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2008年2月15日 (金)

仏法いまだ

P1010052_2 今日二月十五日は仏教の開祖お釈迦様が入滅した日だと和尚は言う。

試しにパソコンで見たところ、釈迦が生活した年代には二通りの説があるが何れも紀元前であり、キリストやマホメットより早い時期に当たる。

一説では、およそ2,500年も前のことだそうだが、以前は旧暦でこの日の行事をやっていたそうで、最近では三月十五日に行なう所が多いという。

まぁ、2,500年も前の話となれば、少々のずれぐらい構わないだろうが、それにしてもこんなに長い間後世の人々に影響を与える哲学を構成したものと感心させられる。しかし、生年月日は、生身の人間では戸籍がどうのたら言うて面倒くさいことになる。

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従兄弟の連れ合いの葬式に出席したが、いまでは、子どもたちも40代に入っていると、主導権は彼らにまかせて我々はもう隠居扱い。

やり方に違和感を少し覚えても、葬儀社と相談の上物事を進めていく。仕方ないので、片隅に集まって昔語りなどで時間を潰すが、煙草も吸えないこのご時世いらいらはつのるらしい。

私は幸いとノンスモーカーで影響ないが、座ってばかりでいるのもこれまた結構な苦行であり疲れる。

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外は天気良く 風強く、陽だまりに春の象徴”フキノトウ”も芽生え、和尚は輪廻転生を説くが、寒くて広い本堂の灯油ストーブはその周りしか暖めない

そのストーブを背にしてありがたいお経を聞けば、ついコックリコックリと舟をこぐさまは、仏法いまだに弘布せず、、、、

それにしても、最近は支離滅裂気味、

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コメント

慶さん

若いときあまり出しゃばるおじいさんは目の上のたんこぶだったのを思い出しました。
本人が自覚できないと難しいものです。
昔、私の故郷では葬儀屋さんが出来たのも遅く、それまでは飾りから料理、接待まで一切手作りだったので、故事来歴を知る老人が必要だったのですが、やはり時代です。
変わらないのは、それこそ”枯れ木も山の賑わい”とばかり片隅で座り込んで菓子を食べながら”うだうだ”といっている役。
その役に徹すること、それに似合う態度をとることが、いいおじいさんおばあさんでしょうね。

投稿: オラケタル | 2008年2月16日 (土) 22時04分

お疲れ様です。
祝儀不祝儀ともどこで、代替わりするか、いろいろあるところですね。家のじいじは83歳の現在もはっきり言って夫よりもしっかりして頼りになります。ついこの前までは親類の葬式など取り仕切るのが当たり前だったんですが、先日の伯母(じいじの義理の姉)のお葬式では静岡弁でいうとことろの八分(ハブ)にされ、(従兄弟たちは五月蝿いおじさんを排除したかったらしい)かなりショックを受けていました。(その前の叔父さんのお葬式の時はじいじが取り仕切ってしまったので、従兄弟たちは不満だったのではないかと思います)
老いては子に従えとは言いますが、家の中ではなかなか、そうはいかず、いいか悪いか分かりませんが「世帯主・施主」の立場はしばらく譲りそうにありません。
まあ、生きがいを急に奪うのもと、思いますが、車の運転やゴルフも心配の種ではあります。

投稿: | 2008年2月16日 (土) 10時51分

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