« ちょっとのことで浦島太郎 | トップページ | わたしを写して »

2007年9月13日 (木)

辞め時ってのは

Img_0071 雨蛙が茎だけになったアレチノハナガサに思案顔で掴まっていた、カメラを向けると面倒くさそうに視線はそらすものの、その位置からは動かない。

もう繁殖期は済んだはずだから、そろそろ今年のねぐらについて考えているのだろうか。ちょうど、勤めをやめた後の我々のように、この先どうしようかと、、、

私も、最後の仕事は自営だし、後継者がいないのでどんなたたみ方がいいのか前から想定していたが、厚生年金の受給年齢に達していたのと仕事の量が薄くなったことで踏ん切りをつけられた。

勤め人には定年というものがあって、年齢でどんなに丈夫で働けたとしてもこの日でという決まりがあるので踏ん切りをつけるもつけないも、その時点までに考えなければならない。しかし、自営の場合、倒産したとき以外、その後をどうするのかは自分の判断で決めるしかなく、ずるずると時を過ごして辞めるに辞められない事態がきて、後悔している人がいる。本当に辞め時というのは難しい。

そういえば、パチンコ。これも辞め時の難しいゲームだね。何処が上限か分かる方法がないものかしら、、、、、、

,

今日は朝からテレビは安倍総理のことで騒ぎ立てている。

辞職の弁のひとつに、小沢委員長が会ってくれなかったというのがあったが、まるで子どものようだとか、第二次安倍内閣を組閣し、所信表明演説をした翌日に飽きた玩具を放り出すように捨てたお坊ちゃんだとか、日ごろ私が思っていたことを含めて国会議員やら、評論家といわれる人がテレビの中で、ワイワイガヤガヤとやっていた。

首相のしたことは、あまりにもでたらめなことだが、話をしている人を見ているといずれも、酒場のカウンターに並んで上司の悪口を言って喜んでいるサラリーマンのように見えたのは僻目だろうか。それこそ、テレビ関係をはじめマスコミに玩具を与えてしまったような感じがする。

首相は辞め時を間違えた、参院選惨敗で辞めいればもう少し評価が上がっただろうが、今後何時までたっても優柔不断な在職中の不祥事とともに、このことを言われ、再び芽が吹くことは無いと思う。

「運命の女神の後ろ髪は捉まえられない」ということわざがあるが、まだ若いだけに将来悔やむことがあるだろう。民主党の前原代表ともどもまた戦後生まれの代表は、その未熟さゆえにしばらくおあづけになるのかもしれない。

なにしろ、金銭感覚が麻痺し、自分の権益に汲々とし、国民の生活環境やどう思っているのかが分からない政治家は、これからも淘汰されていくしかないのだ。

,

今日の花。左、クコの花、 右、ホウヅキ、何れも薬草として使用される。

Img_0015 Img_0051

|

« ちょっとのことで浦島太郎 | トップページ | わたしを写して »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 辞め時ってのは:

« ちょっとのことで浦島太郎 | トップページ | わたしを写して »