の下手物料理はよほど腹が減らないと手を出す気にはなれない。

かく言う自分も、母親がかなりの偏食というか食わず嫌いだったため、親元にいた頃は食べられないもが数多くあった。しかし、寮生活や海外勤務で分かったのは三日飢えれば何でも食べられるようになると言うことだった。

しかし、食べられると好物とは違うものであり、男の大半は母親の料理で育ったため、いわゆる”おふくろの味”が究極の食べ物になる。

おふくろの味以外に、面白いと思ったのは、仕方なしに食べていたものがある時から好物になったり嫌いになったりすることである。好物になったものとしては納豆、オリーブオイルと唐辛子のよく効いた料理(とくにソパデクリオージャと言う田舎風スープが好き)などがあり、嫌いになったものの代表として鶏肉がある。

いったいに、南米料理に使用されるオリーブオイルは、濃い茶色をしている上強烈なにおいのするものが多く、紙幣にまで染込んでいる。とくに、ペルーなどでは、飛行場に降りた途端その臭いが鼻につく。丁度日本に来た人が味噌醤油の臭いを感じ取る以上に、、、

それ以降、日本でのオリーブオイルは味もそっけもなく、偽物のような気がして仕様がない。また、鶏肉が嫌いになった原因としては、同じ時に朝昼晩と毎日出されたことによると思う。ではなぜ、日本で三食出された御飯や味噌汁があきが来たり嫌にならないかであるが、これは、冒頭に上げた周りの人が上手そうに食べたのが刷り込まれているせいなのだろう。

おふくろの味とは、味噌醤油の使い方、だしのとり方、素材の鮮度などその土地の料理にその家その家のアレンジを含めて作り出されたもので、決してコンビニ弁当のように何処で食べても同じ味というわけはない。

今回の帰郷でも、山菜や海産物など郷土の味の素材に、なけなしの財布をはたく勢いで買出しをし、ここしばらくの食べすぎ状態が続くものと思う。

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