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2006年6月11日 (日)

カーナビは地名だけ

P1010018_1 兎追いし かの山 

岩魚 釣りし かの川

夢は いまも廻りて 

思いいずる ふるさと

朝8時にいまでは飛騨市役所神岡支所となった、集合場所に集まった人は50人を越えていた。

僅か7軒の小さな集落、無人となってはや25年、住む人のないふるさとの祭りに向かう人々は、いずれもいくぶん興奮気味に一年ぶりの挨拶を交わしている。

十余台の自動車に分乗して富山県との県境にある山の村 伊西地区を目指して約30分山道を登る。ここまでは舗装された道路なので自分もここまで入るがこの先のダートコースは、ジープ型の4輪駆動車でないと無理だとのことで乗り換える。

ジープは右に左にハンドルを切り返し車内の人を揉みたくる、約40分の格闘の末ようやく目的地の傍に到着、車を道脇に少しづつばら撒くようにして駐車させる。

「ここが、家のあったところだよ。水車小屋はあそこ、納屋はこっち」と言われても思い出と現実は合致しない。どの家も壊す前に雪で押しつぶされたとのこと、尺角の大黒柱を中心に50センチ以上のウシ、7センチの垂木がいとも簡単に折られ倒される。家は人が護らないとたちまち駄目になってしまう。自然の圧力の強さを改めて思い知らされた。

P1010024_2 草刈場だったところに目通り3~40センチの木が立って森になっていたり、田んぼだった所にも杉が植えてあり、いたるところにコゴミ(草蘇鉄 山菜)がほうけた葉っぱを広げている。

自分が覚えているのは、綺麗に整備された田んぼとあちらの隅、こちらの山すそに一軒 一軒と散らばって、峠に上ると標高千メートル盆地に谷川が二股に分かれて流れ、さながら桃源郷のような広がりが見通せ、いまの時期、沢山飛び交う蛍を、木の枝でかき分けるようにして遊んだのを覚えている。

年に何回かだが訪れた、父親の在所であり先祖たちが何十代以上(もしかしてそれ以上前)にわたって築き上げた集落は、今は夢の中にしかなくなった。

祭りは、やはり取り片付けられた社の跡に石屋にたのみ作った石造りの小さなお宮さんで、行なわれた。杉木立に囲まれた野天での祝詞は、どこかに吸い込まれてしまうようにか細い。

懇親会の後、山菜採りなどして帰途に着いたが、レンタカーのカーナビは真っ白の中に矢印と「笈破」という消えた集落の名前だけが書かれていた。

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