« 山葵の花咲く | トップページ | スズラン水仙 »

2007年2月26日 (月)

あとのまつり

                                  P1010026 木倍子が枝から暖簾を下げている。ここをかき分けて顔出すのは誰だろう。

木五倍子と書いてキブシと読む、丁度いまに時期山道を歩いていると、黄色みがかった明るい小さな花が枝を飾っている。この木は周りの木が芽吹き前でくらぼったい姿をしている早春に、、、、。

今の時期しか目立つことが無い。後は周りの木に溶け込んでしまいどこにあるかさえ分からない地味な木なのである。

この木、なぜ、こんな難しい名前を持っているかというと、むかし、お歯黒に使った五倍子の代わりに使われたことにあり、お歯黒の元になるタンニンを多く含んんでいるためらしい。

P1010036_4    最近では、ピンクの色をした園芸種もあるようだが、この時期だけが、この花にとって年に一度のお祭りなのであろうか、花暖簾を掻き分けてくれる人を待っているようにみえて面白い。

(なお、五倍子(ブシ)というのは、ヌルデの若芽にアブラムシが寄生して作るこぶ?を言うのである) 

昨日のことだが、朝早くから昼花火の音が喧しかった。

昼過ぎになって帰ってきても音がするので聞いてみたら、先日登った愛宕さんの祭りだという。これは野次馬を自認する自分としては”行かざあなるまい”とて、自転車を走らせた。

15分ほどして、上り口に到着すると上から人が続々と降りてくる。おまけに女性の神職まで降りてくるではないか。赤白の衣装は巫女さんとよく似ているが、額の飾りをつけ、恰幅の良い婦人は威厳がある。

これが、世に言う”あとのまつり”か。それでもここまで来たのだし、登る人も周りに何人かいるので登ってみようと一番上にあるお宮さんまで上がってみたが、途中でなった連発の花火が本当の打ち止めだったらしく、お宮さんの紅白の幕引きも済み、全ての人が帰り支度に精を出していた。

降る途中、前を3人の中高年の男性が道をふさぐように話しながら降りていく、別に急ぐわけでもないので、後ろから聞くでもなく付いていくと、一番年かさな人が、脇の倒れた木を指差して「これをもやせばよかったな。」なんていったら、先を歩いていた一人が、静岡に来て「もやす」といったら分からなかったという。

はて、もやすという言葉は全国どこでも通用する話しではなかったのか。と、後ろから”燃やす”が通じないならなんて言うの?と聞くと、いきなり知らない人から声かけられて驚いたのか返事が無かった。そのまま分らずじまい。

Img_0029_2 下では、露天商も最後の追い込みに入り、子どもは小銭を握り締めている。風天の寅さんではないが今頃この人たちもどこの空の下にいるのやら。

今日も、朝からワイドショーでは、アメリカ映画アカデミー賞の助演女優勝候補に日本人の菊池凛子さんが上がっていると報じ、朝からインタビューを繰り返していたが、あえなく硫黄島からの手紙と共に落選し、祭りは済んだ。

その後の、インタビューは聞いていない。

|

« 山葵の花咲く | トップページ | スズラン水仙 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/90605/14058861

この記事へのトラックバック一覧です: あとのまつり:

« 山葵の花咲く | トップページ | スズラン水仙 »