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2007年3月 5日 (月)

春の小川

Img_0133_2 春の小川は さらさら流

岸のすみれや れんげの花に

にほひめでたく 色うつくしく

咲けよ咲けよと ささやくごとく

昨夜来の雨が朝方になって一休みをした隙を狙っていつも通りの散歩に出かけた。

天気予報も、激しい風雨が近づいているというので、近場を一巡りと出かけたが、歩くうちにもう少しもう少しと継ぎ足し、流通センター脇の巴川沿いに足が伸びていった。

いま、この辺りの土手は、辛子菜ではあるが菜の花が満開を迎えていて、歩いている自分の鼻先に甘い香りを漂わせてくる。

天気がよければ、蜜蜂なんかも寄ってくるのだが、今日は雨模様。どうも、有給休暇を使って巣の中でごろ~んと寝ッ転がっているみたいで、姿は見えない。

昨年だったか、テレビでこの近所にいる養蜂家が土手に種を撒いたので余計に咲くようになったらしいと報じていたが、これってどうなのよ。ただ、美しければ何をしてもいいのだろうか、ナベショーさんのブログを見ていたら養蜂家も縄張りがあって他の人はその傍に巣箱を置けないように書いてあったが、そうなると土手は河川敷という公共のものになるのだから、もし、そうなら公共のものを私物化してしまうことになるのだが、、、。

その辺がよく分からない。

ところで、冒頭の春の小川は一番最初の歌詞であると言うが、この歌詞で習った人は居るだろうか。春を代表するこの唱歌は、いままでに三回変わったという。

二度目に替わったのは、1,942年、3度目が1,947年だというので、自分はどちらで習ったのかはっきりしない世代であるが、42年は戦争中だし47年は戦後2年目、どこか変えなきゃならない理由があったのだろうか。

冒頭の歌詞を口語に直したとき(1942年)は、”春の小川はさらさら行くよ、、、、で始まり、咲いているよとささやきながら”で終わるように変更された。

3度目は、最後が”咲けよ咲けよとささやきながら”となるそうで、いまになると、子どもが歌ったこともあって自分はどっちで習ったのか分からない。

なにはともあれ、この当時は作詞者の許可もなしに勝手に変えたことになるのだが、いまなら、「勝手に自分の歌詞を変えられたのは心外だ。今後、学校では歌わせない」と息をまくのだろうな。

午後になって、此方も大荒れの天気になり、注意報がいっぱい出たが、九時ころになってようやくおさまった。

春の嵐は恐い。この嵐で散り際を求めていた梅はガクだけになったに違いないだろう。

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