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2006年9月 9日 (土)

くすぐりは耳に心地よし

九月九日は重陽の節句。菊の節句だと言うが、菊はまだ蕾さえわからない状態である。

それもそのはず、旧暦なのだから本当の重陽の節句は今年の場合10月30日になり、そのころなら菊も満開を迎えているころと思う。

菊というものは、昼間の時間を感じて花を咲かせるそうで、それを逆手にとって電照菊など、電灯の照明を調節して、花を咲かせているため、今では年がら年中、菊が生産されるようになった。

つまり、菊は人によって良いように手玉に取られているわけである。

さて、話は全然違うのだが、小学生のころくすぐるのが流行った時期があった。何人かで一人の子どもを押さえつけわきの下、わき腹、足の裏をコチョコチョッとくすぐって、もだえさせるのだったが、犠牲者は大抵弱い子だった。

いまなら、いじめ問題などといって親がしゃしゃり出てくるのだが、当時はそんなことを考えた事もなかったのか、何事もなくときは過ぎていった。

自分も、そんなわけで犠牲者の一人になったこともあったが、くすぐられても感じないように、自分で足をくすぐったりして耐える訓練をした。

その甲斐あってか、しばらくするとなんともなくなり、なんともないとくすぐりの対象外になった。つまり、小学生にして立派な”不感症”になったのだ。

しかし、心のほうは何時までたっても”くすぐり”にはよわい。

遊び心をくすぐられるとかいうのは、自分から向かっていくので問題がないが、くすぐり上手という人にかかるとこれがいけない。

見え透いたお世辞には、この年になるといくぶん抵抗力も付き、軽く受け流す術も身についているつもりだが、自尊心を軽くくすぐられのは本人もそう思っているだけにすぐ乗っかって高みにいってしまう。

自分らは、何の権力もないからあとで上手にやられたワイ、ぐらいで終わるが、権力を持った人の場合、その影響が甚大で周りが迷惑するのは、歴史が証明している。

一国の大統領、首相、会社の社長などといった人は、任期が長くなれば何れも耳に心地よい言葉にくすぐられることを好み、度が過ぎると一挙に転落する。

そのかげで、これらの人を手玉に取った者は安全圏にかくれたり、消え去って、ほくそ笑み、利益を貪っている。

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