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2006年11月14日 (火)

いずこも同じ秋の夕暮れ

Img_0005 さびしさに 

 宿をたちいで

    ながむれば

    いづくもおなじ

                  秋の夕暮れ

午後になれば崩れると言う予想の天気情報だったが、雲が多くなった程度で夕焼けを迎えた。

こんな日は、富士山に笠雲でもかかるのではないかと、日没時に外に出てみたが、肝心の富士山はすっぽりと雲の中。

それでも、富士の上空には低気圧の前触れを示す風が吹いているらしく、幾つかの笠を載せており、その左側(海側)には布団をたたんだような重層雲がとどまっていた。

今日の新聞にも、GDPは2,4%の成長で好景気が続いているというが、働いている人には還元がほとんどなく、株式配当と設備投資ににまわされていると言う。

会社とは、誰のものかと言う論争もあったが、働いている人が働いたことを実感できる社会にならなくては、未来は明るくならない。

景気が持続しているのに、消費は落ち込んでいると言う。所得が上がらないのに税の控除が無くなり、社会保険の負担が多くなれば、消費なんか増えるはずもない、当然の話し。

富が満遍なく行きわたれば、先に希望が見えてこれもあれも買い換えようかという気もでて、消費拡大につながるが、金持ちがさらに儲けて、格差がさらに開き、固定化するような社会では消費にも限度がある。

何よりも恐いのは「あほらしくてやってられるかい」と仕事に対する熱意までもがなくなってしまうことである。(事実、その兆候はある)

一億総中流化社会と言われたのは遠い昔。じぶんのまわりでは、いずくを見ても秋の夕暮れ状態である。

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