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2007年2月 7日 (水)

雀の学校

Img_0089_5 Img_0086                 チイチイパッパ チイパッパ

雀の学校の先生は 鞭をふりふり

チイパッパ

雀、古来より人の身近に住んでいるため、いろいろと観察されてきたし、その生態もかなり知られているため、雀にちなんだ諺なんかもかなりある。

たとえば、”雀百まで踊り忘れず(幼いころ覚えたものは忘れない)だの”雀の涙ほど(ほんのちょっぴり)””雀の足跡、雀の踊り足(自分のように字が下手なこと)”など、、、、

また、小鳥の中では基準になっている鳥で、雀を分類学上で区分けすると、「スズメ目 スズメ亜目 スズメ小目 スズメ上科 スズメ科 スズメ亜科」と上から下まで全てスズメである。

このスズメが、薄の枯れ野原から一斉に飛び上がった。数にして百羽はいたのではないだろうか、余ほど美味い餌でもあったのか一部が飛去ったものの、残りは少し離れた所のススキに群がり止ったまま自分の様子をうかがっている。

もし何かの拍子に一羽が飛び立てばみんな盲目的についていこうと身構えている。何かの拍子が何であれ、先生の鞭の一振りを待っている、、、、、、こんな所はマスコミに踊ろされている人間によく似ている。

長年、人のそばで生活していて、苛められたのが遺伝子となって残っているのか警戒心は強い。ヨーロッパで見た雀、日本の雀と違ってほっぺたの後ろに「ノ」の字に似た模様がないので、少し種類が違うかもしれないが、ベンチに座っていると餌をねだって手のひらにまで来るのとは大違いである。

スズメは雑食性で、米なども食べるところから害鳥としてつかまえた所、虫や雑草が増えて逆に収穫が落ちたという話も聞いたことがある。

そのほかに、廃墟となった村にはスズメが居なくなるということもあわせると、スズメのほうでも人がいないとやっていけないということなのだろうか。

昔中国で「燕雀いずくんぞ 鴻鵠(大きな鳥)の志を知らんや」とのたもうた陳勝なる人が居た、また「雀の千声 鶴の一声」など小さいだけ、ふんだんに見れるだけで馬鹿にされてきたが、大きい鳥はそんなに物事を考えているのだろうか。

アメリカのイラク政策にそんな思量があったのだろうか、ただ顔色をうかがって盲目的に従ってきた日本の鶴(日本のマーク)は、千の雀の声に対してそんなに偉かったのだろうか。    なんちゃって。

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コメント

ナベショー様

麻機周りの田んぼでは、沼に来ている鴨が稲穂をしごいていました。あと、カラスも鳩も集団で田んぼに降りていて賑やかです。

投稿: オラケタル | 2007年2月 8日 (木) 07時12分

最近は早い時期に稲刈りした後、田をほっておくので再び稲が出てきて、今の時期に実るのを集団で食べてるようです。
昔は稲刈りの後に、田を耕し、麦を蒔いたりしたので、雀は来なかった、、

投稿: ナベショー | 2007年2月 8日 (木) 00時05分

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