« いずこも同じ秋の夕暮れ | トップページ | モザイクはなんのため »

2006年11月15日 (水)

かまぼこの日

Img_0017 きょう11月15日は、七五三の祝いの日でもある。

各お宮さんでは、着飾った子供づれの親子が集中しているのだろうなと予想しながら、近くの浅間神社まで散歩の足をのばして見た。

ウイークデイにもかかわらず、いたいた、それこそ沢山の子どもが着飾ったうえ、お供を引き連れて、それこそお殿様、お姫様のように出かけてきていた。

普段着慣れない、羽織袴に押しつぶされるかのように猫背になった男の子が、履きなれない草履でよちよちあるきをしながら登場、ついで振袖姿の女の子。

女の子は、何人もいたが、嬉々として、また誇らしげに玉砂利を踏む。この辺に男、女の本性が出てくるのだろうかと感心しながら見ていた。

Img_0001_3 そして、今日は「かまぼこの日」古文書に1,115年に祝いの膳に供されたと書いてあったことから、蒲鉾組合が指定したそうだ。

かまぼことは、言うまでも無いが魚の練り製品のひとつであり、むかしはすりつぶして練った魚肉を割り箸のような木の棒に練りつけたもので、蒲の穂のようなものを言い、そこから「蒲鉾」というようになったようで、今のかまぼこというより竹輪のような形をしていた、とある。

このかまぼこ、その後各地に広がって、そこそこの材料の特徴を生かしたつくりになっており、味、風味、歯ごたえなどさまざまである。

自分も、あちこちのを味見したわけではないので、詳しくは無いがやはり育ったところに一番有った「富山のかまぼこ」それもあるメーカーの品物に尽きると思っている。

またしても、幼いころの思い出になるが、兄弟が多くて好きなだけ食べられなかったせいもあるが、一本丸かじりをしたいと言うのが夢であり、じぶんの給料で始めて実現した時と、富山へ機関紙の校正に行ったおり、まだ暖かい状態の物を食べた時のことは今でも鮮明に憶えている。

もっちりとしたなかに甘味のある味わい、向うに行くと必ず買って帰るもののひとつである。(お土産でなく自家用)

富山は、むかしからかまぼこを非常に大事にしていたらしく、結婚式の引き出物に色とりどりのかまぼこで作った縁起物の鯛などがだされ、その重量、大きさでかなりのものがだされた。

そのため、他所から招かれた客の中には、その価値(値段)も分からない人がいて、よく富山空港のロビーに置いて帰る人がいることから、「あそこに行けば蒲鉾が拾える」なんて話まで聞いた。

富山にかぎらず、関西系の蒲鉾はもッちり感を大事にするのに対して、小田原を初めとする関東系はさくさくとしたはぎれのよさを持ちみにしている風があり、自分としては、板に付いた蒲鉾は、味気なさを感じて買ってまで食べる気がしない。

また、九州では、はんぺん系の黒い魚を使用しているのか、「此方の蒲鉾は色が白いのだけど、漂白剤を随分と使っているんだね」と言われたことがあった。

「白いのは、鱈など白身の魚を主体にしているせい」だと言ったものの、あちらから来た人には胡散臭い食べ物のように思われたには違いないと思っている。

以上、蒲鉾の日にちなんで、ひとりよがりの一家言。まことに食べ物のことに関してはうるさく、ガンコな爺さん。と自認している。

|

« いずこも同じ秋の夕暮れ | トップページ | モザイクはなんのため »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/90605/12693635

この記事へのトラックバック一覧です: かまぼこの日:

« いずこも同じ秋の夕暮れ | トップページ | モザイクはなんのため »