« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »

2008年2月29日 (金)

緋寒桜はくたびれて

Img_0096 「休みだし、天気もいいし、富士川楽座あたりにでも行ってこない」って娘から電話があった。「ああ、いいね」ってんで娘の自動車で連れて行ってもらうことにした。

途中、「富士山を見るだけなら他にもあるんだけど、、、」と言ったら「ナビしてくれるんなら、何処でもいいよ」とのことなので、「右だ左だ」と指図をして、サッタ峠の西側、峠下の駐車場に入れ歩いて登る。

Img_0088 今年は、新聞でも騒いでいなかったのでどうかなと思っていたが、峠の緋寒桜は予想通り終末期に入り、残っている花もくたびれて可哀そうな状態なので、写すには忍びない。

変わって椿の季節だが、これは数少なく、少し霞んで春らしい富士山の引き立て役には役不足の感はまぬがれないし、梅も桜ほどではないにしろ今ひとつ、、、。

Img_0104 一旦、上の駐車場まで行って休んだ後、折り返しもとの駐車場に戻る。由比の町に車を進め、元名主だったと言う”小池邸”の雛飾りを、、、、そして、駅前を過ぎ、旧由比本陣に向かう。

看護士をしている娘は、この辺りのことを何も知らなかったと見え、周りの幾つかの店を覗いたり、食堂で食べた桜海老が美味かったと喜んでくれた。

私たちも、正月に来て食べた店の桜海老の大きな天ぷらと違って、つなぎが少ない今回の料理は箸で簡単にほぐせ、中までからっと上がっていたので、大変美味しく感じた。

いつもは、食事の後少し寝てからの運転だが今日は運転手付き、後座席に眠っているうちに御帰還、ごきげんな一日だった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年2月28日 (木)

見た目は小粋

Img_0045 昨日に続いて今日も少し風は冷たいもの、うららかな春がやってきている。

あまり良い天気にどこかの山にでもという気もあるのだが、一方でなんだか億劫な気もあって近所の散歩を延長し、大型電気店まで見物を兼ねて足を伸ばす。

行って見れば店の品物の配置が換わって、何が何処やらわからない。しかし、春の就職、就学に備えて用意する品を買わせる作戦か、決算前の売り上げ増を目論んでいるのか、天井から”大売出し”と書いた紙が満艦飾のようにぶら下がって賑やかである。

.

Img_0151 田んぼの中の水溜りには”ケリ”があちこちと歩き回り、餌を探している、胸のところには小粋にネクタイを締め、羽の外側は薄い褐色で目だ立たないが、ひとたび空に上がれば、千鳥の仲間だけあって真っ白な姿に変身する。

そのケリが、いつもに比べて警戒心が少ないのは、餌捕りに夢中になっているからのようだが、今ごろつがいになっていないのは振られてばかしか、甲斐性がないのか、、、

そろそろ、ケリをつけないと田んぼが水浸しになって子育てがむつかしくなるぞと、声かけると、やっと気づいたらしく甲高い声を上げて飛び去ったが、あの声は幻滅だね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月27日 (水)

チョッキンチョッキン

Img_0087 春は はよから 川辺の葦に

蟹が店だし 床屋でござる

チョッキンチョッキンチョッキンな

北原白秋の作詞になる”あわて床屋”の出だしであるが、兎の耳を切り落とした蟹はあまり腕の良い床屋ではなかったようだ。いや、ど素人だったかもしれない。

写真は、30数年前、アンデスの4,000m近い高地で鉱石探しのボーリングしていたころの私である。

人里はなれた山奥では、近くに床屋なんてしゃれたものはない。しかし、髪の毛は伸びる。そこで”にわか床屋”の出番となる。

机の片隅から紙きり鋏を持ち出して、切れ味の良いのを選んで使う。その当時、日本では長髪が流行っていた。しかし、その限界も超えるとお互いに散髪しあったものだが、何せ紙を何度も切ったりして切れ味が悪く、挟み込むこと数知れず、そのたびに涙が出るほどの痛みが伴う。

何回か経験したあとに分かったことは、切りすぎるなどの失敗した時はそのままにしておくのが一番だということであった。

切りすぎた髪の周りを目立たなくしようと手を入れると、ますます被害が大きくなり、傍目からも髪型がでこぼこが分かるくらいならまだ良いほうで、髪の下だけ日焼けしていない頭の地肌の白さが目立ってくると、男所帯でも恥ずかしくて四六時中帽子が離せなくなったことさえあった。

.

イージス艦”あたご”の航海長がその日の朝に、ヘリコプターを使い、偽って大臣に呼びつけられていたという。その席には他に偉い人4人が居たというが、これはどういうことだろうか。

偽ってまで連れだしたということは、事後対策、情報隠し 隠滅を図ったと見られても仕様のないことだろう。

大臣の責任は重い。隠そうとすると、さらに影響が大きくなるのは何も髪の毛ばかりではない。それとも国家機密に名を借りて隠滅しようとしているのだろうか。

早めにチョッキンと切りたかったか。

,

今日の花。左、姫踊子草、髪に簪をあしらって花を付け出したが、まだ祭りには早いようで”そろうたそろうた 踊子がそろうた”とまでは行かない。右、西洋からし菜、種は辛子の原料になる野菜だが、蜜蜂の養蜂家が種を撒いたそうで、巴川近辺には、今では雑草並みの強さで繁殖している。

Img_0077

Img_0082

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月26日 (火)

久し振りの雨に

Img_0064 いま、午後の十時、外は堰を切ったように雨が降り注ぎ、小屋の屋根トタンを打つ音が激しく聞えている。

この分では、「山は雪だんべ、」と言ったところか。春近い雪は湿り気が強く重い雪になるが、故郷の飛騨ではどんな具合かな。と思いながら、、、

.

同期会まで持たせてくれた晴天。なんだか、私の願いに答えてくれたかのようで、天の神に感謝しなければならない。

Img_0062 久し振りの雨で、空気もなんだかしっとりと落ち着いたような気がする。庭の路地植えの白いクリスマスローズもいつの間にか開花し、雨に打たれてうなだれている。

クリスマスに咲くわけでもないのにどうしてなのか、と見てみたら、この花はクリスマスローズの仲間だが、正確にはレンテンローズというそうだ。

本物はクリスマスのころに咲くそうで、時期が違うらしいのだが、似ているんだろうな。

花言葉は”なぐさめ”というらしいが、こんなにうつむいていられたら、こっちが慰めてやらければならない。

.

今日は、昭和12年に2.26事件が起きた日。5.15事件とともに日本が大きくカーブした日であるが、報道では完全に風化してしまっている

.

今日の花。外の雨をよそ目にベランダの蘭は花の付根に蜜を溜めているが、虫も鳥も来ない、なんのため?。右、春を表すめでたい花といえば福寿草。日の光を浴びれば黄金色に輝いて笑う。

Img_0048_2 Img_0073 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月25日 (月)

マスターキー

Img_0040 同期生の一人にマスタ君という人がいる。(静岡に多い増田姓とは違う)

外がまだ暗い五時過ぎに部屋に入ってきて、「おおい 起きろ」と擦れた声とともに電気を全てつける。

そして、自分のバックを見つけて出て行った。昨夜遅くまで起きていた一人なので、バックを置いた部屋には寝られなかったようだ。

「その声はどうした」と聞くと、何かで外に出たらオートロックで部屋に戻れなくなり、インターホーンやノックしてもだれも起きてくれないので、ロビーで朝まで寝ていたためというが、酒を呑み、大声で話していたせいかも、、、、。

別な一人が「お前さんも甲斐性なしだ、何でフロントに行ってマスターキーで開けてもらわんかったんだ」「フロントに誰もいなかったし起こすのもな~」という。

マスタがマスターキーを手に入れられなかったとは、バスターキートン(日本にもこの名の影響受けた益田喜頓という喜劇役者がいた)の映画みたいに時代がかっているよな。というのが古き(古希)を知る同期生の駄洒落感想。

しかし、寝ている人を起こしまくって憎まれ口を叩かれないのは、人柄というか、、、愛されているんだろうな。

帰りの新幹線の中でも結構出来上がっていて、連れの世話になったそうな。

.

外が白々してくると、窓から富士の上の部分がすっきりと晴れて見える、今日も快晴。

九時過ぎ、ホテルを出てかつらぎ山のロープウエイで山頂に一番乗り。眼下に駿河湾と淡島、富士山は愛鷹山を一体化したように抱え込み、低い雲を横たえて聳え立つ。

左側は風に吹き飛ばされたてか幾分地肌が剥げて見えるものの、御殿場側は厚化粧もたっぷりに白面をさらしている。

こんな景色を見ていると、飛騨や富山が雪降りだなんて想像できないが、、、、、などといいながら、心はもう帰り道の心配。まさに”帰心 矢の如し”か事情を知っているだけに当方も想像は付く。

来た時と逆に蜘蛛の子を散らすように各地に散っていく仲間、来る時は良いが別れは気が落ち込む。ここまで来てよかったという気持ちがあっただろうか、、それが無上のやりがいなのだが、、、。

.

今日の花。左、河津七滝にて、若葉までつけた桜、大島桜だろうか。右、馬酔木(アセビ)ピンクの綺麗な釣鐘型の花、これに毒があるとは、、、、

Img_0008 Img_0042

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年2月24日 (日)

春霞の富士に面目

Img_0015 人生僅か五十年 

下天のうちに比ぶれば 

夢まぼろしのごとくなり、、、 

幸若舞いの敦盛の一節で織田信長がこの謡いを好んだことで有名になったのだが、実際に戦後のある時期まで、人生は五十年だった。

我々の同期会も学校を卒業して早や五十年になる。つまり昔ならこの五十年だけで一生だったことになる。

このなかで、それこそ卒業以来という人物が来てくれたが、五十年のご無沙汰も一瞬で十代の青春を思い起こさせるに充分だった。

富山から来てくれた人は、5~6mほど先が見えない吹雪の中を早朝五時くらいから運転をして集合場所に向かったそうだし、飛騨の連中は朝6時前から雪かきをして来たという。

前日から伊豆入りをしてゴルフをしていた者は春一番の突風に見舞われ、シングルの腕前を誇っていたが、百叩きになってしまったと言い。東京からの連中は架線事故で東海道線が動かなくなり慌てたなんてこもごもに話す。

しかし、こちらに来て霞み立つ富士を見上げ、集まった甲斐があったといい、苦労した分だけ思い出としてのこる同期会になったと言う。

亭主役の自分も自分のものではないが、富士が見えるという面目を施し、挨拶を思っていたが、いざその時になれば全てがどうでも良いことになり、短いだけが取り得の口上となった。

そのあと、それぞれの話題を持って過ぎこし方を話し、気が付けば午前様。疲れて眠くなった人から勝手に空いてる布団にもぐりこんだので、最後まで残っていたものはその場の布団を広げて眠る。

男だけの同期会。部屋割りも何もない状態で夜が過ぎていく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月23日 (土)

護衛艦隊引きつれて

Img_0051 Img_0024 これで何度目になるか、麻機沼の河童ならぬ小白鳥について。

最近ではすっかり餌付けされたようで人が近づくと寄ってきて直接人の手から餌を啄ばんでいるようである。他の水鳥は警戒心を残し、まだそこまでいっていないので、小白鳥の後から付いてきて様子を伺い、おこぼれを狙っている。

さながら、巨艦に付き従う護衛艦みたいな状態だが、鳥たちとってこんな状態が良いのだろうか、とくに小白鳥はまだ幼鳥であり、この沼に一生住み着くのならまだしも、北に帰る機会を失ったり、警戒心を失くすあまり殺される可能性がある。

あんまり、自然に手を入れないほうがいいのだが、小母さんは今日も餌もってやってくる。

,

お昼ごろから風が強くなって、砂埃か黄砂か分からないが、遠方が霞んでいる。

”春一番”綺麗な名前とは裏腹に突風が吹きまくり、明日からまた寒さがぶり返すというが、これからいよいよ”三寒四温”の季節にはいるかと思うとまんざらでもない。はやく、花の季節が来ることを祈る。

.

食の偽装になかなか歯止めがかからない。

今度は新幹線の弁当にも期限の偽装が発覚した。今まで同様内部告発である。

戦後の食糧難を経験した自分たちには、食べられるのに捨てる、使えるのに捨てるということは「モッタイナイ」のひとことであるのは分かる。

しかし、この期限は自分たちが設定したものである以上守らなければならないし、常に売れ残りを出すというのもどうかと思う。

少し少なめに作って、「売れ切れの節はご容赦を、、、」ぐらいのことが出来ないのだろうか、先日問題になった伊勢名物「赤福」などを見てもあちこちに出店を出して拡大を図ったことが失敗の元だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月22日 (金)

あぁあ 眠くなる

Img_0079 Img_0078 「鵜の目鷹の目」というくらい鳥たちの目はよく見えるらしい。

そのためか、野鳥はめったに人を近づけないのだが、、、、どうした加減なのだろうか。

水面を見つめて佇む川鵜。この顔つきは、鋭さがうかがわれず、なんだか物思いに沈んでいるように見えるのは、気のせいか、、、、、、

気温は20度ちかく。霞み立つ水面を眺めているうち眠くなり、「春の湖 ひねもすのたりのたりかな」なんて思っているのか。

あぁあ、見ているこっちまでつい眠くなる、、、、、

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月21日 (木)

御馳走できるか富士山を

Img_0052 今日は旧暦の上元、7月のお中元は何かと贈り物が飛び交うが、上元はなにもない。

昨日までの明るく煌煌と輝いていた月も満月の今日は気温のせいか少しぼやけて見える。

前にも書いたが今年は年始から本当に雨が少ない。少しは降らないかと思っていたが、ここ2~3日は何とか月曜日まで持たせて欲しいと願っている。

Img_0051 じつは、今度の日曜日私が幹事となって、伊豆長岡で同級会を開くことになっており、今日最終的な打ち合わせを行なってきた。

私たちの高校は飛騨の神岡であり、これまで地元の近くで開いていたが、富士山と(河津)桜、つるし雛などをご馳走に饗したいと願っており、先年幹事を引き受けた次第であった。

そのなかでも、富士山は最大のご馳走と思っているので、何とか晴れて欲しいと願っている。

今年は、数え年で「古希」を迎え。各地から集まって初めて顔をあわせて半世紀余。「当日はまた気分だけでも高校生に戻って語り合うのが楽しみ」という電話もきて、いまからわくわくしている。

.

今日の野鳥。水ぬるむ小川の小魚を足で追い出し啄ばむ小鷺。もうすぐ北に向けて北帰行をするかコガモのつがい、仲良く寄り添っていた。

Img_0006 Img_0008

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年2月20日 (水)

戦意喪失

Img_0199 ポカポカの陽気で家の寒暖計は日蔭にもかかわらず午後には15度まで上がっている。

その陽気に誘われて、杉が花粉を飛ばしているらしく街行く人の口元が白いマスクでおおわれ、美人とそれなりの人との区別もつかない。

久し振りに街中に行ってきた。新聞にデパートの催事広告が付いていたので、これなんかが欲しいと思ったのがきっかけ、考えてみれば今年はじめてのバスであり、この辺りにきたのは何ヶ月ぶりなのか定かではない。

普段は駿府公園までトレーナーで散歩に行くのだが、今日は少し伊達こいて出かけてみた。行ってみると会場は開店草々の時間なのに人いきれがするほどの人がいて、レジの周りも行列が出来ている。

こういう雰囲気に弱い私は、いっぺんに戦意消失。とても、あのおばさんたちを掻き分けて品定めをする気にはなれない。

あきらめて、駅のほうに行って見れば、これまた工事中で殺風景なこと極まりない上、駅ビルも改装中とのことでシャッターが下りている。

まさに、三日見ぬ間のなんとやら、、、そして、いつもの寿司屋に顔を出し昼食だけで帰ってきた。

.

Img_0020 昨日からテレビは自衛隊のイージス艦が漁船を沈めた話で賑っている。事情はどうあったのかこれから徐々に分かってくると思うが、最新鋭の機器をそろえたはずの軍艦が、漁船を直前まで気が付かず見つけたときには手遅れだった、とはどうしたことだろう。

もしこの漁船が、魚雷などを積んでいた船だったとすると沈没していたかもしれないのだが、イージス艦というものはこの程度の船だったのだろうか、、

第二次大戦末期、日本軍は資材がなくなって、木製のモーターボートに爆薬を積んで体当たり特攻を行なったと聞く、とすると、この程度の船に爆薬を積んで狙わせるというヒントを与えた事になるのだろうか。

以前にも、潜水艦が釣り船を沈めたことがあるが、この教訓は風化していたことが残念である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月19日 (火)

春告げ花 わさび

Img_0011 Img_0012  有東木の山葵の花。

瑞々しく若い(静岡言葉でミルイ)茎の先端に、これまた可憐な花をこれから4月まで山の谷あいを真っ白になるほど咲かせ染めていく、いまはそのはしり、、、、。

春を告げるわさびの花、いろいろと料理をして食べるが、他の山菜などに比べるとピリッとした辛味が特徴で、この季節だけの限定品。

我が家では、茎の部分を指で軽くつぶし熱湯をかけたあと鍋ごと水に浸して急冷し、塩昆布(ふじっこ)と揉み合わせて冷蔵庫にしまい、翌日辺りから食べだすが、酒の肴としても合うし、御飯にも合う。メタボリックを気にしながらも、そっと、お変わりをしたくなる困った食べものである。

.

今日は”雨水”。暦の上でも、氷雪の季節から温かみがまして雨が降る季節になる時期と言う。

土に湿り気が入り農作業の準備にかかれるようになるというが、静岡ではここしばらく雨らしい雨も降らなくて、先日も安倍川が瀬切れを起こしているとテレビで報じていた。

瀬切れとは、水の量が少なくなり、表層水が見えなくなった状態で、川原は一転砂礫砂漠になってしまった。江戸時代のころは橋がなかったので旅人は悦んだことと思うが、今の時代飲料水に影響がないことを祈るばかり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月18日 (月)

ノースポールは北極

Img_0032 この花の名はノースポール。

北極点を意味する名をもつので、アラスカとかシベリアなどで北極に近い地の果てで咲く花かと思っていたら、同じ地の果てでもアフリカのアルジェリアだと聞くと「なんで またぁ」となるが、花の咲き方が株を白い花で埋め尽くすからだそうだ。

この花 キク科だけあってよく似た花が多く、始めはマーガレットや浜菊の園芸種かとも思っていたが、本籍地が北アフリカと分かれば、、、、、

.

その北極も、温暖化とやらで繰り返し氷の壁が崩れていく様を放送しているが、大昔から氷河で押し出された氷の壁や両極の氷が崩れるのは自然の摂理のひとつである。

しかし、そのスピードが速くなっていることに、私もほんの少しは加担しているかと思うと幾分責任感はないでもない。(エネルギーの無駄遣いをしている人に比べればごく僅かだが)

その、エネルギーの大きな部分を占める化石燃料の内、ガソリンの暫定税率をさらに十年延長しよう、と政府与党が地方の議員や県知事などを含めて流れを作ろうとしているが、暫定の名の下に何十年も続け、さらに10年というのはいくらなんでも酷いのではないかという気がする。

「暫定」というのは、どれだけと思っているのだろうか。

さらに、国会の論戦を聞いても、野党は細かい無駄遣いを指摘する受け狙いの質問でなしに、もっと重要で、根本的なことで論議して欲しい。

使われない無駄な道路、土地の買収金額が周りに比べてべらぼうに高い、天下り先の優遇などを是正すればこんなにいらないはずである。

必要な道路でなく建設工事業者を守る道路行政だと指摘する声もある。しかし、国民より官僚の理屈に迎合している冬柴大臣は聞く耳がないみたいだし、事なかれの首相もねぇ~。

序にもうひとつ、最近の円高が石油価格に影響しないのはどうしてなんだろう。これにも裏があるのか、、、、、

.

今日の駿府公園。北側の寒桜は散り、東西両側の紅白の梅が盛り。通りかかった人によると一月から咲いているとのことだったが、穏やかな日の光と青空を背にを受けてほのかな香りを撒き散らしている。

Img_0024 Img_0025                 

おっと、伊東の小学校から寄贈の”大室桜”も淡いピンクの花を咲かせていた。

Img_0028     

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月17日 (日)

恋は盲目

写真: 土を耕せば虫が出てくるのは鷺でも分かるが、、)Img_0170

「風が吹けば桶屋がもうかる」という話がある。

風が吹くと目に塵が入って盲人が増える。盲人が増えると三味線が売れる。三味線が売れれば皮になる猫が減る。猫が減れば鼠が増える。鼠が増えれば桶がかじられ、桶がなくなるので桶屋が繁盛する。という筋書きであり、荒唐無稽の話として残っているが、現在の世の中その荒唐無稽が起きている。

地球温暖化に始まって、バイオ燃料が必要となり、そのため穀物や飼料が減り、肉やパンなど食品が高騰し、と、、、下司の勘繰りでは何でもかんでも地球温暖化にかこつけているような気がしないでもない。

そして、その先どうなっていくのか、何処に飛び火するのかあんまり想像したくない。

.

Img_0155 麻機沼北側の駐車場にある欅の木を中心にしたテリトリーを持つ百舌、このごろ彼女も得てその表情も穏やかになった。

そして、恋に熱中しているためか、人にたいする警戒心が薄れているようで、今日も手を伸ばせば届くくらいの距離まで私を近づけさせる。

一方、田んぼのケリはとみに縄張り意識を持ち出したようで、お役所の人同様、縄張りを守るために人間にもけたたましい警戒音を発するようになってきた。

いよいよ、春の足音が聞こえだしたが、沼の小白鳥は北帰行がまだなのか、中ほどで昼寝を決め込み、風に流され漂っている。

Img_0142 Img_0157

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月16日 (土)

憑きを落とした冷気

Img_0016 今日は西行忌。(写真は緋寒桜)

ねかわくは 花のもとにて はる死なん

そのきさらぎの 望月のころ   山家集より

花の一番少ないこの時期を言うのではなく。旧暦で言うと今年の二月十五日は三月二十二日に当たり、花も沢山咲いているはず、、、

この人が出家したのは、親しくしている人の死が動機だったと聞く、今と違って、当時の出家は家も家族も捨てて飛び出すものだが、家族の絆を捨てるほどの心境はわからない。

.

従兄弟の連れ合いの葬式。あまり深い交際はしていなかった人だが、やはり年の近い人の場合は、その場では感じていなかったのだが、気持ちの上で響いていたのか、はたまた死者の吸い込みオーラみたいなものが有ったのか、、、。

夕方うたた寝したにもかかわらず、今朝の目ざめは普段より遅い時間まで暴睡してしまった。

寝すぎたせいか朝の目覚めも良くないため、早々に散歩に出かける。今朝も気温が低いらしく風が冷たく、つき物が落ちるように身体が目ざめるのが分かり気持ちがよかった。

やはり、馴れた散歩道は気分がよく、ヘリポートを越えてその先まで片道6kmほどあるいてしまう。

Img_0132 道端の小さな水路にはアメンボウも出てきて活発に動き回って、おもわず#は~るの小川はさらさらいくよ、、、、。っと

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月15日 (金)

仏法いまだ

P1010052_2 今日二月十五日は仏教の開祖お釈迦様が入滅した日だと和尚は言う。

試しにパソコンで見たところ、釈迦が生活した年代には二通りの説があるが何れも紀元前であり、キリストやマホメットより早い時期に当たる。

一説では、およそ2,500年も前のことだそうだが、以前は旧暦でこの日の行事をやっていたそうで、最近では三月十五日に行なう所が多いという。

まぁ、2,500年も前の話となれば、少々のずれぐらい構わないだろうが、それにしてもこんなに長い間後世の人々に影響を与える哲学を構成したものと感心させられる。しかし、生年月日は、生身の人間では戸籍がどうのたら言うて面倒くさいことになる。

.

従兄弟の連れ合いの葬式に出席したが、いまでは、子どもたちも40代に入っていると、主導権は彼らにまかせて我々はもう隠居扱い。

やり方に違和感を少し覚えても、葬儀社と相談の上物事を進めていく。仕方ないので、片隅に集まって昔語りなどで時間を潰すが、煙草も吸えないこのご時世いらいらはつのるらしい。

私は幸いとノンスモーカーで影響ないが、座ってばかりでいるのもこれまた結構な苦行であり疲れる。

.

外は天気良く 風強く、陽だまりに春の象徴”フキノトウ”も芽生え、和尚は輪廻転生を説くが、寒くて広い本堂の灯油ストーブはその周りしか暖めない

そのストーブを背にしてありがたいお経を聞けば、ついコックリコックリと舟をこぐさまは、仏法いまだに弘布せず、、、、

それにしても、最近は支離滅裂気味、

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年2月14日 (木)

アンテナの山 高草山(501m)

Img_0115 静岡市の山が竜爪山なら、高草山は焼津市の、いやもっと地域を広げて志太の山ということになる。

標高は501mとぐっと低いが、下から見るとかなり雄大に見える。しかし、この山登るというより、車で行くといった感じ、さらに頂上周りにアンテナが立ち並び私から見るとあまり魅力のある山とはいえない。

Img_0117 今日は、天気もよく従兄弟の連れ合いの葬儀準備に少し時間があったので行って見た。この山あまり古くない時期に開墾されたらしく、山中に農業用道路が張りまわされている上、歩く道も四通八達し、あちこちから登ることが出来るが、今日は坂本地区から頂上直下まで車で行き、歩いた山道は10分ほど、、、

麓には、東名の道路がうねうねと焼津の町を二つに分け、拡張された港がすっきりと見えた。

Img_0111_2 Img_0110 上りきった右手に、ソロモン海域で亡くなった20数万といわれる兵隊を偲ぶ記念公園が海に面してアンテナの陰に作られている。

Img_0113 ここで、お参りし、海の彼方を眺めた後、頂上と言われるまた別のアンテナの下にこれまたひっそりと静まり返っているお宮さんを詣で、今日もすっきりとした顔の富士山に挨拶をして帰る。

,

今日はバレンタインデーだという。私は仏教徒、耶蘇(ヤソ)の習慣なぞもとより期待してもいないので、スコッチのバランタインを幾分聞し召して床につくことにした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月12日 (火)

その一言で

よく蕎麦を食べに行く有東木の”うつろぎ”のトイレの窓に小さな額縁が飾ってある。

Img_0118 その一言でやる気を起こし その一言で励まされ

その一言で夢を持ち  その一言でうれしくなり

、、、、、、、、、と、写真の句が続く。

だれが考え作ったものか調べてみたが分からないし、あちこちで使われているようなので、拝借したしだいである、著作権があるのならしばし、ごめんを蒙って書く、言葉と言うものはつくづく不思議なものである。

同じ言葉でも、話しかた、抑揚、気分などその時の感情によって大きく左右され、額縁の反対もずいぶんと経験してきた。

言葉と言うものは、人間が考え出した最大の文化遺産のひとつである。動物などでも鳴き声で感情の表現や意思伝達をするが、人間ほど細やかに表現をしないだろう。しかし、思ったことを思ったように伝える難しさは何時までたっても変わらない。

.

昭和30年代のテレビを見ていて、なんでもないはずのところで胸にぐっと来た場面があった。

あのころの、一人当たりの畳の面積は2畳半を下回っていたと言う。画面では六畳間に6人の親子が布団を敷くと集まってきて目刺しのように並んで寝る場面で、自分たちもそれに同様の状態だったことを思い出したせいである。

当時は五人兄弟は当たり前の世の中、住宅事情が悪い所に子沢山。少子化大臣どころか、サンガー夫人とかの影響も有って産児制限が声高に唱えられた時期だった。

それがいま、我が家にしてもそうだが、一人何畳なんだろう。あのころから見れば夢のような世界のはずだが、、、、、、、

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月11日 (月)

百舌が梢で

Img_0102 百舌が梢で歌いだした。

年末まで縄張り争いで甲高くキィーッキィーッと鳴き、大きく尻尾をふりまわしていたが、今日の鳴き声はどうもホオジロ風の鳴き声。

まだ練習中なのか、どの鳥の声とも言いがたかったが、縄張り争いのときの声とはまったく違っている。

彼らなりに、あの声では雌の気持ちを引き付けるわけにはいかないと感じているらしく、名前の通り百の声色を使ってこれから競うのだろう。

お陰でこれからは百舌の姿を見ることが少なくなるし、他の鳥の声で探しても百舌しか見えないといった状態になる。

”百舌が枯れ木で鳴いている、、、”という歌が反戦歌として”歌声喫茶”で歌われた時期がある。作詞はサトーハチローで昭和10年に作られたものだと言うが、あの時代にこの詩を発表したのはよほど度胸があってのことだと思う。

いま、上映中の”母べぇ”もその時代のことだが、思っていることを口にしただけで国家権力に弾圧された戦前。

我々が歌ったのは、ベトナム戦争の時期で自由に物が言える時代に入ってからのこと、、、、、、

百舌も、秋からこっちの戦いが済み、国境線が定まって雌を迎える準備が整ったことを示しているが、人間はいまだ混沌とし、世界各地でキィーッ キィーッと鳴き続けている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月10日 (日)

紅一点

Img_0092 また小難しい漢詩をひとつ。

万緑叢中紅一点 

動人春色不須多

王安石という人の”咏柘榴詩”と言う詩の中の一節である。

日本ではその中の「紅一点」が取り上げられ、一般には男の中に女性が一人いるさまを表すときに使う言葉としてあちこちで使われる。

本当の意味は”緑の草むらの中に咲いている柘榴、人を動かすに春色 多く用いず”と言った意味か。

今日の写真は椿の花。 詩では柘榴の花の咲く六月ころの情景であるが、春の陽気を一段と感じる昨今に置き換えても矛盾がないように感じる。

緑の葉に囲まれ、赤い花をおちょぼ口に開いて春色を用いている。いまに喉チンコの奥まで見せるようになると、怖いものなし、、、

では、女の中に男が一人でいるのをなんていうのだろう。紅一点のようにチヤホヤされるどころか、胡散臭い目で見られるのがおちだし、男は気が弱いから尻の辺がむずむずして居心地の悪いことこの上も無い。

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 9日 (土)

ひょっとして焼き餅かな

Img_0070 冬の雨が夕方から降り出した。

テレビは、東名のあちこちで雪のための通行止めを報じている。

ここ静岡でも明日の朝降り積もってでもいたらおそらく12年ぶりの事になるが、おそらく、雨のままで終わりそうな気配である。

ということで、雨が降り出す前にと麻機の山に出かけると、ジョウビタキの雌がすぐ傍の藪から顔を出して不思議そうに首を傾けながらこちらを見ている。

雄に比べれば地味な色合いは他の鳥と一緒だが、こちらを見る目がつぶらで可愛い。

P1010015 少し離れたところで、雄のジョウビタキが”ヒッヒッ”と警戒の鳴き声を立てているのだが、興味津々と言った所。「女は弱し、されど母は強し」は昔の死語となり、人間同様女も強くなったのだろうか。

それとも、見知らぬ人に声をかけるのは女性のほうが多いが、鳥もそうなのだろうか。とすると、傍で鳴いていたオスの声は警戒音でなく、人間に興味を持つ雌に対する焼き餅だったとすると嬉しいな。

「ジョウビタキに焼き餅やかれた」って言いふらそうか。馬鹿にされるけど、、、、

.

「無理偏に拳骨と書いて兄弟子という」というのは相撲部屋のことと聞いたのはずいぶん昔のことだったが、今でも生きているようで、今日のテレビでも、時津風部屋の逮捕された力士は「親方の命令は絶対だった」と供述していると言う。

よく、欧米のスポーツは博愛的な友情を基礎にし。日本のスポーツは年功序列を基礎にしていると言う。大学の体育会全般に「四年生天皇 一年生奴隷」と言われるように先輩の言うことが絶対と言う、これまた相撲部屋みたいなことが言われている。

その元は欧米ではスポーツは「憂いを払う遊び」と捉えているのに対して、明治以来の日本は富国強兵のための国民体操を基にした発想の違いがある。

昨日も元関脇の竜虎が、相撲社会は「古いしきたりを守った国技だ」と言って「戦争中上官の命令は絶対だといわれ、従ったB級 C級戦犯として処刑されたのと同じ」とたしなめられていたが、相撲協会も今回の教訓を生かせないようなら、解散し”国技”を返上しなくちゃならないだろう。

もっとも、幕内力士に、あれほど外人力士が入っているようでは、、、、、

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 8日 (金)

夕焼け富士を見たくて

Img_0053  昨日今日とお出かけ日和の上天気だが、今ひとつ気が乗らない。

夕方になって、夕焼けの富士が見たくなり、梶原山に出かけてみた。

瀬名の光鏡院脇の農道を日の沈むのと競争するように登っていき、どうにか5分ほどの差で山頂に着くことが出来た。

山頂の梶原一族を供養する碑とそばの枝垂れ桜に夕日が当たって燃えている。

街中は、すでに夕間暮れの雰囲気。日は西の高草山の北側に尻をつけかけていた。

上空にはほとんど雲もないので、折角の富士も桃色にまで焼けているものの、期待した赤富士にはならない。

日が沈むと西の空を除いて夕闇が一気に押し寄せ、寒い風とともに富士山もねずみ色に沈み込み空と同化しようと色を失う。

夜景も写そうと思ったが、”また今度”とたいさんする。

Img_0042 Img_0062

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 7日 (木)

旧暦の正月だもんな

Img_0001 木の枝に蟷螂(カマキリ)の卵がくっついていた。

葉が茂っているうちは分からなかったが、丸坊主になって露見する。

子どものころはよく玩具にして突付いたこともあるが、あるとき、幼虫が孵ってくるところを見てから、触らなくなった。だって、3㌢足らずのところから何時までもうじゃうじゃと限りなく出て来るのだから、、、、、あまりの数に恐怖心を抱いてしまった。

最近の子どもがキャンプなどであまりにも多い星を見て「気持ち悪くなった」というのに似ているかも知れない。人は、どんな小さなものでも数が多いことに恐怖感を持つのだろうか。

昨年秋、長野の義弟は「今年は蟷螂の卵が高い所にあるから、雪が多いだろう」と言っていたが、どうも昔から言われていたことのようで、その説を支持する研究発表もあると聞く。

低い所では雪の下になるし、高いところでは鳥につつかれるで、蟷螂も長期の予想をして子孫繁栄を願っているようだが、どういう方法で積雪量を感知しているのだろうか。

地震の前に鯰が騒ぐとか言うし、動物には予知能力というものがあるかもしれない。

.

Img_0009 今日も穏やかに晴れ上がり、近所の梅も上品な香りを振り撒いている。天神さんでは無いが、香りに誘い出されて花のすき間をのぞいて見ると、蜜蜂も眠そうな顔をして花に取り付いていた。

こんな花の蜜なら、よほどよい香りがするのだろうが、寝ぼけまなこで取り付いているためか、あまり熱心に集めているようには見えない。

蜜蜂にとっては、新年のあいさつ回りと言ったところか、なんせ旧暦では正月だもんな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 6日 (水)

花はなんのは~な

Img_0056 おどま かんじんかんじん

あんひとたちゃぁ よか衆

よか衆 よか帯 よか着もん

五木の子守唄で有名な民謡の一節である。

貧富の格差が声高に言われる昨今だが、この歌の文句が出来た当時はこんなものではなかったとおもう。

実際、私が小さかったころでもそういう感じはなんとなく分かった。食べるもの着るものはもとより、家には一目見ただけで分かる差があったし、祭りの寄付などはあそこは御大尽だから、うちはこのぐらいで、、、と少しで済ませられた。

戦後、農地解放で自作農が増え差が縮まったかのように思えるが、山林を含む土地は対象外だったので、田んぼの少ない飛騨ではなんの変わりもないような感じだったし、小さな集落では何人かの地主で土地を占有していたので、ほとんどが借家借地だった。

その後、昭和30年代に入って就職した時「同一労働 同一賃金」をスローガンにする労働運動に共感したものだった。

そして、昭和50年代になるとほとんどの人が自分は中流であると認識するほど平均化したが、小泉政権以来の金持ち優遇策を取ると、今度は「勝ち組 負け組」の二局化が始まり、勝ち組といわれる御大尽は負担を避けて溜め込むことに精を出す。

現在は、昭和初期までのような貧富の格差はないのかも知れない。しかし、これほど声高に言われるのは、富の分配が偏り、有り余ったお金はヘッジファンドとやらでガソリンや穀物を投機の対象にし、ますます差を広げ貧乏人ほど負担感を強く感じさせる社会になっていく。

一部の人だけの労働組合、農協などは方向転換し、弱い者の味方は力を失い、ワーキングプアーなんて言葉がまかり通るようでは、「何から何まで真っ暗闇よ、、、、」と嘆くしかないのか。

Img_0058 花は なんの花 

 つんつんつばき

水は 天から もらい水

.

いずれは散り、地に帰りゆく椿 一瞬の花なれど、、、、栄華を求めて

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 5日 (火)

桜にメジロはなんとなく

Img_0137 今日は朝から鳥になつかれているような一日だった。

Img_0139 まず、天気の良いのを見越して日の出前の麻機沼。地平線に雲があり、考えていた構図と現実が一致せず夜明けの写真がうまく行かなかったが、池の中ほどにいた小白鳥の若鳥が私を見とめて首を上下に振りながら近寄ってきた。

先日のカメラマン氏は凄いレンズを持ってやっと撮れたというのに、これはどうしたことだ。

昨年の年末に逢って以来の彼(?)はまだ”みにくいアヒルの子”のまま、というより、首から上がさらに黒くなったような気がする上、みすぼらしく感じた。

野鳥に餌をやらない方が良いと言われているが、この状態を見ると、、、といって餌になるものも持っていないので、分からないだろうけど声をかけてやった。「もう一寸だからガンバッテな」と

Img_0142 想像だが、人間の傍なら安心して食べられるとでも思ったのだろうか。水中に首を突っ込んで何かを食べていたが、また沼の中ほどに去っていった。

城北公園に向かう

.

Img_0193 そのあと、城北公園にをひと回り。運動場に一本だけ咲いている桜の木があった。

「河津ざくらでしょうか」と年配の婦人に声をかけられたが、桜の種類は多い「多分そうではないかと思います」としか返事ができない。木の下に入って写そうとしたら、つがいのメジロが頭越しに飛んできて蜜吸いをはじめた。

これも多分、離れた所にいるヒヨドリの妨害を避けるため人間を利用しているのだろう。大胆不敵。手が届く位置にまで来て花の蜜を吸うので、シャッターチャンスとは思いながらも近すぎてフレームの中に入らなかったり焦点が合わせられなかったりで苦労した。

鳥の言葉が分かれば、此方の思い込みかどうか分かるのだが、、、、と思いつつ、はて、こんな状況をどういうのだろう。

梅に鶯ホーホケキョ」をもじって「桜にメジロはなんとなく(鳴く)」とね。

Img_0160 Img_0166

Img_0169

みなさ~ん、静岡の春ですよ~(余計なお世話かな)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年2月 4日 (月)

艶々と輝く

Img_0049 梅の花も咲き出し今日から春。

各季節ごとに立春 立夏 立秋 立冬とあるが、春が立つとはなんとなく心ときめいて艶かしい気分になる。

そんな日を象徴すかのように昨日の各地を混乱させた雪模様の天気も一変、温かい日和であった。

静岡の山 竜爪も昨日の荒れ模様の影響を受けて白くなっていた、「竜爪が三度白くなると春」というのが、こちらの言い方。とすると、もう一回白くなるのだろうか。

Img_0050 手入れされなくなって何年か経ち今では原野に帰った田んぼに”鵯上戸”(ヒヨドリジョウゴ)の赤い実を見た。草の間に濡れたような色をしてツヤツヤと光輝いていた。

この草の花をまだ見た憶えはない。たぶん、夏場の草むらでひっそり咲いているのだろうが、冬になって他の植物が葉を落としてから目立つ草である。

こんなに目立つくせに、遅くまで残るのは鳥が食べないため、名前から言ってヒヨドリが食べるのかと思っていたが、毒があるそうで大量に食べると神経が麻痺するそうだ。

毒があるということは、薬にもなるということで漢方では黄疸やヘルペスに使われるそうで、いわゆる”毒にも薬にもならない”草とは違うようだ。

.

最近のテレビは毒入り餃子で沸き立っている。様子を見る限りでは偶然でなく故意に入れられたようだが、一番驚いたのは輸入された餃子はこの時期だけで1,300㌧にも上るということだった。

日本に餃子が広まったのは、戦争に負けて中国から引き上げてきた来た人々が懐かしんで作ったものが広まったそうで、私も餃子と言うものを食べたのは就職してから(昭和30年代)だとおもっている。

土砂なら、1,300㌧というのはおぼろげながら想像がつく、しかし、餃子となると軽いし袋入りだから膨大な量になるのだろうが、よくこんなに食べられるものだと思うが、さて体積はとなると全然分からない。

近所では浜松が日本で一番食べると言うことだが、これからは買って食べるというのは考え物と言わざるを得ない。

ただ、原因を感情的なチャイナーフリーズにならず、慎重に調査し対策を講じてほしいものである。「中国からの輸入が止まったら日本の食生活が成り立たなくなる」とテレビで言っていた商社の人がいたが、自給率40%を切る国にしたのはこの人たちも大いに関係がある。

アメリカ牛肉であったように交通事故より少ないなんて理屈を付けられてうやむやのうちに政治決着をすることのない様に、、、、。

.

今日の花。左、千両、黄色い実も上品に。右、高砂百合、鉄砲百合に似ているが葉が細く花の外側が赤味を帯びている。原産地が台湾で普通は夏に咲くのに道路のアスファルトの隙間に咲いていた。二重苦の”土根性百合”

Img_0045 Img_0062

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 3日 (日)

チャンチャラおかしいと

Img_0110 大きく甲高い声で「おには~そと! ふくは~うち!」って声が聞かれなくなって二年たつ。

いまでは、孫たちも学校だ友達の家に行くだで忙しいらしく、豆撒きぐらいでは来ない。おまけに終日の雨もよいと来ればこちらからお宮さんなどに行って拾うのも億劫になり、閉じこもりを決め込んでしまった。

それでも家は一番遅くまでこの近所では音を挙げていた家だと思う。街中rとはいえ、ここらあたり一体もすっかり年寄りだけの家ばかりになり、何か年中行事があってもひっそり寒と静まった街になってしまった。

それでも年中行事、夕方になって掃除の邪魔にならない程度、小さく低い声で各部屋に2~3粒づつ撒いて周った。壁に掛けてある浅間山 ”鬼の押し出し”で買ってきた鬼の面もチャンチャラ可笑しいといった表情で、目をむいている。

これからの日本の風俗では、「ふくはうち おにはそと」と声を張り上げるのは神社仏閣だけの行事として認識されていくのだろうか。

家庭内の鬼を追い払わなければ、親子で殺しあったり、金の亡者にならせる鬼がはこびるような気がする、豆の量はもとより声が小さければ鬼がのさばり笑う。

「鬼に笑われるようじゃ、今年もどうしようもないかね」と思いながらも、じいじの声は小さい。

,

Img_0017 近くの川では、雨の中 大鷺 小鷺 青鷺それぞれ一羽づついて、あちこち歩き回っていた。三種混合で魚を探している模様だが、餌が同じなので喧嘩になっても不思議ないのになぜだろう。

彼らのうちでは同属意識というか、人間の肌の色程度の違いしか感じていないのだろうか。なんて思いながら眺めていた。

空を飛ぶ鳥は、体重を極限まで軽くするため、いろいろな工夫が身体にあるそうだが、そのひとつに、どんなにしつけても糞を出すことだけは出来ないそうである。

つまり、空を飛ぶと言う有利な条件と引き換えに、食べものを食いだめするとか我々のように肥満体では身を守れないそうで、切実なものがあると聞いた。(その一方で人が与える餌で肥りすぎの鴨がいると聞くと話の信憑性が薄れてくる)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 2日 (土)

オオバンですか

Img_0255_2 「あの黒い鳥は鴨の仲間ですか?」と同年輩の人に不意に声をかけられた。

「えーと、鴨ではないと思います。オオバンという名前なんです、顔の真ん中に白い筋が通っているのが特徴なもんですから、、、」

「オオバンですか。夏鳥と聞いたのですが。オオバンなら、くちばしが赤いと図鑑に載っていたように思いますが」

「そうですか、ここら辺では夏ではなく冬にしか来ませんよ」ってんで分かれた。この鳥について詳しいことは知らないので、間違った教え方を下のかと心配になってきたが、オオバンを夏鳥にするのは東北以北だと書いてあったので一安心。

水鳥は、一般に警戒心が強くなかなか傍に寄せさせてはくれない。鷺の仲間なんかも、こちらを全然見ていないようで、目の端に入れているらしく、ある距離に入ると飛び立ってしまう。

Img_0099 このオオバンも、近寄らせないほうで、人が近寄ると集団で右往左往しているが、麻機沼の一角だけヒドリガモやマガモに混じって近寄ってくる少数派がいる。

”郷に入れば郷に従う”ってやつなんだろうか。

.

今日の水鳥。左、年がら年中池の主ぜんといるカルガモの♀。右、ヒドリガモの♂、冬鳥。新参者くせに一番ずうずうしく人馴れする。

Img_0258_2 Img_0025_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 1日 (金)

下見の安倍城址(435m)

Img_0093 いまどき蔓竜胆の実が見られるなんて

霜で白くなった茶畑を横目で見ながら、この道で間違いないのだろうかと心配しながらすれ違いの出来ない狭い道に車を走らせた。

まもなく、案内の通りの駐車場らしきものがあり停車し様子を見る。どうやら目的の駐車場らしい。

今日は、昨年聞いたチャボホトトギスが咲くという安倍城址の登山道の確認を兼ねて登ってみようとやってきた。

荒らされるのが心配だと言う"hana"さんとの約束もあり登り口は書かないことにするが、登り道は意外と整備されしっかりとした道がついている。

Img_0082 結構利用している人がいるのだなぁ」と思いながら、しばらく上がると”花冥加”(ハナミョウガ)の赤い実が道の両側あちこちに見られるなか、ちょっと違った色が有ったのでよく見ると”蔓竜胆”の実があるではないか。

「おや、何で今頃まで?」といぶかってみたが林の中なので、霜にも鳥の目からも逃げられたのらしい。

Img_0077 そのうち、”白式部”や”野いちご”まで出てきた。「冬の山でこんなに見られるとは思わんかった」というのが感想。

尾根筋を登ったり下ったりということのないこのコース、案外早く頂上に到着してしまった。

何度かこの山頂に来た時、目にはしていた合流地点だったが、いままでは林業用の作業道としてしか見ていなかったので、意外な気がした。Img_0088_2

Img_0089 山頂からの景色は、富士山から南東方向しか見えないが、晴れ渡った冬空は遠望が利き、眼下の静岡市内は、向かい城の賎機山を見下ろして一望に出来る。

.

Img_0097 Img_0096 休憩の後、駐車場に戻ったのは登りだしてから二時間余のこと、あまり早すぎたので、洞慶院の梅園に立ち寄って見たが、日陰のせいかこちらの梅はまだ「つぼみ膨らむ」程度で咲いていたのは蝋梅のみ。

時期で契約でもしたのか、三軒ほど屋台を出していたが開店休業状態、3日の節分はちょっと無理かな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »