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2007年5月12日 (土)

栃の花が咲いてた

Img_0089_4 駿府公園北側に栃の木が花咲かせていた。晴れ上がった青い空を背景にして、巫女の持つ鈴のような花の集団。(丸い実を付けるともっと似ているが、、)

非常に美味しい蜜が採れると言うことで養蜂家にも興味をもたれていると言うが、今では数が少なくなりこの花の蜜などおよぶべきもないだろう。

栃の木は、昔は山里の人々には大切な木だったので、あちこちに三抱えもある巨木があったのを憶えている。しかし、材質が柔らかく木材はおろか薪にしても火力がないため、杉の植林が盛んになると次第に姿を消してしまった。

栃の木が大切な食料だったと言うのは、その栗に似た実が貴重な食料だったからである。栃の実は栗と違ってそのあくの強さから灰汁で茹でて、さらして、皮を剥く過程で丁度食べごろの味にするのが難しく、経験のない人ではとても食用に出来ない食べ物であったが、保存食として何年も取って置けるところから、私がいた飛騨ではカラカラにして取ってある家がまだあった。(合掌造りで有名な白川村などにもこの記録がある)

私の親も馴れなかったと見えて、あくが強すぎてたべられなかったり、逆にあくを落としすぎて、ただ色つきの栃餅になったりしたが、いまでも懐かしい味であり、みやげ物店の栃餅とか栃の実せんべいなどと言われると目が行ってしまうが、最近ではただ色をつけただけのものが多くガッカリするので買わないことにしている。(水窪町にはいまでも本物があるのだろうか?)

次に、栃の木は材木にも薪にも向かないと書いたが、その特徴ゆえに昔木地師がお椀などをろくろにかけて作りやすかったと言う面があり、木地師はこの木を求めて全国を渡り歩いたと聞く。飛騨には”ろくろ”(轆轤)がなまって、木地師の集落があったといわれるところに”六郎”とかいて”ろくろ”よばれる土地があった。

もうひとつ、この木に蛾の幼虫で”とちかんじょ”と呼ばれる巨大な毛虫がいた。この毛虫は、クスサンという蚕の仲間で、地面にボタンと落ちてきた幼虫をつかまえて体液で釣り糸、テグスを作った。私がまだ小学校に入って間もないころだったのでよく憶えていないが、上級生がどうにかして上手に均一の糸にして風に晒して作っているのを見た記憶がある。

話は違うがもうひとつ、大分前になるがフランスへ行った時、添乗員が「これが有名なマロニエです」と言ったので見たが、葉がよく似ているものの実が全然違うものであった。植物学的にはどうなのか知らないが、実を見た印象では別種に見えた。

今日の蝶。左、ツマグロヒョウモン 右 サトマダラヒカゲ(?)。どちらもありふれた蝶だが、羽の裏側?がこんなに綺麗だったのかと再認識した。何れも駿府公園で

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