« 春一番の黄色い花 | トップページ | てんとう虫のサンバ »

2007年3月25日 (日)

おごる平家は久しかった

Img_0069_5 先日来、蝶の数も増えてきてあちこちで見かけるようになってきた。

これは、ベニシジミ。春のベニシジミは赤っぽいと言う話だが、かなりくどい色をしているように感じた。

羽を広げたときの大きさは2cmぐらいと思う。花に止まらず枯れ草の上で一休み、また飛び上がって枯れ草へと移動していたが、蜜よりミネラルのほうが美味いんだろうな、この季節は。

.

日本には古来、家紋という素晴らしいデザイン画があり、シジミ蝶ではないがアゲハチョウを紋所にしている家系がある。

Img_0097 アゲハチョウは、平安時代末期には平家の紋所として有名で、歴史の本を見ていたら昨日3月24日は山口県の壇ノ浦で源平最後の戦いがあり、平家が滅亡した日だとあった。

勿論、旧暦のはずだからもっと暖かい時期だったのだろうが、「水の下にも都がございます」といって主だったものは沈んだ。

その後、平家一族は各地に散ったそうで、山深い土地に平家の落人伝説を作ってきたあまり信用できない話だが、、、ロマン ロマン)。私の先祖の家もそんなところの一つだという人もいたが、決してそんなことは無い。

江戸時代まで街道筋だったところのはずだが、人々の通行が山を直線的に踏破した時代から、駕籠や牛馬を連れて、水平に歩くようになって廃れた道脇の集落になっただけである。

しかし、鎌倉から戦国時代にかけて飛騨北部を治めた豪族は、江間氏といい、アゲハチョウの紋所を持つ、そして、出自は伊豆韮山の江間の出身ではなかったかと言うことなので、もしそうなら、北条平氏の流れではないかと思う。

さて、壇ノ浦で平氏を壊滅させたはずの源氏だが、内輪もめが激しくその後たった三代で消えうせ、替わって平氏である北条氏にのっとられた。また、平清盛の弟? 時忠の子孫は時国家として能登半島で今でも続いている名家となっている事を考えると、歴史の皮肉さを感じさせるものがある。

昨夜来、大雨注意報が出て激しく降っていた雨も収まったと思った矢先、地面が揺れた。震源は、能登半島沖で強い地震があったためだが、平家滅亡を悼んでか、なにかの前触れか、、、、。こじつけて見たが無理がある。

|

« 春一番の黄色い花 | トップページ | てんとう虫のサンバ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/90605/14378881

この記事へのトラックバック一覧です: おごる平家は久しかった:

« 春一番の黄色い花 | トップページ | てんとう虫のサンバ »