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2006年8月24日 (木)

身体が覚えてる第一

P1010081 二十四節季のひとつ処暑は、昨日だった。

「猛暑きびしくとも、勢いは止まり、冷風が吹き始める」とあった。たしかに、身体がなれたか行く異聞気温が下がったのか、言われてみると勢いは止まっている。

また、七十二候では、”綿の花しべ開く”とあったが、浅学の身、花しべがなんだか分からない。

きのう、宇津の谷で、三々五々手帳と電子辞書を持って散策していた中高年の人たちに聞いてみればよかったと、今頃になって思っているが、文字通り”あとのまつり”

さて、水泳と自転車は一度身体が憶えると、しばらくしないでいても忘れると言うこともないものである。

体力は衰え、バランス感覚も悪くなっているので、むかしのようにとは行かないで、ふらふらとよろめいてはいるが、、、、、

これに付け加えるとしたら、ラジオ体操があるのではないだろうか。自分たちが学校に行っていたときは、第一しかなかったので、第二の方は知らないし、大人になってから何度もやったことがあるのに、こちらの方は身につかなかったらしくそのたびに人の顔を横目で見ながらついていく。

そして、第一の方は頭で考えても手が先なのか足が先なのか分からないのに、音楽を聞くと身体が勝手に動くと言う感じである。

そのラジオ体操を、このごろめったに聞かない。前は夏休みに入ると各町内の人が集まれる場所で、朝早く、カセットテープで大音量の音楽を鳴らし、少しの大人や小さな子どもを含めた小学生が体操をしていたものだった。

まだ目が覚めないのか、だらだらとした動作の子も少なからずいるなかで、大人の方が真剣にやっている。

義務とされている、主人公の小学生は、体操が済んで持っていた小冊子にハンコを押してもらうと目が完全覚めたように急に元気になり、勉強が済んだら昼からどこそこに行こうと約束をしている。

こんな風景が消えてしまっている。何時の頃からだろうか。

たしか、自分の子どもたちはハンコを押してもらったはずだから、そんなにむかしではないはず。

理由は幾つかあるようだが、その中で一番多きいのは、音がやかましいと言う苦情と、地域のつながりがなくなったせいだと言われている。

しかし、本当の理由は、朝早くから起きて騒いでもらいたくない親と、夜遅くまで起きていて、とても起きられない子どもにあるようだ。

以前は理由もなく欠席するのは恥ずかしいことだったが、不登校同様親が子どもに「それ行って来なさい」と尻を叩かなくなって、参加しなくなったのだと見ている。

いつまでも、むかしは、、、、というつもりはないけれど、朝いつまでもダラダラとしているのではなく、生活の区切りという意味と、自分たち朝早く目覚めて身体を持て余している年寄りのためにもあってほしいものだが、、、。

少子化の影響ばかりではなく家の外で遊ぶ子どもを見かけなくなった昨今、野菜同様、季節の特徴も消えてしまったようで寂しい。

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