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2006年9月25日 (月)

やきもちではないつもりが

Img_0129 中学の傍に立つ桜。夏の暑さと虫に食い荒らされて葉をすっかり落としていたが、ここしばらくの気温の変化に反応してか、2輪3輪と花を咲かせ始めている。

51歳11ヶ月余で自民党総裁に就任。>>>>明日、日本では、異例の若さの総理大臣が誕生!、ということになるだろう。

選ばれし家の子。苦労を知らないお坊ちゃん>>>>大学時代はアルファロメオに乗り、祖父 親の七光りの元 順風満帆、  これまでの人生。

そんな人が”美しい日本”を唱え、教育基本法をいじくり、憲法を改めると言う。>>>>”美しい日本”とはなに、景色だけでないはず。戦争をしていた時期をどうみている?

かなりの、危うさを感じるのは、自分よりかなり年下、ということだけのせいなのか。

むかし、アメリカにケネデイなる人が若くして大統領になった時の熱意は海を越えて、自分たちにも伝わってきたが、今回はまったく感じられない。(こちらの年のせいか?)

大臣病、役職希望者に支えられての雪崩的勝利は、ポジションが足りず、すでに第二派閥から不満が、、、、希望が失望に変わったとき、恨みのエネルギーはどこに行くのか。

まったく関係のない自分。若さに対する嫉妬で言っているつもりはないが、新しいリーダーに新しい期待というものがない。

それどころか、どこへ引っ張って行こうとしているのかうすうす分かるだけに心配をする。ともあれ組閣という中でどんな不協和音が更にでるのか、第二幕が楽しみでないわけはない。

しかし、上の写真のようにくれぐれも「返り咲きの花も見ゆ」ということにならないように、、、、。

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コメント

末恐ろしい時代の予感。

明治以降の歴史の勉強を試験問題に出ない、と言ってやらなかった付けが出てきたのでしょうか。

それとも、「臭いものに蓋」をするように、いやなことは「見猿 言わ猿 聞か猿」と現実逃避し、いまが楽しければそれでよい、という風潮が積み重なったのでしょうか。

いずれにしろ「おりゃ~(俺は)知らん」では、落ちるだけ落ちなければ分からんことでしょう。

投稿: オラケタル | 2006年9月26日 (火) 07時00分

ほんの一昔前なら右翼の宣伝カーががなりたてていたようなことが、いまや政治家や多くの人々にも当然の常識のような考えとして定着しかけていることに、不安と危惧を感じるのは、団塊の世代以降の年寄りだけなのでしょうか?
冷戦時代からナショナリズムむき出しの時代に日本が生き抜いていくには、仕方ないことなのでしょうか?

投稿: ナベショー | 2006年9月25日 (月) 23時38分

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