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2007年10月 3日 (水)

野菊は嫁菜?

Img_0034 嫁菜(ヨメナ)どうしてこんな名前が付いたのだろうか。

子供の頃は。全て纏めてこんな花を野菊と言っていたし、学術的にも野に咲く菊科の植物の総称だという。

その花の中央に花蜘蛛がひとつ、じぃっと餌になる虫を待っている。緑色したその姿は結構愛らしい、しばらく見ていたが花の一部になりきっているかのように動かない。

結局、餌になる小虫の方は私がいるので近寄らず、邪魔をしては悪いかなと思ってその場を離れた。

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若いころ伊藤左千夫の「野菊の墓」という本を読んで泣けたことがある。

その後、映画やテレビで「野菊のごときは気味なりき」と名前を変え何度か作られそのうちのどれかをを見たが覚えがある。

正夫という少年と従姉妹で2歳年上の娘の純愛物で、世間や親類の思惑で民子が嫁に行き、流産のあと肥立ちが悪く、若くしてしんだあと、周りがめんめんと悔やむ、そして、墓の周りを民子が好きだといった野菊の花で埋め尽くすと言うような筋書きだったように思う。

この物語は、作られたのがいまから百年くらい前のころだそうで、葛飾柴又は映画「寅さんシリーズ」や演歌「矢切の渡し」で有名になる前は野菊の墓だった。

明治の初め、封建時代の産物を背負っているころ、男女交際にうるさい時期であったし、親の決めた男とお見合い結婚が普通の時代に書かれたものだが、昭和も30年代に入っても男女があまり大っぴらに連れ立って歩くと言う風には田舎ではなっていなかったし、私の周りでもそういうことはタブー視されていたためかなり実感があった。

この、小説の中で、「私は野菊の生まれ変わりよ」という民子の言葉の後に、粗野でなく、可憐で優しく品格があり、、、と民子になぞらえて野菊を褒め上げているが、この場合の野菊とはどの花だったのだろうか、時期から言って紫苑か野紺菊か嫁菜しかなく、私は一番鮮やかな嫁菜の方をとりたいと思う。

今日は、嫁菜に始まって、連想がここまで来てしまった。秋の夜長はまだまだ先がある。

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