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2006年9月17日 (日)

おだっくい

Img_0030_1  いま、静岡市内の何ヶ所かで”おだっくいまつり”をやっている。

おだっくいとは、こちらの方言で、お調子者、キュートで愛すべき人という風に解釈すると説明がされていた。

方言には、標準語にすぐ言い換えられるものと、どうにも説明の仕様がないものがあり、イントネーションの使い方によってはまったく違うものになることもある。

”おだっくい”が、説明通りかどうか、今でもはっきり分からないが、静岡に来て始めて聞いた時には、面と向かって言うのだから悪口ではないだろうなと思いながらも、あいまいに笑ってごまかした。

理由としては、”おだをあげる”という言葉に近かったことにある。

酒を飲んでおだを上げると言えば、どうでもいいことを得意気に言うことや、目下のものに「近頃の若い奴は、、、」なんて威張り散らしているのを思い出し、ごまかし笑いの対応がよかったのかどうかだったのか、分からなかったからである。

前にも書いたことがあるが、静岡には江戸時代から続いている伝統ある民謡というものがない。(知らないだけかもしれないが)

自分の育ったまわり、飛騨や越中には、各村ごとに有名無名を問わなければいくつか必ず残っており、いまだに酒席や祝いの席、盆踊りに受け継がれ、誰もが幾つか歌えるものである。

「温故知新」 静岡には、江戸時代全然民謡がなかったとは思えない。

それがないということは、どうも文化を大事にしないというのか、進取の精神(新し物好き)に富んでいるのか。

とにかく、おだっくいまつりは、各グループごとにジャズ、ヒップホップ、阿波踊り(昔ながらのものでない)など自由な表現踊りを披露するという形式らしい。

出演者は、よほど練習しているものらしく、次々と出て来る子どもを含んだ一団は、揃いの衣装でステップを軽やかに踏む、この踊りがこれからいつまでも続いて末代に伝えてほしいものと思うが、、、、、

白鳥は哀しからずや 空の青 海のあおにも

          染まず ただよふ    牧水

今日は牧水忌、いつまでも静岡人になれない自分にはこの句が当てはまるというのはいささか”おだのあげすぎ”。

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