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2007年11月14日 (水)

秋が去った鬼ヶ岳(1,738m)

Img_0021_2  今日は朝早くに起きて、富士五湖のひとつ、精進湖に向かった。昨日は、朝から良い天気だったが、今日は少し気になる予報が出ているので、空の模様を確かめながらの出発。

最近の気温にしては暖かいのと朝霧高原辺りからようやく富士山のシルエットが見えかけたものの雲がかなり多い。

五時半過ぎようやく撮影ポイントに到着、確かめるともう30台以上の自動車が湖岸に集まって、三脚にカメラを乗せて待機している。ナンバーは関東一円で、地元車はほとんど見えない、カメラを見ると趣味を通り越した立派なものばかり、中には3台も持ってきている人がいる。   「プロの方ですか?違います?ギョッへーですな」と心に思う。

Img_0041 六時過ぎると夜も明け始め、空が明るくなり雲が夕焼けの逆の順序で明るくなる。朝日が顔を出す。この時季の太陽は、富士山から随分とはなれているのはもとより承知なのだが、此処から見る富士は”子抱き富士”と言って山頂の真下に当たる部分によく似た形の寄生火山”大室山”を抱えているように見えるので、横からの光の当たり具合が見たかった。

雲の様子からして、西側の本栖湖側に雲が低く、多分富士が見えないのではないかと思われるので、こちらにして正解だったが惜しむらくは、風が少し出ていて、湖面に逆さ富士が出なかったことである。

.鬼ヶ岳

日の出を見届けてから、となりの西湖北側の上にそそり立つ鬼ヶ岳(1,738m)に登ってみようと一番西側の集落の駐車場に車を停める。朝七時東入谷からはいり、堰堤を二つ越え三つ目綺麗に塗装をした堰堤から山道に入る、杉桧の暗い林、ほとんど落葉し明るい落葉松林を越えると急登続く尾根筋のブナの自然林とこの山は区切りがいい。

山の様子としては、霜も降りたのか花と名のつくものはほとんど見当たらず、かろうじてあった竜胆も一部はドライフラワーのようになっていた。落葉松やブナもほとんど枝には無く、落ち葉が道の上に降り積もり隠している所ある、百人一首の「契りおきし させもが露を 命にて あわれ今年の秋もいぬめり」という歌がふっと頭に浮かんだ。

最後に木の背丈が低くなって富士山を真正面に見る雪頭岳の頂上近くの斜面に出る。雪頭の言われは、したから見たとき雪の少ない部分が白く輝いていたためではないだろうか。

Img_0055 ここに、柏から来たという同年輩の人がいて、富士を眺めていた。聞けば夜明けを待って上りだしたという、そして、此処から富士の笠雲を眺めていたそうだ。(写真左は雪頭岳の山頂近くから見た富士、下は出発点の西湖。UHOみたいな雲、朝から午前中一杯同じ位置にいた)

Img_0072 しばらく話した後、雪頭岳。そこから15分ほどで目的の鬼ヶ岳(1,757m)に到着する。そこで早い昼休み(午前九時半)をしたあと、鍵掛峠を目指して尾根を縦走した。(写真。鬼の角を思わせる岩、鬼ヶ岳名前の由来との説もある)

この尾根は、全体としては下り坂ではあるが、標高で50mくらいのアップダウンを繰り返してのコースとなる。表土が少なく岩がむき出しになった部分もあって、変化に富み、おもしろいコースであるが、カメラの電池が無くなって撮影は出来なくなった。

この尾根筋から見ると、雪頭岳は鬼ヶ岳のほんの一部と言った感じだが、下から見ると立派な山に見え、別名を付けられているのは前面に押し出されているせいだと思う。

40分ほどで、鍵掛峠、そこから麓のの駐車場に一時間ほどのコースだったが、なんだか迷いやすい所があったりして初めての歩きでは難しいかなという感じがした。最後に”子抱き富士を一枚。父親の膝に入った子供というがどうだろう。

Img_0103

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コメント

高凛さんもずいぶんと長距離を歩かれたのですね。駐車場の管理人曰く「この付近を歩かれる人は、7~8時間くらい登っているようですよ。先日もあっちの谷から降りてきたそうですが、あんな危ないとこ何処を迷ってきたのかね~」と言っていました。
どうも、下に降りるとき迷ってもそのまま下る人が随分といるようです。(一番危ないのに、、、)

それから、テレビで見ただけですが、安倍峠に乗ってきた自動車を置いていたようですから、ピストンを考えていたように思います。とすると、よほどの健脚か、知らなかったのかになりますが、、、

投稿: オラケタル | 2007年11月15日 (木) 21時54分

ご無沙汰いたしております。
富士五湖周辺の山は大きな富士を道連れに、これからが一番良い時季だと思っております。
5年位前の秋分の日前後辺りに、文化洞トンネルから毛無山、十二が岳、節刀岳、鬼が岳から鍵掛峠を下ったことがあります。「山は早立ち」を原則としている仲間達は、長丁場で鈍足の私のために、いつもより出発時間を早めてくれたのを思い出します。
遭難した人は、安部峠~山伏と聞いていますが、日暮れを気にしなかったのでしょうか?
安倍峠~八紘嶺~大谷嶺~新窪乗越~山伏~西日影沢のコースと予定していたのでしょうか?
市岳連の方達も17、18日には捜索に出かけると聞いています。
安倍城址でも遭難、最近、身近な山で事故発生を聞くにつけて「自分も……」と考え、腰が引けてしまうこの頃です。

投稿: 高凛 | 2007年11月15日 (木) 20時41分

ナベショーさま

朝早くの山登りは、良い写真が取れませんが、日没を心配しなくても良いので、心にゆとりがありますね。

捜索に関係している人に聞いたところ、安倍峠の人はまだ見つからないようです。
また、昨年仁王山で不明になったと言う人もそうですが、この人の場合、家にはこの山に登ると言ったきりなので、何処から登ったかの痕跡も無く、、、ということです。

投稿: オラケタル | 2007年11月15日 (木) 06時45分

晩秋の登山は早めに、早めに、、ですね。
予定が狂ったり、道に迷ったら、間違いなく暗くなって野宿を余儀なくされてしまう、、、
先日の安倍峠の遭難者、、まだ見つからないのでしょうか。
道に迷っても、獣道に入り込んで沢に転落しない限り大丈夫なのに、、、
わたしもこの間だ、同じところで道を間違えてビバーグしただけに、人事ではありません。

投稿: ナベショー | 2007年11月14日 (水) 23時13分

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