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2007年10月21日 (日)

アカトンボ

Img_0074 赤とんぼ

夕焼け 小焼けの 赤とんぼ

おわれて 見たのは いつの日か

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夕焼け 小焼けの 赤とんぼ

とまって いるよ 竿の先

三木露風の作詞で有名な童謡である。ちいさな庭の山茶花も一厘ほころび、赤とんぼが長旅に疲れたか棒杭の先に羽根を休め、人が近寄っても逃げないでいるいる。秋はこれから晩秋にはいる。

赤とんぼには幾つか種類があるが、写真のトンボ、秋茜(アキアカネ)は一番数の多い種類ではないだろうか。

このトンボ、私と同様、夏の暑いのが苦手だと聞く。そのため、六月ころ田んぼなどで羽化したあと、高い山に避暑をすると称して登っていってしまうそうで、夏場は近所で見ることが出来ない。      羨ましいかぎりだ。

そして、今頃になって田んぼのある人里に下りてきて、子孫繁栄の儀式に入る。

赤とんぼの歌は、子供の頃から不思議な歌だった。私たちの飛騨で赤とんぼという場合、言葉のアクセントが無く平板に流れていくのだが、歌の文句ではアカというところが異常にきつく発音するのと、おわれてという文句は追われてとばっかり思っていた、まさか、背中から見た記憶とは想像も付かなかった。

また、竿の先は意味も分からず、くすっと笑うことになっていた。

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今日のテレビで、水木しげるの戦争というのと、学徒兵許されざる帰還、、、というのをやっていたが、いずれも、旧軍隊で玉砕したと発表された部隊と特攻隊として出撃に失敗したり、生還した人に対する隠蔽を軍の上層部がやっていたことを題材にしていた。

先日、沖縄戦で集団自決を軍が強制したことを教科書から削除しようとしたことなどから沖縄県民の反発を招き修正をすることになったように、上層部の面子だけで、死に追いやられた人がどれだけいることか、、、。

現在においても、イラクやアフガニスタンで無駄死にさせられいる人は、かなりの数に上っている。戦争とはそういうものだという認識が足りないのではないだろうか。(細かく書きだすと何処へ行ってしまうか分からないので打ち切り)

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今日の花。

左、ダリア、千変万化種類も多く名前も知らないがシンプルな所がいい。右、トリカブトだが、茎もしっかりとして見たことの無い種類、花壇に植えられていたものだから園芸品種かと思うが、毒の方はどうなのだろう。何れも今日蕎麦を食べに行った有東木で写す。

Img_0066 Img_0064

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コメント

慶さん

人間、考えると不思議なものですね。自分の人生は自分が切り開いてきたものとつい思ってしまいますが、親なり先祖が上手く切り抜けてきたからこその命なので、ほんのちょっとした偶然の上に現在に自分につながっているのです。

私も、父親が中国で胸に傷を負い、帰ってきてからの子どもですから、慶さん同様だったと思います。
まったく無駄な戦いで殺された人、特に自分の軍の上層部に殺された人は死ぬにしに切れなかったことと思います。  合掌

投稿: オラケタル | 2007年10月23日 (火) 09時01分

慶も昨日水木しげるさんのは見ました。久しぶりに伝わってくるものがある見ごたえのあるものでした。慶の父親はシベリア抑留兵でした。父親自身はその時のことを話すことはめったになく、断片的に聞いただけでしたが、父の死後叔父から、抑留から帰ってきた時の様子などを聞きました。娘はその話を聞いて大泣きしました。なかなか、つらい体験は口には出来ない物。そのつらい体験を伝えるのは本当につらいことだっただろうと思います。南と北と違いますが、父も学徒動員で行き、最後は手りゅう弾一つだけ持って見張りに立たされて、帰ってきたら、皆捕虜になって連れて行かれ、誰もいなくなっていたといいます。抑留中のつらい体験はついに直接口にすることはありませんでした。叔父は「よく、あんなに痩せられると思うほどやせ細って枯れ木のようになって帰ってきた」といいます。それでも、そうやって何とか生き伸びてくれたので、私も子どもたちも今命があるのですよね。
 それにしても、理不尽な理由で死ななくてはならなかった人が大勢いたことは、ちゃんと伝えていかないといけませんね。

投稿: | 2007年10月22日 (月) 22時58分

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