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2006年12月13日 (水)

葉っぱに刻む半生

Img_0147 葉っぱに刻まれた一筋の曲がりくねった道。

名前は、一度聞いたが、この年になる右の耳から入って左へでてしまい脳みそにとどまらないため、忘れてしまった。(知っていたら教えてください)

なんでも、小さな蛾の幼虫とかで細い方が卵を産みつけられた位置、だんだん大きくなって最後のところで飛び立つのだそうだが、小さな虫の半生を見るようで面白い。

紋白蝶のような、普通の青虫は野菜の葉っぱを片端から食い荒らし気が付いたときには、葉っぱの芯だけ残っていたなんてのと違い、葉っぱのなかの葉緑体だけをたべるため、スキーのシュープレルのように描いて行く。

これだけの餌で、成虫になるとしたらよほど小さな虫だろうし、成長スピードも極めて速いのだろうか。ということは、一生もごく短い命に違いないと推察してしまう。

さて、今年の世相を表すひと文字の漢字が清水寺でいつものように管主により揮毫された。

「命だという。

応募した人それぞれが違った意味を含めて「命」としたのだろうが、考えさせられるものがある。

いっぽうで、静岡新聞の「ひろば」という読者投稿欄に「命がけ」ということに対して以下のように投書あったので、無断であるが一部抜粋してみた。

「与党の幹事長が就任の挨拶で「命がけで職務をまっとういたします」そして、都知事が三選出馬会見でもやはり「命がけを、、、」を口にしていた。あまりに命という言葉を軽々しく使ってはいませんか?、、、」31歳の会社員。

その通りだと思う。イラクやパレスチナの政治家ならイザ知らず、最近の日本の政治家が”命がけ”の政治を、と言うほど危険を感じているはずがない。そして、いままで何に命を懸けたのか?。

自分たちの、利益や再選、子どもに地盤を引き継ぐことにしか、努力してこなかったことを我々は知っている。

さらに付け加えて、自分が気になる言葉に、「必死」とか「一所(生)懸命」がある。よく災害の救助や遭難で使われる。

自分は「必死」という言葉は先の大戦で敵陣に突っ込んでいった特攻隊などしか使ってはいけない言葉だと思うし、「一所懸命」は戦国時代で終わっているはずである。

救助活動だって、二次災害、巻き添え災害のならないようにやっているいま、”必死”や懸命”はあてはまらない。何か代わる言葉で表現できないものだろうか。

「命」をTIMのゴルゴ松本らみたいに軽く扱っちゃいけないよ。

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