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2008年1月26日 (土)

火宅に救いは

Img_0095 昨日、石割山から帰ってきてから何回も生姜湯を飲んでいる。

どうも、その前の日から喉の調子が悪かったのをさらに悪くしたみたいで、声がガラガラ気味の喉に染み渡るように下がっていくのが嬉しくて、またしても手を出している。

それにしても、昨日出かけてきて良かった。今日は一面の曇り空になっているので、昨日の景色は望むべきもないだろう。

帰りに寄った”忍野八海”二十数年、本当に久し振りと言った感じだったが、「はて?こんなところだったのかなぁ」という感じがした。

「それぁ~、二十年余もたてば何でも変わるもんだよ。」ッて声も自分の身内から聞えて来ないでもないが、なんだか印象が違ってしまった。

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日蓮宗が一番大事なお経だと言う法華経の中に三車火宅というたとえ話がある。

”法華経”は解説書をさらっと見ただけなので何も知らないが、解説書によると「ある年老いた長者のボロボロに荒れ果てた家の中に子どもが遊んでいると、その家が火事になった。火の恐ろしさを伝え逃げるようにすすめるが、子どもたちは言うことを聞かないので、長者は外に出たら馬 鹿 羊の車を用意してあげるので出てきなさい。といい、出てきた子どもにもっと立派な車を与えた」と大あらまし書いてあるそうだ。(長者とは父なる人 釈尊だとある)

これを見て、いまの日本に当てはまるのかな?という気がした。子どもが国民だとすると長者にあたるのは首相であり、国民に目標を持たせて導く人であらねばならない。

小泉 安倍と二代続いた政権は、劇場型といわれる政治をし、このままでは何処へ行ってしまうかと不安になった国民は、参院選で反対意思を表明した。

変わった福田首相に穏やかな政治を望んだのだが、この人は「何にもしないことが良い。」と、いう人だったらしく、何事にも後追いの姿勢を崩さない。

良い悪いは別にして、池田首相は所得倍増論を訴え、田中首相は列島改造論を、そして、小泉首相は構造改革を、と、国民に明るい展望を示した。

しかし、現首相は問題になっているサブプライム問題やそれにかかわる株価下落についてなんにも手を打たないし、諸物価の値上がりで家計は”火の車”「国民の目線で」というわりには国民年金、ガソリンの暫定税率、C型肝炎、食の偽装などにも積極的に動こうとはしない。

末法の世界に入り、長者(釈尊)がだめなら張三李四の我々は、何処からか観音様や地蔵菩薩が現われるのを待つしかないのか。

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