唐土の鳥は
日本の土地に 渡らぬ先に
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今日一月七日は七草粥を食べる日。我が家でもしきたりに従って昨日摘んできた芹に大根 蕪の三草粥に省略して朝ご飯に供した。
上のはやし歌は、いつの頃なのか知らないが、七草粥の歴史は古いらしい。そこで不審に思っていた”唐土の鳥”ということを調べてみたら学界でもいろんな説があってきまった解釈が出来ていないそうだとある。
学者先生は閑人が多いのかこんなことまで研究しているのかと思ったらおかしくなった。「なぜって」こんなの簡単だよ。
”唐土の鳥”ってのは、いまの中国から悪い病気を持ってくる鳥という解釈に従えば、鳥インフルエンザを持ってくる渡り鳥しかいないだろう。
昔からあったんだよ。新種のインフルエンザを次々と持ち込む鴨の仲間だろうな。予防注射の無かった昔は一旦流行ると春まで収まらない。
それで、呪文を唱えながら薬効の有る草を細かく叩いて炊き込んだのだよ。
しかし、今の時代、芹 すずな(蕪) すずしろ(大根)はこべまではともかく、ナズナ(ぺんぺん草) ゴギョウ(母子草) ホトケノザ(大田平子)に到っては食べたいとは思わない。
さて、松の内も今日でお終い。松飾をはずしてしめ縄も片付け、鏡餅も下ろしたが、さてどうするか。
まえは、こんなに早くおろさなかったような気がする、硬くコチコチになり青カビ赤カビが入り混じった物を包丁でこそげ落として佐義長に持って行って、正月飾りや書初めを燃やしその火で焼いて食べて物だがそれは小正月の15日だったはず、、、
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今日の花。左 ホトケノザ、霜に打たれながらも枯れることなく咲き続けているが、春の七草ではなく、右のオオタビラコが春の七草として食べられる。
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