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2007年7月 8日 (日)

酸いも辛いも噛分けて

Img_0107_5 むし暑い日が続く。

写真の鳩もそうなのだろうか、田んぼの縁の湿り気の多い土に胸をべったりとつけて、近寄っても物憂げな態度で動こうとはしない。

多分、つがいなのだろうと思うが、雄雌の区別は私には分からない。

人間と違って、羽毛のコートは脱ぐわけにはいかないもんな。それに比べると最近では女の人でも袖なしのランニングシャツのような姿で出歩いている。

昔は「夕涼みよくぞ男に生まれけり」なんていわれたが、今では土鳩同様区別をつけるのは難しく、過去の話しになってしまった。

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”清濁を併せ呑む””酸いも辛いも噛分けた”といえば、一人前の大人というよりさらにその上を行く大物の別称であった。

今にして思えば、私だけでないと思うが、野山を歩いていても臭木(クサキ)やへクソカズラ、ドクダミ、カメムシなど服などに匂いが移るのが嫌で避けて通ったものである。

それが、いつの間にか「おや、臭うな!」程度になってしまったのはどういうことだろう。人間の感覚、好みは年をとるに従って、変わるというか鈍感になっていくようである。

食べるものもそうであるが、一番初めは甘いものから始まり、酸い、辛い、苦いを卒業すると臭いものグロテスクなものも許容範囲にはいってくる。つまり、何事に対しても反応が鈍くなってくるのである。

そして、考え方が経験論から硬直化しだすころになると、大物と小人に分かれるのだが、対人間関係でいうと大物は誰彼なく相手が出来るし、周りに取り巻きがいないと寂しくなる人であり、小人は嫌いな人とは付き合いたくないと孤独に陥るようになる。

私は、どうも後者のほうに入るらしく、老人会に入ったり団体行動など指導者の指揮の下、群れて動くのは苦手である。

「小人閑居して不善をなす」」」」」」」散歩して、ブログで世間に毒ずくのが日課になってしまった。

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今日の花。左、令法(リョウブ)10mほどの木を見たことがあるが大抵は切られて低くなっている。子どものころ木の葉を摘んで揉むと泡がよく出るので石鹸の木などと言ったが、若芽は飢饉の際救荒食として食べられると聞いた。今日この花はほんとうに良い香りがした。右、丘虎の尾(オカトラノオ)少し高い森林の縁に咲く草花。小さな梅状の花を密集させている。この草の葉は少し酢っぱ味があって美味かった。考えてみれば本当になんでも口に入れたものと感心する。

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