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2006年8月 9日 (水)

雨も嵐も踏み越えて

Img_0096 こよなく晴れた 

     あおぞらを

 悲しと思う 

     せつなさよ

                 、、、、、、、、、

昭和25年だと思う。「長崎の鐘」という歌の出だしである。藤山一郎さんの朗朗とした声とともに、かなりヒットした歌なのでのちのちまで歌われたが、”青空が悲しい”と言う意味を知ったのは随分後になってのことだった。

長崎の落とされた原子爆弾は、本来ならいまの北九州市の工業地帯に落とされるはずだった。それが、上空に雲がかかっていたため雲のない第二目標だった、長崎に変更されたと聞いたことがある。

雲のあるなしがで、運命が変わってしまったことを表している文節である。今日はそれを思い出しながら、長崎市長のメッセージを聞いていたが、原爆をなくす努力がない世界と、アメリカのダブルスタンダートを非難し、日本政府の努力を促していたが、臨席していた小泉首相にはどう聞こえていたのだろうか。

台風一過、澄み切った青空とは行かないが、油蝉は昨日の雨降りの中でも良き伴侶を探してかすまびしく啼きたてていた。

地上に出てくれば、あと1週間から10日の命だと言う、この間に何とか子孫を残しておこうと出来る限りの努力は、雨も嵐も踏み越える勢いである。

Img_0059 一方、池のほうに行けば、蝶蜻蛉が群れを成して交尾し、水面に卵を産みつけている、先日まで草にとまることなどめったになく、カメラマンを困らせていたが、余命僅かな老蜻蛉になったせいか、交尾が疲れるのかあちこちにつかまって一休みをし、また、群舞の輪に入っていく。

それを見ていて、ふと思った。「昆虫っていいよな、生存率を考えて、沢山の卵を産みっぱなしにしておけば、あとは自力で育つのだから」と

日本人は、いま人口減少期に入ってきた、65歳以上の人口比率が20%を超えた、などと聞くと、今後、蝉や蝶蜻蛉のように頑張らないと日本沈没は間近である。

よしんば、頑張ったとして、生みっぱなしというわけには行かず、20年前後と言われる世話が必要なんだからなぁ。

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コメント

そうです、「花も嵐も踏み越えて、、、」は映画「愛染かつら」の主題歌であり、歌手の霧島昇が最後まで歌っていた曲のひとつです。
戦前に作られた映画なのに当時のヒットは息が長かったのか、それとも、「寅さん」シリーズのようだったのか、出来て10年ほど後だったけど、小学生の時見た記憶があります。

木に止まってなく蝉は雄とのこと、多少の障害は踏み越えていくのが男の道だったのですが、最近は男が弱くなったか、女が強くなったのか。

たぶん、後者ですね。

投稿: オラケタル | 2006年8月10日 (木) 16時10分

僕が最初に覚えた歌が
「花も嵐も踏み越えて~」の「旅の夜風」だったそうです。
僕自身は小さすぎて覚えていませんが、父母がよくそう言ってます。
内容と関係ないコメントですみません。

投稿: こうじ@季節の小箱 | 2006年8月10日 (木) 07時35分

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