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2007年4月24日 (火)

確かめようも無い新発見

Img_0125_1 天気のはっきりしない日が続くので、春がどの辺まで昇っているのか知りたいと思っているが、雨に打たれるのも嫌なので、近くの山にも登れないでいる。(左 赤目槲の芽)

どうか、すっきりとまでは言わないでも、降らないという予想を出して欲しいものである。

ということで、降られるのが嫌さに裏山でお茶を濁す。農道を登りきり尾根道に入ると、鶯の声に混じってホオジロが舌足らずの鳴き方をしていた「一筆啓上」までは何とかいえるのだが、その先の「つかまつりそうろう」が出てこない。

そこで、ふと気がついたことだが、鶯の方はいよいよ谷渡りといわれる「ケキョケキョケキョ」という啼き方になって。「ホーホケキョ」とは言わなくなってきている。

これは、いままで当たり前のこととして疑問を感じたことがなかったが、もともと鶯の鳴き方は「ケキョケキョ」だったのではないのだろうかと、というのは、人間でもそうだが、マイクを持って話しをする前に咳払いをして見たり、「アーアー」と声の調子を確かめるように、初鳴きなどの時は、まず「ホーホー」と声を出さないと次がでてこないのではないだろうか。

もし、そうだとすると、今まで聞いたことの無い説なので新発見になるか、などとにんまりしながら一人歩く、「だけど、確かめようがないんだよね、この話」

そしていま、赤目槲(アカメガシワ)がいま真っ赤な新芽を吹きだして目立っている。

この木は、生命力が強く工事などで地面をかき回した後などにいち早く育つ木であるが、材木などに使われることが無いうえ根が石垣を緩めるなどあまり評判は良くない。(薬にはなるらしい)

今日の花。左、川柳の綿毛 右、タンポポの綿毛。いま飛び立つかどうかの決断を迫られている。タンポポ、中央の一本が決断をした一瞬。

Img_0116_3 Img_0121

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物を数える単位で一番普及しているのが十進法。指が5本づつ左右にあるので数えやすいのが原因だと思う。(指が6本だったりとか、左右の数が違っていたらまた違ったのかも、、)

もうひとつには十二進法というのがあって、おもに時間なんかの単位に使われ、この二つが少し前まで世界に通用する数え方だったが、コンピューターが二進法を使用したことから、これも重要な数え方(?)のひとつになってきた。

コンピューターの原理、機械はまったく分からないので二進法は、実生活に関係ないと済ましてきたが、人間長くやっていると、案外二進法とは人生そのものなのではないかと感じることがある。

つまり、わが身を振り返ってみた場合でも、何回か「右するか左するか」と判断を迫られたことがあり、その時の決断の積み重ねが人生であり、いまに到っているのである。

あのとき、「あっちを選んでいたらなあ」と後悔している人はかず限りなくいると思う。結婚は男前で選んだが、、、とか、あの時の一言が、、、とか、あの時はこっちの会社のほうが良かったので選んだのだが、、、とか。

そこで、「あいつは運が良い」「俺はついていない」と愚痴とかため息とも付かないもがでて、酒場で荒れる(演歌風に言うと、、)     追い出されるけどね。

幸いにしてというか、能天気というか私は今までのところ、判断が比較的うまい方に転んできたと思っている。願わくば、この先重要な決断を迫られること無く、ウエットな日本人らしくファジーでお願いしたいのだけれど、、、

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