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2006年9月13日 (水)

べと付いた鍬は重い

Img_0005_2 「プルーンが実ったから採りにおいで」という電話でほいほいと長野県は立科町まで出かけた。

昨日、静岡を出かけるときから雲が低く、何時振り出しても不思議ではない状態であったが、韮崎にさしかかるころから降り出し、野辺山から向うは深い霧もまいてきた。

雨は~ ふるふ~る  人馬はあ~ ぬれる~

こ~すに~ こ~されぬ  たばる~ざあ~か~

なんて口ずさみながらも、霧の中を見据え、前のトラックの尾灯に従って降っていく、今どきは馬(車)が濡れても人は濡れぬから気楽なもののはずだが、霧の前方で何が待っているか、馬は無関心で察知しないから、人が気を抜かないで注視するしかない。

今朝になっても雨は、しとしとと降り止まない。テレビは秋雨前線が横たわっている、と解説し、これから一週間同じ雲と傘マークを連ねている。

プルーン農家では、こんな雨でも収穫しているのだろうか、と心配しながらも午前中は野菜を初めこの辺でしかないものの買物、そして、あきれた顔をされながら雨の中でじゃがいも掘り、ブルーべり摘みを、宿で落ち合った弟夫婦らと始めた。

空は暗く、雨は合羽を着ようかどうしようかという程度で降りつづける。

芋ほりの鍬にべと(泥)がこびりつき重い、木の株に鍬を叩きつけて落としながらそれでも30kgあまりの芋をブルーベリーとともに収穫し、べとで汚れた衣服を着替える。

これが、仕事でするなら不平たらたらだろうけど、泥の撥ね散りかた、長靴が掘った土にめり込み足が不自由になるのさえ面白く楽しい。久し振りの農作業で使わない筋肉はびっくりしている。

多分近所の家から見ていたら、「いいとしよりが、、酔狂なことして」と笑っているかもしれないが、そんなことはお構いなしだ。

だって、後になって思い出したり、笑い話の種になるのは、決まってこんなことなのだと思うと、この時間がいとおしくさえ思える。

そんなこんなの末、約束に時間におまけのプルーンも貰って意気揚々と来た道を下ってきた。

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