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2006年8月15日 (火)

無言館 残せるものを持つ幸い

Img_0138_1 八月十五日、佐久平名物の霧が晴れて視界も良くなってきたが、浅間山周辺は今日も天辺を雲の中においている、左側の北アルプスは快晴なのに、、、(パレットを模した無言館前の碑)

朝早くからというより、ワイドショーの放送時間に合わせて小泉首相が動き出した。先日来この日に靖国神社参拝するとしていたためもあったのだろうが、まんまと罠にはまって、各局とも長い時間に渡って一部始終を放送していた。

大惨事ではあるまいに、他の話題をキャンセルまでして、放送しなければならないほど重要なことなのか、またしても、テレビと言うものの馬鹿さ加減がみえてきた。

今日は、終戦(敗戦)記念日。せっかくこの地に来ているのだから、と前から聞いていた「無言館」を見ようと出かけた。

塩田平、別所温泉のすぐ傍の丘の上ににある無言館は、先の大戦で戦没した画学生30余名、300点の遺作、遺品を集めた小さな美術館である。

絵の具の使い方や上手下手は分からない自分であるが、全てが画学生の身近な人物や景色など写実的な作品ばかりであり、分かりやすかった。

しかし、これを描いた人全てが、20代から30代前半で全て心ならずも、生きることが出来なかった人々である。生きていれば、その後に名作を残せたかもしれない才能を断ち切られた人々である。

遺品となった絵のほかに、手紙なども残っているが、これは検閲などを恐れてか一様でありそのことも戦争の痛ましさをみせている。

これらを見ているうちにふと思ったのは、この人たちは、まだ残せるものを持っていただけ、幸いだったのではなかっただろうか。

自分の従兄弟などは、遠くマリアナで一度は漂流後、助かった命も二度目は軍艦とともに亡くしてているが、名もなき一海兵として何も残していない。

十字型をした、狭い館内に50人ほどもいただろうか、見終わって出る際に500円以上どれだけでもと、料金を払う仕組みになっているのだが、最近では払わない人もいると聞いていたので、”貧乏人の見栄っ張り”もあって倍額を寄付のつもりで払って出た。

そのご、やはりすぐ傍にある前山寺により、参道の欅の巨木と重要文化財三重塔、藁葺きで重厚な本堂を見て帰ってきた。

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