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2007年7月25日 (水)

本家月見草

Img_0017 これが本家本元の”月見草”。太宰治が「富士山には月見草が似合う」と大待宵草を言ったばかりに危うく名前を乗っ取られかけた花である。

もっとも、待宵草が日本に入ってきたときに月見草と付けたかったのだが、先にこの花が入っていたので、名前を変えたという説もあり、もし入ってくる順序が違っていたら、この花に別の名前が付いていたことと思う。

なお、昼咲赤花月見草という名はこの花を基本にして付けられたものだが、本家月見草は、最近では自分の周りではめったにお目にかかれない花になってしまった。純白の一夜花は、月下美人などもそうだが果敢ないだけで魅力的に感じてしまう。

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「骨から見た日本人のルーツ」という本を読んでいる。まだ、読み始めた所なのでこの先どう考えが変わるのか分からないが、日本人が自分たちの祖先の骨に関心を持ったのは、明治になって、アメリカ人モースによる大森貝塚からということだそうだ。

その後の研究過程で、縄文時代の人と弥生時代の人は骨格(特に頭骨)から人種が違うのではないかという説があったりしてきたが、どうも、生活環境で骨格が変わってしまうのではないかという説を上げている。

そう言われれば、案外簡単に納得させるものがある。

最近の若い人たちを見ていると、一様に背が高く顔つきがバタ臭くなり、従来の胴長短足は変わってきた。わずか50年ほどでこんなに変われるものなら、縄文時代の狩猟生活から弥生時代になって稲作文化になれば、柔らかい食べ物や、獲物を追って走り回らなくても良いなどから、骨格がガラッと変わってもおかしくない

私の父親は、「身の丈五尺二寸(1m56)、十文半の足があれば立派に帝国陸軍の兵士になれた」といっており、五尺五寸の父親は並み以上の立派な身体をしていたという。ところが戦後の飽食の時代にはいって、食べ物は多くなり栄養がどうだ、ビタミンがどうだ、子どもに仕事はさせるななどというようになり、”独活の大木”みたいな人を量産するようになると、1m60以下では小さいほうになり、顔は身体に対して小顔で細長くなってしまった。

だから、長いこと日本を離れていた人がひょっこり帰ってきたとすれば、街の景色以上に人の顔つきや背丈がまるで違ってしまったことに驚くことと思う。

今日の花。鬼百合(オニユリ)いかにも恐ろしい名前だが,花びらに付く黒い斑点が原因だろう。ムカゴが付かないのを小鬼百合というが遠目では分からない。左、駒繋ぎ(コマツナギ)馬の手綱を縛っても切れないほど丈夫だからとか、美味いので馬が他に行かないとかいう説がある。萩に似ているが豆科の植物。

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コメント

尾谷光紀さま
私は静岡市在住なので、KMさんではありません。
ユーチューブで小鳩くるみの「月見草」という歌がありますが、そこの背景に写っている月見草は昼咲きのピンクでした。

尾谷さんのコメントから今日は先々月に映した昼咲き月見草を載せてみましたが、そのときは畑仕事が込み合っていてあまり麻機遊水地に行っていませんので、月見草の写真は先年のものです。

投稿: オラケタル | 2013年7月25日 (木) 22時05分

??? 昨日(7/24)浜松市東区西ヶ崎町のK.M(マスコットネーム:ハコベの花)さんに、白い本当の『月見草』で蕾のついた苗と種を送りましたが、オラケタルさんとは違いますね??? 
「二木紘三のうた物語」ではよくご意見をいただき、facebookでも添付の『月見草』の写真に思いを寄せて彼女(月見草)に会いたいとのことでしたので・・・。

太宰治の「富士山には月見草が~」も、山川清作詞・山本雅之作曲「月見草の花」(1916年)も、作詞者不詳・長谷川良夫作曲「月見草」(1935年)の時代には既に絶滅していたようで、ロマンを誘う「月見草」という名前を残して使いたく「おおまつよいぐさ」に準えて、但し昼も咲き続けている花柄がよく似たものは交配種で別の種類です。
  白い本当の『月見草』の花言葉<浴後の美人> いいね!
尚、静岡の内陸や麻機遊水池等の月見草らしい花の写真を機会があればアップして下さい。 

投稿: 尾谷光紀 | 2013年7月25日 (木) 14時23分

尾谷光紀さま
みどりさんにはメールを入れておきましたので、また連絡でもありましたらよろしくお願いいたします。

投稿: オラケタル | 2013年7月22日 (月) 21時51分

オラケタル様・みどり様
1955~6年頃からまだ一度も会っていないペンフレンドで静岡県駿東郡清水町のWさんへ、昨年10月頃白く咲き翌朝ピンクにそして昼には萎む『本当の月見草』の苗と種を送り(贈る)ました。
先月、毎日咲いているとの嬉しそうな電話がありましので浜松でもOKです。
otani-k@tcct.zaq.ne.jp宛に送付先を連絡してくだされば苗と種を1週間程で送ります(無料)。但し生育状況や咲いた時にはどうか連絡してください。

尚、『月見草』入手につきましたはネットで「尾谷光紀」(入力)→(検索)の「二木~月見草」を検索して見て下さい。  

とても簡単に育てられますので是非『本当の月見草』に出会って感動して下さい。

投稿: 尾谷光紀 | 2013年7月22日 (月) 17時17分

尾谷光紀さま
月見草に深い愛着をもたれている様子が伝わってきました。
「月見草の歌」三木絋三のうたを開いてみましたが、知らない歌だと思って聞いてみたら、小学校当時「森の水車」などとともにラジオから聴いていた歌だと分かりました。
その歌の説明に、昭和24年発表とありましたので、初めて聞いたのは発表直後、小学校4年生か5年生のころになります。
しかし、静岡に咲いている場所は、海辺からかなり内陸に入ったところなので歌のイメージと少々違うようです。

投稿: オラケタル | 2013年5月23日 (木) 21時56分

 詳細な情報ありがとうございました。
数年前まで思い込んでいた「月見草」が実は「おおまつよいぐさ」だとわかり、ブログ・メイトからのご教示もあり日本では絶滅したと謂われていた「本当の月見草」を1昨年入手しました。
夕方から夜にかけて咲く真っ白い直系7cmほどの花は、翌朝ピンクになっていて昼ごろにはショボんでいます。
生まれて始めて見た「本当の月見草」への感動は、「月見草」や「月見草の花」というすばらしい歌に出会ったことに触発されていたからと思います。
恰も歌「夏の思い出」に触発され‘06.5.31~6.2に残雪の残る尾瀬を訪れた時の感動のように・・・。
 尚、『二木紘三のうた物語』で詳細な経緯をご覧下さい。

投稿: 尾谷光紀 | 2013年5月22日 (水) 21時05分

コメントありがとうございます。
見に行って頂いたのですね。すみません。
またよろしくおねがいします。

投稿: みどり | 2011年6月22日 (水) 21時45分

みどりさん
花は、月初めから咲いています。
種は見た覚えがありませんが、今年は気をつけて探してみましょう。

投稿: オラケタル | 2011年6月21日 (火) 21時24分

コメントありがとうございます。麻機遊水池ですか。静岡のことは全然わかりませんが、地方にはまだ自然が残っているのですね。またお散歩に行かれた時にでも見てきていただけますでしょうか。月見草は7月頃咲くのでしょうか?そうしたら種はそのあとですね。またよろしくお願いします。お手数かけてすいません。

投稿: みどり | 2011年6月19日 (日) 18時51分

みどりさん
はじめまして、月見草は江戸時代観賞用として入ってきたそうですが、マツヨイグサとは近い仲間には違いありません。
ただ、マツヨイグサ、オオマツヨイグサ、メマツヨイグサなどはいずれも黄色い花ですが、ツキミソウ、ヒルザキツキミソウ、アカバナユウゲショウなどは白から赤系統の花で、花の形もすこし違います。
江戸時代に入ってきたツキミソウですが、園芸店では見たことが無いところを見ると、野に逃げ出してしまったのかも知れませんね。
静岡の麻機遊水地と言うところでは時々見かけますが、種?となると、、、、とにかくほったらかしですから
気にしていなかったので「分かりません」と言うしかありません。
わかりましたら、連絡でもしましょうか?

投稿: オラケタル | 2011年6月19日 (日) 14時50分

こんにちは はじめまして
 最近、本当の月見草のことを知りました。白い花なのですね。黄色い花、オオマツヨイグサだと思っていました。たいていの人はそう思っているのではないでしょうか?私は都会(大阪)在住なので、白い花の月見草なんて見たこともありません。その月見草は自生ですか?それとも栽培していらっしゃるのですか?私も白い月見草を育ててみたいと思います。種はとれないでしょうか?
すいません。突然変なことを言って。

投稿: みどり | 2011年6月18日 (土) 22時14分

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