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2007年8月12日 (日)

留守の付けは庭に

Img_0076 8日の夜は岐阜で、九日は愛知で泊まり重ねて来たが、何れも夏の暑さは格別な所という意識があったので仕方ないと言う気持ちがあったが、静岡に来てからも同じような暑さが続く。

夏は夏らしい天気が続かないと良くない、と言われるが、しばらく留守にした付けが庭に出ている。”冬枯れ”という言葉があると同様に、水撒きをしなかった鉢物はしおたれ、”夏枯れ”の影響は深刻なようである。

昨夜は、遊水地で花火大会もあり、来ていた孫たちと見物に行ってきたがその帰り「あしたは早起きしてカブトムシ探しをしよう」と約束させられたが夜更かしが過ぎてか今朝ほどは目が流れてしまい起きられなかった。

ようやく10時過ぎに帽子を被って出かける孫のお供をした。案の定クヌギの木をを廻ってみたが何にもいない。

帰り道、小さな水溜りで目高取りをしようとタモを入れたら幾つかの目高とともになまずの稚魚が捕れた。はじめは、おたまじゃくしかと思って捨てようとしたくらいおたまじゃくしに似ている。

「おたまじゃくしは蛙の子 鯰の孫ではないわいな」って歌があるけど、髭がなきゃ区別がつかないほどである。「じいじ、髭があるよ。なまずだよ」ってんで、さらにかき混ぜたら五匹も獲得。意気揚々と家へもって帰った。

きっと明日、友達に「城北じいじん家で捕って来た」ってんで自慢するんだろうな。でも、餌が大変だよ。

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先日、テレビを見ていたらタレントを交えた原爆討論会をやっていたが、その中で前によくテレビに出ていたケント ギルバードが「原爆にあったのは運命だ、、、」と言っていた。

アメリカの学校の教育では、原爆投下は「戦争を早く終わらせ犠牲者を少なくした」と言っているそうだが、上手な日本語を操り、最初の来日がモルモン教の宣教師とかと聞いたことがあるのでかなり日本人の気質を知っている人(知日家)かと思っていたが、やはり、アメリカ人だったのだなと思い知らされた。

「アメリカにも落とされてもそう思うか」という質問に「そう思う」と言っていたが、それでは、9,11の連続テロでは国中パニックになって、訳の分からない戦争を仕掛けたの何だったんだろう。「運命だ!」なんて悟りきった言葉が出る国とは思えないんだけど。

おたまじゃくしは蛙の子 鯰の孫ではないわいな

それがなにより証拠には いまに手が出る足が出る

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今日の花。左、藪萩(ヤブハギ)盗人萩によく似ているが森の中で背丈も低く花も少ない、しかし、眼鏡状の実は同じようにくっつく。右、姥百合、花が咲くころには葉が枯れることから、姫が嫁に行くころには歯がなくなって乳母が姥になるという駄洒落みたいな説があるという。

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