蓼食う虫も好き好き
俗に蓼八百と言われるくらい、蓼の仲間は身近に多くある。(写真左は柳蓼)
その中でよく知られているのは、大きなものでは板取、御蓼、小さいものは犬蓼、大毛蓼、桜蓼、溝蓼、柳蓼などがあるが、浅学の身、板取と御蓼の区別がまだ出来ない。
(左は御蓼 富士太郎坊)その中で、食べられると言うのは、板取と柳蓼くらいのものであるが、最初に書いた”蓼食う、、、”は柳蓼ことを言う。このほかの蓼は、それこそ味も素っ気も無くただ草~と言うだけの味だ。(最も全部の味を見たわけでないから断定は出来ないが)
そして、柳蓼も生葉の苦味はよく知っているが、上品に蓼酢にしたものは聞いただけで使ったことは無い、とすると、唯一蓼の仲間で食べてと言うのは板取くらいのものか。
板取は、春先地面から出で30センチくらいの太くて柔らかいものを採ってきて、葉を取り指で茎をつぶしてさっと湯がいた後、一度上げ冷水でしめる。
そのあと、煮しめにするわけだが、いまでも山で出がけを見つけると、つい手が出てしまう春の味である。
右;桜蓼
今日の午後は、古いむかしの西部劇「荒野の決闘」をみた。
アメリカ人にとっては、ワイアットアープとカスター将軍、デビークロケットは、日本で言う鞍馬天狗、大石内蔵助らに匹敵するスターのようで、とっかえひっかえ映画などに登場するようだ。
「荒野の決闘」は後に”OK牧場”や”トウームストーン(見ていない)”などで見方を変えて映画化されているが、この映画を日本で有名にしたのは、オー マイ ダーリン クレメンタインであろう。
史実に無いクレメンタインというヒロインを作り上げ、映画の最後に「クレメンタイン、いい名だな」といって、荒野の彼方に馬を走らせて去っていく姿は後の映画「シエーン」さながらである。
もともとこの歌は金鉱探しの労働者の娘が川に落ちて亡くなったことをいたむ歌だったので、歌の文句は映画になじまないはずだったが、日本で有名になったのは「雪山賛歌」として広まったためであろう。
そのころ英文の歌詞も無かったので、耳で聞いたままイナケービン イナケーニョン エクスベーション ホーテナイン、、、と歌ったものだった
ジョンフオード監督、ヘンリーフオンダー、ビクターマーチュアーの豪華メンバーが昭和22年に作ったと言う時代背景を考慮に入れながら観賞し、自分はそのとき小学何年生だったなどと思うと一入の感があった。
鉱山町だったので唯一の娯楽である映画はときたま学校が禁止する以外は無料で自由に見ることが出来た。また、あのころの映画スターは外国人でもよく名前を憶えたものである。
そこで、マイダーリンクレメンタインのリフレイン部分を
oh my darling oh my darling
oh my darling clemenntaine
thou art losto and gone forever
dead ful sorry clemenntaine
これも耳につく曲である。
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