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2006年12月23日 (土)

ごっちゃ混ぜでよいか

Img_0088_1 一番初めは一宮

二また日光 東照宮

三また佐倉の宗五郎

四また信濃の善光寺

いつつは出雲の大社

むっつ 村村 鎮守さま 七つ 成田の不動さま 

八つ 八幡の八幡宮    ここのつ 高野の弘法さま  

とおで 東京泉岳寺   これほど信心したけれど

子供の頃、女の子がこれなどを歌いながらいろいろな仕草をしてボール遊びをしていた、いわゆる鞠つき歌のでだしである。

八百万の神を信仰する日本人は、何かに願をかけるため、神仏分け隔てなくお参りをすることに、なんの抵抗も感じていないが、一神教の世界では「なんじゃ こりゃ~」ではないだろうか。

新しいものへの抵抗感は、大化の改新前の仏教渡来の騒動、江戸時代に入ってからのキリシタン弾圧などおおきなものがあるが、明治以降の廃仏毀釈も民間にまでは、完全に行きわたらず、神仏混交は守られてきた。

そのくらい日本人は、宗教に関しては寛大だったと言うか無関心であったらしく、いまのイラクのように宗派間の対立が暴力沙汰になることはめったにない。

とうぜん、明治以降に入り戦後になって流行ったキリスト教にも寛大だったというか、風習を面白がったため結婚式などには宗教抜きにして利用している。

そして、今日はクリスマスイブイブで街中のメインストリートを初め個人の家にまでイルミネーションや飾りをつけ(イブイブとしたのは前夜祭の前夜という意味)一週間ほどあとには、古来の仏教徒、神道に戻り、門松を立て、あちこちへお参りに行き賽銭をあげる。

一神教同士の不毛に近い争いの中、本当に悩める人を助ける教えにはならないが、案外これからの人類に適したシステムではないだろうかと思う。

インドのヒンドウ教が釈迦如来もヒンドウ教の神様のひとつにしたように、釈迦もキリストもムハンマドも孔子もみんなひとつの宗教の神さまのひとつにしてしまえば、、、、そんなこと無理かな~。

そう言えば、今日は天皇誕生日の祝日であったが、それらしい雰囲気を感じたのは、右翼の街宣車が”君が代”を鳴らしてバイパスを走って行ったくらいで、散歩の途中でも”日の丸"を出した家をついぞ目にすることはなかった。

こうなると、右翼の街宣車もたまたまでなかったかと思ってしまうほど、世事に埋没してしまっている。

そうそう、上記の歌は、徳富蘆花の「不如帰」からとったもので、つづきは

これほど信心したけれど 浪子の病気は治らない

武男が戦争に行く時は、白いし~ろいまっしろい

ハンカチふりふり「ねぇあなた早く帰ってちょうだいな」

、、、、、まだまだ続くが以下は略す。しかし、この歌があの厳しい統制化で歌われ続けていたことが今考えると不思議でならないが、廃仏毀釈とおなじ理屈だったのか。

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