« 5球スーパーで | トップページ | 秋の空で稲刈りを、、 »

2007年10月 7日 (日)

油切れの身体

Img_0066 いやぁ、世の中広いわ! 5日に出発、六日七日と稲刈りの手伝いに長野まで出かけてきた。

黄金色に広がる田んぼの脇に立ったときは、勇気凛々だったが、ところ変われば品変わる。静岡や飛騨でのやり方とかなり違っていたことと、田んぼに入った人が少なかったため、呑まれてしまってたちまち気力が萎えてきた。

稲を刈って束ねるのは機械がやるので、今では何処も同じだが、稲の束を稲架(はさ)の架ける方法が土地よってかなり違う。それぞれ理由があってのことだろうが、建築物同様全国のやり方を調べるのも面白いと思う。

Img_0064 佐久地方の乾し方は、一段の横棒にぎっちりとかけるのだが、稲束を二つに割るのではなく、軽く一つまみにして、少ないほうを交互に架けて行き、その上に二つ割にした稲束を被せていくというやり方だった。

しばらくぶりの農作業は、使わない筋肉を動かすのと、作業方法が分からないため、一日目が終わった時点で疲れが厳しく、日帰り温泉にしばらく使って揉み解さないと動く気力がなくなるほどだった。

翌日の作業は、仕事懸かりから体がきつく、作業手順が分かったものの、身体の筋肉は油の切れた機械のように滑らかに動かない。

遠くに見える田んぼでは、コンバインが見る見るうちに田んぼを片付けて次の田に移っていくのを見とれてしまった。

思わず、前にテレビで見た中国の麦家(マイカ)が頭によぎった。将来日本も同様になるのだろうなと、、、

中国では昔から大きな鎌を一丁持って、平野部の実りの早い人の家の麦刈りを賃仕事として請け負い、次第に熟れた麦畑を回って稼ぎ、最後には山奥の自分の家の麦畑にたどり着く仕事をしている人がいるそうで、その人たちを”麦家”と呼ぶそうだ。

それが、改革開放の波に乗って大きなコンバインで麦を刈り、脱穀する人たちがでてきて、麦畑の刈り取りを競争しているとのことで「激突する鉄と鎌」といった題名(?)で放送されていた。

しかし、鎌を持つ人が半日かかってやる仕事を、コンバインは15分で片付け脱穀までしてしまう。農家にとっては刈り入れ時期の問題もあり、高くても機械麦家に頼む率が多くなり、鎌しかもてない農民との生活格差はますます開いていくというものだった。

稲架で自然乾燥し、熱を出来るだけかけない方法で脱穀精米したほうが美味い米になると言うことが分かっていても、高齢化などで身体が動かない。

そして、今どき鋤鍬などで田畑を耕す農家がないように鎌で稲刈りをする農家もいない。高齢化し身体が動きにくくなってくる農家において、どうしても機械に頼る農業になっていくしかないのだろうな。

そんなことを、感じさせられた稲刈りの手伝いだった。

|

« 5球スーパーで | トップページ | 秋の空で稲刈りを、、 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/90605/16703943

この記事へのトラックバック一覧です: 油切れの身体:

« 5球スーパーで | トップページ | 秋の空で稲刈りを、、 »